推理編
(14) 成長と冒険の物語
隠匿魔法『ヴェール』は、僧侶又は上級職の賢者が使用できる魔法だという。難度はテルモアを100として30程度だが、覚えたとしても一対一で確実に葬れるような格相手にしか通じない。魔法使いであれば魔力量、戦士であれば筋力や俊敏さ、多くの面で上回らなければ、効果を発揮せず即座に見つかってしまう。
テルモアから聞き出した『ヴェール』の諸条件を吟味しながら、ヒロシィは頭の中で超人Aの行動を整理していった。
「ヒロシィの考えが正しいなら、僧侶か賢者が超人Aのパーティにいたということですか?」
「その可能性は高いな」ヒロシィは頷いた。「配下の魔物たちに一切気取られずに、最後の間に侵入するなんて不可能だ。絶対に見つかるからね」
「ですが『ヴェール』はパーティに一人でも魔物と同格のメンバーがいればアウトなのです。魔王城に集結していたのは、選りすぐりの大物たち。十傑のゾンビだけでも多種多様な能力や属性の持ち主でしたから、一体も認識させないのは至難なのですよ」
テルモアは右脚を、ヒロシィは左脚を擦りながら議論を行っていた。ウェルウェラはチョロチョロと弱めの『ウォ・シュー』をマガリナ像の頭にかけ続ける。
いつしか日は高く上っていた。時折、魔瘴気を含んだ不気味な風が強く吹く。ラカンは腰の痛みが治まったらしく、昼食の準備を始めていた。
「超人Aが僧侶を連れていたら、例えば十傑の四、ガルガンチュア・ゾンビはどうするのです。あれは獣族最強の身体能力を誇る恐るべき魔物でした。僧侶が肉体的に上回らなければ、即座に見つかるのです」
「うーん、そうか。あ、それなら、魔王城の外で超人Aにだけ『ヴェール』をかけて、侵入させるのは?」
「ヒロシィ、貴方密室の謎の方を忘れているでしょ。超人Aが最後の間にかけられていた封印魔法『ア・カーン』をどうにかしたなら、上級の魔法使いも一緒にいたはずよ。それとも、その魔法使いはガルガンチュア・ゾンビを素手で殴り倒せるぐらい強いわけ?」
確かにそうだ。そちらの問題もあった。更に突き詰めれば、超人Aが魔王を一撃で葬れるほどの圧倒的な戦士だとしても、十傑の七・ホングワンツや魔神官のような最強クラスの魔法使いに見つからないためには、魔力でも上回っていなければならない。犯行を可能にするための条件を絞れば絞る程、超人Aの存在は強大なものになっていく。
現在分かっていることをまとめよう。
一つ目。最大の問題として、何者かが魔王を殺害している。
魔王はこの世界のあらゆる勇者たちが討伐を目指し、そして誰一人敵わなかった魔物の王だ。ヒロシィはこの世界の女神マガリナに依頼され、特殊な加護を受けてこの世界に送り込まれた。超常の管理者が、世界内の手駒では対応しきれず、例外的な措置を取らざるを得ない相手だった。にも拘らず、魔王は殺された。便宜上、この殺害者を超人Aと呼称する。
凶器は剣。魔王の心臓を貫いて突き刺さっていたので、これは議論の余地がない。
この点から超人Aは、圧倒的な戦士系の強者であると予想される。
二つ目。最後の間には最高位封印魔法『ア・カーン』が掛けられていた。
封印の鍵は魔神官の懐から見つかった。魔神官が最終決戦前に主の安全のため一時的に封印を施したならば、魔王はその時まで生きていると考えるのが自然だ。しかし、魔王は物質と魔素の出入りを封じられた密室で殺害されており、室内に犯人の姿はなかった。
現時点で世界最高戦力と自負しているヒロシィたちの目を欺き、最後の間を脱出できたとは考えにくい。超人Aが魔王を殺害した後、自らあるいは仲間の魔法使いが『ア・カーン』をかけたとしても、封印の鍵をどうして魔王の配下である魔神官が持っていたのか、という疑問が別に生じる。一応、超人Aがどうにかして魔神官の懐に鍵を入れた、という可能性は消えていない。
