(13) こう見えても26歳

「それにしても、貴方たちは一体何者なのですか。ここまでマガリナ様の加護を感じられる集団は初めてなのです。魔王を倒すと言い残して失踪された大司祭様より上かもしれません」


 眠たそうな修道女から受付の札を貰い終えると、まだ傍に立っていた大聖女を名乗る少女、テルモアはヒロシィたちに詰め寄った。


「加護のことは知らないけど、私たちは魔王を倒すために冒険しているのよ」

「魔王討伐ですか、それは立派なのです。ですが、三人では心許ないですね。貴女は見たところ魔法使いで、隣のおじさまとお兄さんは戦士ですか。長旅に必要な回復と補助のエキスパート、僧侶がパーティにいないではありませんか」


 ヒロシィたちは顔を見合わせた。痛い所を突く少女だ。少数精鋭にしても三人では心許ない。せめてもう一人必要だという共通認識は、薄っすらとヒロシィたちの心の内にもあった。


「まぁ、そうなんだけどね。男共がいやらしい目で見るから」

「前頼んだ人に逃げられたのはウェルウェラのせいだろ」

「そうだぞ、折角来てくれたのに巨乳なのを目の敵にして」

「あれは補助が遅いからよ。ラカンが突撃ばっかりするからでしょ」

「仕方ないだろうヒロシィの回復力を盾にするにも限度がある」

「ちょっと待って、その前にいやらしい目で見てないよ誤解だ」

「そそそ、そうだ、そうだぞ、全然そういった目では見ておらん」

「おっぱいばっかりチラチラ見て気付かれてないと思ってたの?」

「その理屈はおかしいよ、気付かない時は気付かないんだからさ」


 ごちゃごちゃと揉め始めて話が逸れていく。テルモアはこほんと咳払いし、責任の所在をなすりつけ合う三人を黙らせた。


「道に迷う仔羊たちよ、貴方たちは幸運なのです。ちょうとここに一人、旅立ちを志す僧侶がいるのですよ。まだ経験はないですが、将来有望なのです」


 テルモアはない胸を張って鼻息を漏らした。両親の仇を討つため、マガリナ聖教会の威信のため、そして何よりも世界平和のために、嘘偽りない本音としてテルモアは魔王討伐を希望していた。


 これは運命に違いない。月に4、5回は運命を感じて、転職に来るパーティにその都度同じ話を持ち掛けていたが、今回こそ間違いない。マガリナ様の加護が大聖女たる自身さえ霞むほどに強く感じられたのは初めての経験だ。彼らこそが運命の相手だったのだ。しかも僧侶の枠が空いている。彼らも感涙し、熱く固い握手を交わしてくれることだろう。


 しかし、返ってきた反応はテルモアにとって期待外れのものだった。


「可愛いなぁ、私こういう妹が欲しかったのよね」

「嬉しいよ。10年経ったらお願いしようかな」

「我々は命懸けで戦地に赴く身。気持ちだけ受け取っておこう」


 まただ。誰も自分を一人前と認めてくれない。伸びない身長と、成長しない身体のせいで、軽く見られてしまう。いや、それだけではない。本当は分かっている。お互いに背を預ける信頼関係は、口先だけでは駄目なのだ。教会に籠り修練を積み狭い世界で出世もした。けれど、それで仲間はできない。


「私はこう見えても26歳なのです! 本気なのですよ!」

「転職の祝福って、どこで受けられるか知ってる?」

「あ、そこの廊下を真っすぐ行って突き当たりを右なのです、ってそうじゃないのですよ! ちゃんと聞いているのですか!」

「はっはっは。これだけ有望な僧侶がいるなら、未来は明るいな」

「この娘たちの将来のためにも、上級職を極めないとね」


 喋りながらヒロシィたちは案内された方向に歩き出す。丸っきり信じられていない。彼らにとって、地元の子供とのささやかな触れ合いでしかないのだろう。テルモアは追い縋ろうとしたが、邪魔になるのを恐れて踏みとどまった。


 いつもそうだ。もう一歩が遠い。拒絶を畏れて身体が固まってしまう。しかし、今回は事情が違う。昨晩マガリナ様のお告げがあったのだ。明朝モイズ神殿を訪れる旅人の力になってほしい、と。あれは夢だったのだろうか。不甲斐ない無意識の不満が漏れ出たのか。テルモアにとっては、どちらでも良いことだった。絶対に仲間になってやる。諦めないのですよ、とテルモアは心の内で呟いた。


「ヒロシィ、ラカン、ウェルウェラ」


 彼らが呼び合っていた名前を口にしてみた。しっくり来る。

 彼らの後を追おう。この街にいる間ずっとアピールするのだ。転職の祝福の他にもオプションを紹介して、美味しいお店を紹介して、観光地を案内して、そうすれば大人の女性として認めてくれるかもしれない。


 それでも駄目なら、どうしよう。決まっている。街の外まで。ずっと夢見てきた、教会の庇護のない荒野へ踏み出すのだ。

 物陰から補助魔法をかけて、彼らの戦闘を助けよう。

 あるいは回復魔法をかけて、彼らの生命を繋げよう。

 普段以上の力を出せることに戸惑う彼らは、いつしか大地のような慈愛で自分たちを支えていたテルモア・バルサミコスの存在に気付く。感謝し、崇拝し、かの大聖女なしでは旅の続行は不可能と結論付けるはずだ。

 

 これだ。これで行こう。完璧な計画だ。

 仲間になってくださいと乞われた時に噛まないよう、台詞の練習をしておいた方が良いかもしれない。


 ヒロシィたちが転職の祝福を終えて部屋から出てくるのを待って、テルモアは早速行動を開始した。魔法戦士、武道家、中級魔法使いになった三人を褒め讃えて労った。新しい職業の心構えと説き、基本技の講習を受けさせ、温泉を紹介して、知り合いの経営するレストランに連れて行った。その度に自分がいかに有用で、魔王討伐に向けてやる気に溢れているかをアピールすることを忘れなかった。


