第6話
あの日から、藤堂先生とは一度も会えていないまま夏休みが終わり、新学期が始まった。
どうしてあの時抱きしめてくれたの……?
ごめんって、どういうこと……?
夏休み中、何度も何度も考えた。
でも、答えは分からない。
なら――。
「藤堂先生!」
始業式の朝、人気のない廊下に藤堂先生はいた。
まるで私が来るのを待っていたかのように――。
「……おはよう」
「おはよう、ございます」
空気が、重い。まるで息の仕方を忘れてしまったみたいに、苦しい。
それでも、聞きたい。あのときの、あの行動の意味を。
「あ、あの……私、話が……」
「――俺も、話があるんだ」
絞り出すようにして言った私の言葉を最後まで聞くことなく、藤堂先生は言った。その表情が、歪められたように笑っているのが見えた。
「俺――学校辞めたんだ」
「え……? いつ……?」
「昨日付けで。ホントは会わずに行こうと思ってたんだけど……。バカだよなぁ」
「どうして……?」
「…………」
「私の、せい……? 私が、あんなこと言ったから……? それで……」
違うよ、と言うと……藤堂先生は笑った。
「俺が、奥村のことを好きになったから」
「っ……」
その笑顔が、あまりにも悲しくて――私は何も言えなかった。
「俺、さ――海外に行くことにしたんだ」
「え……?」
「大学の時お世話になった教授に誘われてさ」
「いつ、ですか……?」
「――明日」
真っ直ぐに私を見ると、藤堂先生は優しく微笑んだ。悲しさを押し殺すようにして、いつものようにえくぼを浮かべて。
「だから、俺のことは忘れてほしい」
「……いやだ!」
「奥村……」
「いやだよ! 私、先生のことが好きだよ! 一緒にいたいよ!」
「っ……ダメだ」
縋りつく私の手を、藤堂先生はゆっくりと離す。その手は、外の暑さと反して、氷のように冷たかった。
「藤堂先生……」
「俺と一緒にいても、お前は幸せになれないよ」
「そんな……!」
「ごめんな」
行かないで、と言いたかった。
私のことを好きだと言うのなら……そばにいてほしかった。
でも……。
「せんせ……とうどう、せんせ……!」
けど、いくらその名前を呼んでも、藤堂先生が振り返ることは、もう二度となかった。
どれぐらいの時間が経ったのか……。気が付くと、すぐ後ろに誰かが立っていた。
もしかして……! と振り返るけれど――。
「――奥村」
「皐月、せんせ……」
泣きじゃくる私の後ろ立っていたのは、皐月先生だった。泣いている理由を聞かれないように、必死に涙を拭うけれど、そんな私の頭を皐月先生は優しく撫でた。
「夏休み中にな、抱き合うお前たちの姿を、見ていた先生がいたんだ」
「え……?」
「覚え、あるか?」
あのとき、だ……。あれを、見られて……。
「それで、その先生がな『教師と生徒が抱き合うなんてとんでもないことだ』と、緊急の職員会議の議題にあげたんだ」
「そん、な……」
職員会議では以前囁かれていた噂も相まって藤堂先生だけじゃなくて私も責められ、本当なら私も停学になるところだったらしい。だけど――。
「藤堂がな、責任は全て自分にあると。お前はなんにも悪くないんだと言ってな」
「そ、んな……」
私を庇って、藤堂先生は……!
「あっ……あ、ああぁぁっ!!!」
泣きじゃくる私を見ても、皐月先生は何も言わなかった。
ただ隣に並んで、青空に伸びる飛行機雲を見つめていた。
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