三つ目。魔王の死体が消えてしまった。
魔王の死体を確認した直後、テルモアが最後の間に潜む何者かの存在を警戒し、探索魔法『イ・ルーカ』をかけた。その際、ヒロシィたち以外、中立・敵対する存在は誰一人見つからなかった。その後、女神マガリナの助言を乞うべく庭園へ移動。その際、最後の間には現場保存のためにウェルウェラが最高位封印魔法『ア・カーン』をかけている。にも拘らず、ヒロシィたちが戻ってきたら、忽然と魔王の死体は消えてしまった。物質や魔素の出入りを封じる『ア・カーン』が破られていなかった以上、魔法による介入も死体の持ち出しも不可能だったはずだ。
四つ目。超人Aはどうやって最後の間に辿り着いたのか。
封印魔法の件を棚上げしても、超人Aは、魔王城に集結した大幹部たちの誰からも発見されていない。交戦せず、最終防衛ラインである最後の間に到達した方法は謎に包まれている。魔王城には魔王の他、四天王もゾンビになった十傑集も揃っていた。その証拠に、昨日はヒロシィたちとの総力戦だった。
超人Aは、魔王城の外から来たと見るのが妥当だろう。僧侶系の魔法『ヴェール』を使えば、格下の相手からは見つからない。しかし、戦士には戦士の、魔法使いには魔法使いの格があり、それぞれの専門分野で上回る必要がある。仲間に中級クラス以上の僧侶がいて、魔王城の外で超人Aに『ヴェール』をかけたとしても、超人Aは異次元の強さを持つ戦士であると同時に、最高クラスの魔法使いでないといけない。仲間に魔法使いがいれば、その魔法使いもまた、大幹部たちを単騎で葬る戦士であることになり、超人がどんどん増えてしまう。
謎が余りにも多く、錯綜している。
しかし、手掛かりすらない現況でも、女神マガリナは状況の説明だけで答えが分かったという。そのヒントは、ヒロシィの歩んできた旅の中にあり、正解へ辿り着けるのはヒロシィのみだと女神は宣った。
ヒロシィはずっと記憶を遡ってきた。転生し、女神マガリナから世界を救えと言われ、田舎村で暮らし、宿屋を経営した。ラカンに出会い、初めてまともに魔物を倒して、己に与えられた加護の価値を知った。ウェルウェラに追われながら、街々を巡り、ついには十傑と呼ばれる魔王軍の幹部を倒した。テルモアが助けてくれて、更に躍進を続け、戦いの中で仲間との絆を深めていった。
もはや、ヒロシィにとってこの世界は異世界などではなかった。
長谷川ヒロシという一介のニートが怠惰な日々を過ごしてきた歳月よりも、遥かに濃密な三年間をヒロシィは過ごした。生きている実感があった。
始まりは良くしてくれた村の皆のためだった。それがいつしか出会った人たち、彼らの家族、街の人々が加わる。やがて王国の威信のため、虐げられる誰かのため、やがて生まれ来る子供たちのためにまで広がって、遂にはこの世界のために、命を懸けて魔王と戦おうと本気で思えるようになった。
長谷川ヒロシことヒロシィという若者の、成長と冒険の物語は、魔王を倒して終わるはずだったのだ。
「そろそろ昼飯にしよう。一応ここは敵地だ、補給を疎かにはできん」
ラカンが呼びかけて、洗浄は中断された。作業の甲斐あって、マガリナ像は腹と背中、臀部から太ももにかけて黄金の塗料が落ちている。とりあえず手が届く範囲から始めたせいか、女神が下半身丸出しで靴下だけ履いているように見える。誰も口にしなかったので、ヒロシィも心に留めておいた。
「やっぱり、考えれば考えるほど分からないわね。誰がなぜどうやって魔王を殺したのか」
ウェルウェラが怪鳥の卵焼きを食べながら呟いた。意識して他の話をしても、やはり話題はそこに執着してしまう。フーダニット、ワイダニット、ハウダニット。咄嗟にヒロシィの頭にミステリ用語が浮かんだが、別にヒロシィも詳しいわけではない。そういえば、動機は深く考えなかったな、とは思った。