 が、全く相手にされなかった。仲良くはなったけれど話は進まない。

 まぁいい。慣れている。いつもの事だ。


 テルモアは結局、ヒロシィたち一行がトットゥリを出ていくのを見届けるフリをして、こっそり後をつけた。これまでのように大行列の中で教会付きの衛兵に守られながらではなく、初めて独りの旅人として大地を踏みしめた。


 教会に残した置き手紙は、ちゃんと読まれただろうか。心配は無用です皆の者、テルモア・バルサミコスは近日中に新しい仲間たちを得て、共に冒険の旅へと邁進するでしょう。そう心の中で呟きながら、岩陰から補助魔法をかけていた。


 ヒロシィたちが異変に気付いたのは、テルモアが一行の追跡を初めて3日目の晩である。焚き火を囲む三人がいつもの調子で喋っているのを、テルモアは草むらに伏して聞いていた。


「なんかさ、最近すごく調子がいいんだよね」

「お前もかヒロシィ、実は俺も腰が軽くてな」

「あっ、私も私も。肩がすごく回るっていうか」


 彼らは鈍かった。それはもう残念なぐらい鈍かった。原因は今草むらで歯噛みしている大聖女なのだが、特に中心にいるヒロシィが真剣な表情で「これが、魔法戦士の力か」と口にしてテルモアをじたばたさせた。


「トットゥリで入った温泉が効いたのかもしれんな」


 違うのです私のおかげなのです、と思わず声が出そうになる。


「私たちも、知らないうちに成長したってわけね」


 何を良い声で言ってやがるのですか私のおかげなのです、と岩に頭をぶつけて平静を保つ。


 テルモアにとって計算外なことに、彼らは奇跡的な能天気の集まりだったのである。そのため、このいじましい攻防は予想よりずっと長引いた。さっさと正体を現して自分の功績だと言ってしまえば良いのだが、今更それは恥ずかしい。そうこうしているうちに、三人はものの見事に調子に乗り始めた。


「今の俺たちなら、十傑の二も余裕で倒せるんじゃないかな」

「おお、そうだな。以前は力不足と感じてはいたが、今の我々なら」

「今の私たちに倒せない敵なんていないんじゃないかしら」

「アイテムを買うお金を貯めてからと思ってたけど、要らないかもな」

「うむ。雑魚は蹴散らしてサッと仕留めてしまえば節約もせずに済む」

「十傑の二って泥の塊なんでしょ? 水でもかけときゃいいのよ」


 そうと決まれば酒盛りだ、とばかりに三人は魔法の袋から酒瓶を取り出し、荒野の真ん中で大笑いしながら宴会を始めた。ひょっとしてアホなのかな、と一抹の不安がテルモアの脳裏によぎった。けれど、生まれてこの方ずっとマガリナ聖教会で厳粛に暮らしてきた彼女にとって、騒ぎ合いで揺らめく焚き火の炎は、他の何を差し置いても届かなかった眩しい光に映った。


 こうして、ヒロシィ一行はろくな準備も対策もないまま敵地に突っ込んだ。案の定、泥魔人に揉みくちゃにされ、底なし沼に嵌った三人を見るに見かねて、ようやくテルモアは己の身を晒したのである。



   *   *   *



 テルモアの愚痴と怨恨の混じった苦労譚を、ヒロシィは初めて聞いた。まさかモイズ神殿からずっとつけられていたとは。全く気付かなかった。しかもまさか補助や回復まで。通りであの頃は普段以上の力が出せるなぁとは思っていたのだ。なまじ女神マガリナの強力な加護があるおかげで、変化に鈍感だったことは否めない。


「鈍いにも程があったのですよ」言いながらゴシゴシと像を拭くテルモアの頬は僅かに紅潮していた。「歯噛みしすぎて奥歯がなくなるのではと心配したのです」

「私も分からなかったわ。魔力の流れで感知できそうなものだけど」

「隠匿の魔法『ヴェール』をかけていましたから、存在感が希薄だったのですよ」

「そんな魔法があるの?」


 ヒロシィは驚いた。そんな便利な魔法があるなら、あの洞窟とか、あの墓地とか、何度も陥ったピンチを回避できたではないか。しかし、そんなヒロシィの心を見透かすようにして、テルモアはあっさり応える。


「ありますが、術者よりも格下の相手にしか通用しないのです。聖教会の行進でウルフや精霊避けに使うものですから。今までも野営の時には使っていたのですよ、わざわざ言わなかっただけなのです」

「あの頃の俺たちは、そうか、転職直後だったからレベルが1だったわけか」

「いえ?」テルモアが首を振る。「転職した直後に弱くなるのは、単に新しい技や魔法に不慣れなだけなのです。単純に、あの頃の三人より私の方が強かったのと、油断と慢心によるものですね」


 ま、私は大聖女ですから、とテルモアは鼻息を漏らした。時折忘れそうになるが、彼女はヒロシィのような特例を除けば女神マガリナの祝福を一身に受けた選ばれし者であり、教会の中で研鑽を積んできた不世出の天才なのである。


「もしかしたら、超人Aはそれを使ったのかも」


 ヒロシィは考えながら、マガリナ像を洗い続けた。腰の塗装は剥がれ落ち、いつしか尻を一心不乱に撫でる動きになっていたが、本人は推理に集中して気付かない。


 そうだ、最後の間の密室以前に、考えるべきことがある。

 超人Aはどうやって、配下の魔物に見つからずに侵入できたのか。

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