厳寒に分かつ歓びよ

 12月27日水曜日、夜10時。クリスマスも終わってすっかり年の瀬気分の今日この頃。平日であるために客足もまばら、なところに人界側の扉が開いて恰幅の良い老人が入って来た。真っ白な髭と丸い顔が柔和な印象を与える。そう、赤い服に赤い帽子をかぶって「ホッホッホ」と笑うのが似合いそうな……!

「やぁ、こんばんは。トム・アンド・ジェリーをください」

 トム・アンド・ジェリー。あのカートゥーンアニメとは関係なく、ずいぶんと古い歴史を持つホットカクテルだ。細かな作業は多いが、クリスマスカクテルでもあり、一口飲むとどんな人も安心したような表情をする。その瞬間が無性にうれしい。

 熱湯ですっかり熱くなったグラスを差し出す。

「お待たせしました、トム・アンド・ジェリーでございます。今夜はずいぶんと冷えますね」

「今年は例年になく冷え込むようです。なんといっても、今年は冬将軍の任地が日本だそうですから、こればっかりは仕方ありません。それにしても、ここいらの道路はそう広くないのでトナカイたちが助走をつけるのが大変そうでした。でも、なんとかプレゼントを配り終わって何よりです」

 さらさらと出てきた話は明らかにサンタクロースそのもので「ああ、やっぱり……」という気持ちになる。話を聞いていると、フィンランドにあるサンタクロース協会から毎年担当区域が決められるらしい。

「先ずは行きたい場所を申請するんだけれど、担当区域には前後一週間の滞在ができるんです。私は日本のサブカル文化が好きなので毎年日本をどこかを担当区域に申請するのですけれど、今までどうにも外され続けていて。ようやく今年甲信越の担当ができたんですよ。23区じゃないのは前年でしたけど、東京まで生きやすいので問題ありません」

 ああ、なるほど。そういうシステムなのか……。バーテンダーの仕事をしていると、いろいろな話を聞くが、魔界の話や人界の都市伝説の真相を聞くことが多いのでとにかく飽きることが無い。

「昨日は秋葉原に行ってきました。今やっているソシャゲのアーケード版の先行プレイをしてきましたよー。それから、今月頭に発売されたゲームも買いました!」

 サンタクロースもソシャゲとかするんだなぁ、でも世俗への理解が一番必要な職業(?)なのかもしれない。などなど頷きながらマスターは話を聞く。

 そんな風にしていると、人間側の扉がまた開いてそれと同時に冷たい空気が入りこんだ。鷲鼻にぬけるように白い肌、灰色の髪の毛にアイスブルーの瞳。厳しそうな顔立ち。どことなく顔色が悪く見える。レーピンの描いたかのイワン雷帝を思い出す顔立ちだ。

「……どうも」

 低く威厳のある声が響いた。あまり陽気におしゃべりをするタイプではないらしい。目の前にいるサンタクロース氏とは真逆だ。

「こんばんは」

 挨拶をして彼の防寒具を受け取ってコート掛けに置く。サンタクロース氏の二つ隣のカウンター席に腰掛けた新しい客は寒がりらしい。ダウンジャケット、手袋にマフラー、耳当てに帽子と完全な防寒体勢。それらの下も暖かそうなセーターを着こんでいる。あらゆる動作が静かである。しかし、そんな新たな客にサンタクロース翁はたまらず、といった感じで声をかけた。

「もしかして、閣下かい?」

「え……」

 寒がりらしい新たな客は鋭い眼を見開いて、赤い服の似合う聖人の顔を見つめた。

「もしかしてサンタくん? あはは、閣下なんてやめておくれよ。寒さをまき散らすだけの私にそんな大層な敬称は似合わんからね」

「いやいや、冬将軍の君がいないと困る人もいるんだから」

 サンタクロース氏はその厚い手を「冬将軍」の肩に手を置いて紹介をしてくれた。

「彼こそ冬将軍。ロシアが故郷で、寒気を司る精霊たちの長なんだ。我々サンタクロースの中でも北半球の担当者は彼なしでは仕事がしづらいんだよ」

 なるほど、冬将軍とは妖精の一種であるのか。それにしてもサンタクロースの活動がしづらいとはどういう意味なのか。

「サンタクロースはトナカイの引くソリに乗るわけだけれど、そのトナカイの向かうべき方向、乗るべき風を巻き起こし案内するのが、冬将軍の直属の部下である氷の騎士たちなんだよ」

 冬将軍の直接指揮する精霊「氷の騎士」は、冬の精霊の中でも最も強い力を持つという。氷の重装備をした騎馬にまたがった精悍な騎士や戦乙女であり、魔界においては春分の儀式の際に春の精霊を導く役目を負っているのだという。

「とびきり暖かいアイリッシュコーヒーを。……寒いのは苦手なんだ」

 冬将軍なのに寒いのが苦手、とは。悩み深いにも程がある。手をすり合わせている様を見る限り末端冷え性の気もあるのだろう。アイリッシュコーヒーにシナモンスティックを添えて差し出すと冬将軍は厳めしい顔立ちを緩めた。笑うと存外「優しいおじさん」に見えなくもない。

「ありがとう。シナモンは特別好きなんだ」

 あたりいっぱいに冬の香りが満ちて、年の瀬が訪れるのを実感した。


「あの、もしかしてサンタさん?」

「そうだよ、実はサンタクロースなんだ。それから」

「ど、どうも……冬将軍です」

 いかにも仕事帰りです、といった様子の20代後半の女性がちらちらと人ならざる来客を気にしながら1人で酒を飲んでいたが、ついに耐え切れなくなったようだった。正体がばれることはあまり気にならないらしい。楽しそうだったのでそのまま放置していると、なにやら話は寒さ対策になっているようだった。

「とにかく体を冷やしちゃダメなの、ショウガやシナモンなんかを使った飲み物で体を温めるとか、あとは安直だけど湯たんぽを使うとか。あと、筋トレも有効よ!」

 熱心に話しているのはOLだ。

「うーん、本当は長期的に見るとお酒も体を冷やすからダメみたいなんだけど……」

 そこで言葉を止める。なんとも耳の痛い話だ。

「でも美味しいからやめられないのよねー!」

 あっけらかんとした声色で彼女が笑うと、2人の人ならざる者もそれぞれ笑い声をあげた。こうして見ていると、誰が人間で誰が魔界の住人か分からなくなる時がある。

「ねえ、マスター! 冬将軍さんの飲んでるやつ、お願いします!」

「はい、かしこまりました。シナモンをたっぷり使いましょう」 


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