魔法少女の大人な時間

「天高くケンタウロス肥ゆる秋、ですな。最近は食べ過ぎてしまっていけません」

「魔界も人界もそのあたりは同じですか」

 ケンタウロスの紳士は語り口が軽妙ながらも親しみがある。応えるのは近くの大学で学生生活を謳歌する女子大生3人だ。女子大生の方はもともと5人組だったが、うち2人は先に帰ってしまった。彼女らはこの店の常連、といかないまでも馴染みの客である。特に赤いネイルとスカートが印象的な、一番物怖じしない娘は1人でも何度かこの店を訪れている。初めて来店した時にはどことなくぎこちなかった振る舞いも今ではすっかり堂に入っているのは成長というべきだ。

「それにしても、やっぱり20歳越えて魔法少女ってだと思いません?」

 この店で働き始めて10年以上になるが、たまに人間側からトンチキな話を聞くことがある。どうやら彼女らの話はその部類らしい。ケンタウロスの紳士の容姿は60代前半といった具合で、品の良い顔立ちに興味深そうな表情を浮かべた。少女たちの机上スペースにはお通しやグラスが置いてあるが、それ以上に気になるのは羽の生えたパステルカラーのである。これが妙に渋い声で喋るのだ。

「コレが変身や戦闘のサポートをする妖精なんですけどね、大学生が一番暇だからって魔法少女やらされてるんですよ。1年間の契約で」

 うさぎの頭を乱雑にたたきながら緑色のブレスレッドを付けた少女が言う。「もぅ、ニチアサみたいにカッコ可愛い名乗りをしてミニスカートにキラキラステッキで肉弾戦ですよ?」

「この前なんて5人中3人がゼミや課題で忙しくて参戦不可能、残った2人の内1人はソシャゲのイベントで寝不足、最後の1人は低気圧による頭痛で使い物にならないし、悲惨の極みで」

「大学生が一番暇なのかい? それにしては忙しそうだね」

「忙しい時とそうじゃない時の差が大きいんです。彼女なんかは語学専門なので常に忙しいんですけど。……ま、基本的にはゼミの発表が近くなると大変なんですよねぇ」

 赤いネイルの娘に指さされた少女は青いジャンパースカートがよく似合っている。酒のせいで舌足らずになりながら「語学分野は毎週課題がかなりの量出るのです」と言って拗ねてみせる。

「なるほど」  

 ウイスキーの入ったグラスを傾けてケンタウロスが苦笑した。彼女らは机の上にいる羽の生えたうさぎと契約をして地球を守るべく、いくつかの戦隊やほかの魔法少女たちと協力しながら戦っているらしい。

 一方、カウンターの一番奥では黒衣を纏って髑髏の仮面をつけた者がスーツを着た中年男性と肩を組んでいる。前者は死神で魔界の住人、後者はどうやら葬儀会社に勤めているらしい人間だ。この二人はずいぶん前からの酒飲み仲間で、奇妙な組み合わせだが本人たちが楽しそうなので良しとする。黒い死の精霊が所望したのは少し季節外れだが、トロピカルカクテルのマイタイ――ココナッツリキュールを使った甘い口当たりのものだ。一方人間の男性が飲んでいるのはカシスオレンジ。どちらもアルコールにはあまり強くないらしい。

 

「さて、と、マスター。お会計を」

「はい、すぐに」

 ケンタウロスの紳士が立ち上がって財布を取り出す。彼はまこと伊達と酔狂を良く知っていて、この店に来る時は必ず仕立ての良いスーツを着ている。身に着けている小物もセンスが良い。革の財布を取り出して何枚か札を出す、その仕草も洗練されている。

「彼女たちに、色合いの美しいロングカクテルを」

 落ち着いた声色に、少女たちがパッと表情を変える。彼女らが何かを言うよりも前に紳士はにこりと笑って粋な一言。

「地球を守る魔法少女に乾杯」

 どこまでもスマートな去り姿に、お転婆な娘たちは深々と頭を下げた。

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