「おお、それならな、休んでいる間に一つ案が浮かんだぞ」
その言葉に三人がラカンの方を向いた。ウルフ肉を噛み千切り、不敵な笑みを浮かべたラカンが顎をさする。
「いや、そうあらたまって言う程ではない。突拍子もない可能性なんだが」
「聞かせてよ」「教えてほしいのです」「どうやったわけ?」
思ったよりも食いつきが良かったのか、ラカンは少し狼狽した様子だったが、やがて小さく頷いた。
「では俺の推理を聞かせよう。だが、あまり期待するなよ。黙って食っていてもつまらんからな。賑やかしだ」
ラカンはゆっくりと、しかし確かな口調で三人の顔を順番に見つめた。
「魔王を殺したのはな、恐らく俺たちだ」
「え?」
「まぁ聞け。まず前提として、魔王を倒せるようなパーティは俺たちをおいて他にはいない。ヒロシィを中心として、俺たちが十傑を倒してきた。魔王が殺されたなら、やはりそれは俺たちにしかできない」
「でも、そんなわけないでしょ。私たちにそんな覚えはないし」
「それだ」ラカンがウェルウェラに匙を向ける。
「魔王城に最も近い城塞都市クマモンで、俺たちは旅支度をしただろう。あの時、最期になるかもしれないからと、俺たちは2日間、単独行動をしたはずだ。あの時、俺たちは……そうだな、夢遊病か何かで、夜中に起き出し、ウェルウェラの魔法で魔王城へ飛んで、寝静まった魔王城に突入して魔王を殺したのだ」
ラカンが指を立て、真剣な顔で披露した説の破天荒ぶりに呆れて、三人とも固まるしかなかった。まさか、夢遊病とは。
「そんな顔をするな、自分でも無茶なのは分かっている。おお、そうだ。夢遊病が駄目なら、魔法で操られていたというのはどうだ」
「誰がそんな真似するのよ。操作系の魔法なんて私とテルモアがいるんだから、すぐに分かるわよ」
「そうなのです。ヒロシィとラカンだけならともかく、ありえないのですよ」
「なんかさ、王家の秘宝による催眠術みたいなのはないの?」
「あるわけないでしょ」
ヒロシィが援護射撃のつもりで出した質問は、即座に撃ち落された。
「では、女神マガリナの仕業というのはどうだ。俺たちが怖気づいて逃げ出すのではと恐れて、俺たちを寝ている隙に操ったんだ。これなら、お前たち二人が気付かなかったとしても無理はあるまい。なにせ神の力だからな」
ラカンが食い下がる。言ってから、意外にもこの女神マガリナ操作説が反論しにくいことに自分で気付いたのか「もしかすると」と首を捻っている。
「ありえない。転移の魔法は行ったことのある場所にしか使えないの。街の魔法店にある魔方陣に登録するか、自分で魔方陣を書くしかない。私が魔王城を攻め入ったのは昨日が初めてよ」
ウェルウェラは首を振り、更に続けて反論する。
「仮に、そこもマガリナ様の力で解決したとして、その後はどうするのよ。私たちは寝ながら魔王城に突入して、なんで警備の魔物に見つからなかったの。というか、どうやって魔王を倒したのよ」
「むぅ。それはまぁ、あれだ。マガリナ様が全員眠らせたんだろう。魔物も魔王も。俺たちも寝ながら操られて、魔王を一刺しだ」
「そこまで出来ちゃうんなら、私たちでなくても良いじゃない。魔王城にまで到達した過去の勇者たちでも同じことはできたでしょう」
「ぬぅ。まぁ、そうだな」
ラカンも流石に苦しくなったようで「ダメか」とだけ呟いた。隣で聞いていたヒロシィも頷くしかない。
女神は世界に直接干渉できない。ヒロシィは女神マガリナの口から直接それを聞いている。全員を眠らせて人形劇のように事を終わらせるのはルール違反のはずだ。それが可能なら、ヒロシィに魔王討伐の使命を託す必要はない。
「あの、実は私にも思いついた案があるのですが」
今度はテルモアが小さく手を挙げた。
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