公私…混同…?

 日曜日の午後、真希はトラベラーズノートに昨日のバス旅行の記録を

綴っていた。一番楽しみにしたいた酒蔵見学は、思った以上に良かった。

目当ての日本酒酵母のコスメはもとより、ここでしか販売していないという

この酒蔵の主要銘柄をワンカップセットを入手できた。

 ワンカップは、独りでお酒を楽しむにはほどよい量なので、重宝している。

蓋を開けてそのままレンチンすれば、手軽に燗酒も楽しめるのだ。

 この酒蔵のワンカップは都内では限られた銘柄しか販売されていないので、

主要銘柄がすべての入手できたうえに、このあと運送屋さんが来るので、

手配すればこの酒蔵で入手したものを明日配送してくれる上に、午後なら

時間指定も可能と酒蔵の人がいうので、これ幸いと色々買いこんだ。

 14時〜18時指定で送った荷物が、16時に届くと開梱し戦利品(?)を見ながらトラベラーズノートに記録する。


−− この、ハンドソープとハンドクリームのプッシュボトルが手に

   入ったのは良かったなぁ。


 eauのママさんへのお土産はこれにしようと目印の付箋を付ける。

次の金曜日は、お土産と土産話をもってeauにいく予定である。


 月曜日、真希は、出勤後、フロアの女子トイレにハンドソープと

ハンドクリームのプッシュボトルをおいた。会社へのお土産である。

自席に着くと、周りに挨拶しながら、PCの電源を入れる。そこに奈々子が

出勤してきた。


「真希さん、真希さん、ハンドクリーム、いいですね。」


どうやら、早速使用したようだ。


「気に入ってくれた?」


「ええ、とても。無香料だし、しっとりしているけど、べたつかないし、

こんなハンドクリーム欲しかったんです。」


「じゃあ、はい。」


真希は、ちいさな紙袋を奈々子に渡した。


「え? なんです?」


といいながら、奈々子は、袋を覗くと


「あ、これ、チューブタイプ、携帯用ですね。」


「そう、先週、なんか、心配させちゃったみたいなんで。お礼よ。」


でも、みんなには内緒というように唇の前で人差し指立てた。奈々子は、

わかってると頷き、小声で、


「ありがとうございます。」


といって自席に戻った。


 始業時間もとうに過ぎ、総務部には、書類を捲る音、キーボードを叩く音が

流れている。時々電話が鳴りそれに応答するものの話し声以外は殆どしない。

総務部は、ルーティンワークが多いのでそれぞれが与えられた仕事を淡々と

こなす。「誰にでもできる仕事」と揶揄される事が多いが、それをミスなく

繰り返し迅速にこなすのは中々難しいものである。

 今の総務部は、課長の安藤悦夫、主任大藪亜貴の指導が徹底しており、

各自が抱える仕事については、基本単独でできるようになっている。全員が、

担当業務を粛々とこなしているとあたかも、沈黙の行のようである。

 週初め、この沈黙の行の場と化している総務部を乱す男が登場した。

フロアの入り口あたりから、ちいさなざわめきが起こった、ざわめきに気が

付いた部員達が目を向けるとすかさず一人が立ち上がり、甘ったるい声で

問いけた、


「おはようございます。市川さん、何かありましたか?」


声の主は、総務部の肉食獣(?)佐藤公美香だ。早速、獲物をみつけ捕獲に

乗り出したようだ。悠人は、公美香にチラリと視線を向けたが、軽く

会釈だけして彼女を避け、まっすぐに真希の方に向かってきた。


 避けられた公美香が真希を睨んでいる。真希の隣では、奈々子が俯いて

書類を見る振りして、ニヤニヤ笑っている。真希は、やれやれと思いながら、

顔を上げた。


「おはよう。高木さん、朝一で申し訳ないんだけど…。」


「おはようございます。市川さん。何かありましたか?」


「実は、湾岸の倉庫が、どうやらこの間の台風で破損していたみたいで、

結構な雨漏りが発覚しているみたいなんだ。湾岸倉庫の管理は総務で、

高木さんが担当だと思ったんで色々頼みたいことがあって来たんだけど

時間取れるかな。」


「雨漏り…ですか。こちらには、報告来ていませんが、いつ発覚したのでしょうか。」


「それが、俺のところに少し前に連絡が来て、見つけたのは、警備員で、午前五時の見回りの時らしいんだ。」


「そうなんですか、じゃあ、こちらにも来ているかもしれません。どの倉庫かまでそちらに連絡は?」


「来てる。北B3 らしい。」


「北B3 ですね。わかりました。ちょっと情報収集と課長に報告する時間を

ください。午後一には、打ち合わせ始めたいと思います。市川さん、今日の

ご予定は?」


「これから、少し出るけど、午後一までには戻れる。他の客先は、調整するか、

別の誰かをアサインする。それと打ち合わせには、うちの課長も出たいと

いっているんで、できれば、安藤課長と同じぐらいの情報が欲しいと

いっている。」


「営2の課長…、北林課長ですね。わかりました。わかったことはすぐに

お伝えします。」


「よろしく、これ、俺宛に届いた報告メール。」


「ありがとうございます。」


「じゃあよろしく。」


悠人は、メールを印刷したものを真希に渡すと、急ぎ足で総務部のフロアから

出て行った。その後ろ姿を公美香は未練がましげに追っていたが、

姿が見えなくなると、真希を睨んだ。

 その視線に真希は気が付いたが、それどころではなかった。メールを印刷した紙には、付箋が貼ってあり、携帯番号が2つとSNSのIDが書かれていた。

携帯の番号の一つは、番号から社が貸与しているものであるとわかるが、

もう一つは、恐らくプライベートのものだろう。SNSのIDも。この会社は、

社内専用のSNSを持っている。IDは、社員番号で、それは、社内で

公開されているので、教えてもらう必要はない。

 いろいろ、考えたいことはあるが、今はそれどころではない。真希は、

自分にも連絡が来ていないかと、メールとFAXのチェックを始めた。

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