彼女の街で4 2015年01月11日(日)

 新生活だった。新生活にはテレビがなかった。敢(あ)えてつけなかったのだ。


 小さな冷蔵庫(れいぞうこ)と扇風機(せんぷうき)と洗濯機(せんたくき)だけ買ってもらって、真新(まあたら)しく生活をさせてもらった。


 私は何をするでもなく、自分の部屋から彼女の海へと毎日のように行き来した。


 近くにあるコンビニはミニストップだった。


 ミニストップやすき家なんかで毎日ごはんを揃(そろ)えて入院中(にゅういんちゅう)痩(や)せた分(ぶん)はすぐに戻ってしまった。


 少し服を買い足したが、新しく始める仕事のためだった。


 求人広告が入るからと一月だけ新聞を契約してその広告にあった企業を受けた。


 お直しの会社だった。裾上げが主な収入源となるベイエリアでのアウトレットパークの中にある職場だった。


 人数は全員で10人くらい、みんな良い人だった。


 でも電車は2本乗り継いで2時間かけての通勤となった。普通に8時間労働である。


 できる仕事からやらせてもらって丁寧に仕事した。これはいつもの通りである。


 でもジーパンの裾上げを本縫(ほんぬ)いミシンで仕上げるのはやらせてもらえなかった。


 できないからである。暇な時間はその練習に充(あ)てられ、お直しの世界でやり直すはずだった。



 でも駄目だった。1週間くらい働いたのであるが、1週間でバテてしまった。


 全然(ぜんぜん)裾上げもうまくならず、ほとほと自分に自信がもてなかった。


 やっぱり洋裁が好きなわけじゃなかったんだ。服は好きなんだろうが…


 この失敗を期に、やっぱり服の生産とかアパレルには縁(えん)が無かったんだなぁと自分でも諦(あきら)めるに至った。


 まぁその後(ご)、H&Mも受けたし仙台に着いてすぐ、モールの中のアパレルショップで働こうとしたが、アパレルに拘(こだわ)りを捨てた瞬間だった。


 どうしても駄目なのだ。毎日毎日、同じこと、時間を気にしながら頑張って、いやどんな仕事だってそうなのかもしれないが、私の心は辞めたがってた。


 するとどうだろう。彼女の声もこう言うのだった。


 「精一杯(せいいっぱい)頑張ったよ。もう十分(じゅうぶん)頑張った。もういいんだよ。」


 彼女の声に背中を押されて、会社の上司に電話して辞めるに至(いた)ったんだった。


 でも後日、本社から電話があって、「あなた服飾の学校出てるから、やる気になったら連絡頂戴(れんらくちょうだい)ね、また仕事(しごと)充(あ)てがうから。」と言われた。


 でも、もう服を切ったり縫ったりはウンザリなのだった。理想が高いのに、出来ない自分。


 それに機械を使いこなせないことがストレスだった。何度やっても間違える。


 間違える度、縫い直す。当たり前のことが、ウンザリだったのだ。向いてなかったんだろう。



 自活するはずが、所持金の目減りした50万円と少し働いた5、6万円とで生活するだけでみるみるお金は消えて行った。


 母が家にお金あったよ。と持って来た昔、新聞配達で貯めたTシャツ作りのための資金にも手を付けてどんどん金は無くなって行った。



 映画を見たり、小説読んだり、ラジオを聞いたりして過した。


 彼女の街の近くに住めてるというのが、それだけで新鮮(しんせん)だった。


 彼女の海へ出かけ、掃除(そうじ)をして帰って来る。そんだけの日もあった。


 彼女に出会いたくて願掛(がんか)けして神社やお寺にもよく出かけた。貯めていた五円玉を投げて彼女に再会できますようにと、そればかり祈るのだった。



 ある日、今日は海で落ち合おうと彼女の声が聞こえた日があった。


 その日は日の出から日没まで、途中雨が降ったが、ずっと海を見て過した日もあった。


 けど、彼女は現れなかった。幻の声なのだ。でもまだ幻を信じていた。


 ある日、お前の夢は全てヨウジさんが叶えてくれることになった。という一報を聞き、舞い上がって喜んだ日もあった。でも幻の声なのだ。


 新しいレターセットを買ってM3に手紙も書いた。序(つい)でだったんだ。


 彼女に手紙を認(したた)めて、M3にも書いた。


 それは9年目の約束になってしまった手紙からちょうど、本当に10年が経ったからだった。


 でもその手紙は宛先不在(あてさきふざい)で返って来た。


 M3とも連絡を取らなくなっていたし、今の自分の考えが伝えられなくて残念だった。



 彼女の手紙になんて書いたのか、今はもう覚えていない。ただ、近くのモールにあった鉢植(はちう)えに手紙を添(そ)えて出したんだった。


 ハート形の植物の鉢植(はちう)えはあげた人と両想いになれるって代物(しろもの)だった。


 住所は何度も彼女のうちの前を通ったからちゃんとわかっていた。


 だから送ることができたんだ。でも、それも断(ことわ)られて返って来た。


 彼女はもう、その家に居なくて親が出て来て「要らない。」と言われたと配達の人から聞いたのだった。


 その現実には愕然(がくぜん)としたが、ならばと自分の部屋に送ってもらった。


 小さなそのサボテンのようなハート形の植物を育てながら、思い描いてるようにはいかないのかなと、不安が過(よぎ)るのだった。

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