気仙沼時代31 2015年01月02日(金)

 幻聴に従って行動して行くようになるのである。


 ヨウジヤマモトの社長が屋根裏にいる訳ないし、笠ノ宮なんて宮家はないんだ。


 でも宝鏡寺(ほうきょうじ)という寺で、天皇陛下が生前葬(せいぜんそう)を執(と)り行ったり、私の頭の中ではVIP中のVIPたちが常に私の動向に関心を寄せているような錯覚(さっかく)に陥(おちい)っているのである。


 笠ノ宮に彼女を娶(めと)られる時、天皇陛下は笠ノ宮を叱りつけ、私にこう言った。


 「彼女はヴァージンだったんだよ。」と。


 まぁいいのである。私の頭の中は次第に皇族への忠誠心(ちゅうせいしん)が反発心(はんぱつしん)に変わって行くようだった。


 彼女を娶(めと)られたからである。彼女の街は観光地で大きな街だった。その地域の人らや彼女の弟たちが、私を応援しながら、天皇制(てんのうせい)は終わればいいんだと説いたのだった。



 薮から棒(やぶからぼう)に南へ南へ自転車を漕(こ)ぎ続けている時である。


 「男系一代(だんけいいちだい)、女系万世(にょけいばんせい)。」と合い言葉のようなかけ声の中、進んで行った。


 あんなに放射能を怖がってたのに、喉(のど)が渇(かわ)けば田んぼの水を飲んで行った。


 馬鹿な事に、お金を一銭も持ち合わせずに気力だけで進む気だった。


 不思議だったのは死んだはずのH5が霊になって現れて、私の漕(こ)ぐ自転車を後ろから追い風になって押してくれるのだった。


 H5は死後、幽霊になって色んな所に行ったらしいが「男女のSEXなんて覗(のぞ)きに行かない方がいいんだ。」って教えてくる。


 そうして、「白い靄(もや)のかかったあったかい光の方へ行くんだ。」と言う。すると、「色々なことを教わって手助けしてもらえるんだ。」と私に言った。



 そんな体験をした後、H5に対して、後ろめたさとか、やるせなさとか感じなくなって行った。


 H5はきっと良い家庭に生まれ変わるんだと思ったからかもしれない。



 そして笠ノ宮に復讐(ふくしゅう)をした。笠ノ宮は彼女と彼女を応援する一団に殺される手はずが整っていて皇族の方、皆を巻き込む騒ぎになっていた。そのGOサインが私に委(ゆだ)ねられるのである。


 私は元来(がんらい)皇族や天皇陛下を尊敬している。それは今もだ。しかし、彼女が傷つけられ彼女の意志が皇族に歯向(はむ)かうものとなれば話は別だった。


 ロシアンルーレットみたいにそれぞれが部屋に入り、ある部屋に入った者は毒殺される手はずになっていた。



 そうして、道の駅で自転車を下りて、トイレで水を飲んで、芝生(しばふ)に寝転びながら、私は手を大きく挙げて振り下ろすようなことをしていた。端(はた)から見れば変人である。


 でも頭の中がそうだったのだから仕方ない。


 随分(ずいぶん)走った。でも宮城県は越えなかったと思う。県境は見ていなかった。疲れたんだろう。コンビニ脇(わき)に自転車を止めた。


 コンビニで水を飲んで店員さんに、「お金ないんですけど、お腹が空いたんです。」と言った。


 すると四十(しじゅう)絡(がら)みの女性店員は自分のお弁当のおにぎりを私に差し出してくれたのであった。


 私は感謝して食べた。物乞(ものご)いのようだが、そうして今度は若いお兄さんにタバコを一箱買ってもらって、吸ったのである。彼女も「施(ほどこ)しは頂(いただ)いていいんだ。」と私に言った。


 それに、声はもう、走らなくていいと、言ってくれていた。


 これからみんなで気仙沼からおまえの所に行くから一緒に連れてってやると、そう聞こえていたんだ。


 五日五晩(いつかいつばん)踏み抜くなんて無謀(むぼう)過ぎたんだ。半日(はんにち)走って疲れたら、私はコンビニにへたり込んでた。



 しかし、待てども暮らせども迎えは来なかった。私は半狂乱(はんきょうらん)になりながら田んぼの畦道(あぜみち)を約束の場所が変わる度に、どこかどこかと走り回り、歴代天皇陛下の足音が集まってきたり、飛行機で移動してるのか、着いた先に兵士がいて天皇家及び彼女たちとヨウジさんたち対(たい)その他大勢との殺し合いに発展したりする。


 とにかく畏(おそ)れ多(おお)く、悪い夢でも見てるようだった。


 とにかく彼女が無事でいて欲しかったんだが、それはいつでも大丈夫なのだ。


 凄い取り巻きができてるのだ。負けはしない。しかし、私は声に操(あやつ)られるまま訳の分からない言葉を大声で発したり、畦道(あぜ)に寝転んだり、もう夜も暗くなるまでずっとそんなのが続いた。


 そのまま野垂(のた)れ死(じ)ぬことがなかったのもやはり、彼女の声の導(みちび)きだった。


 警察に向ったのである。警察官がO君にそっくりでビックリしてた。


 今でもたまに思うのだが、人生とは私一人のためだけにある劇場(げきじょう)で裏に種や仕掛けがあるんじゃないか。そうして自分の人生が終わる頃には全ての演劇(えんげき)が終了する。


 なんだかそんなふうに感じる時があるのだが、作られた舞台(ぶたい)で尋問(じんもん)されてるみたいだった。


 とにかく家の電話と生い立ちを語って、すると車で両親がここまで向っていると聞いてホッとした。そのまま死んだように車に乗り込み、家へとまた引き返すのである。


 車中(しゃちゅう)でずっと聞いてた声はヨウジさんに初めて叱られて、「絶対に痩(や)せたって言うなよ。絶対に痩(や)せたって言うなよ。」と延々(えんえん)その叱責(しっせき)の声だけが谺(こだま)していた。



 この田舎の田んぼの畦道での出来事といい、屋根に登って瓦を落とすといい常軌(じょうき)を逸(いっ)していた。こういうのが幻聴により起こる弊害(へいがい)だった。


 他の人には訳の分からないことに一生懸命になるのだ。ほとほと周りが困り果てるだけである。



 しかし、私は、家に着くなり今度はお金も握りしめて、大切な服だけ詰めて本当に家を飛び出すのだ。母も言う事を聞かない私を止めはしなかった。


 母は感づいていたんだと思う。私がどうしても行きたい、行かなきゃならない場所があるということに。


 そうして気仙沼を飛び出して、彼女の街まで行くのであった。

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