偶然の出会い

 日本酒専門のバーeauは、銀座一丁目と日本橋の中間に位置するビルの

地下1階で営業している、10人ほど座れるローカウンターがあるだけの小さな店。

マスターとその夫人の2人で店を仕切っている。


 真希は、1年と少し前にこの店を知った。教えてくれたのはとある酒蔵の

女性杜氏である。真希は、会社では飲めないことにしているが、実は、

酒豪である。日本酒にはまったのは、2年ほど前、お一人様で参加した

バスツアーで、酒蔵を訪問し、そこで新酒を試飲したことによる。

その酒蔵の杜氏は、最近増え始めたとはいえ、まだ珍しい女性杜氏であった。

女性が醸す日本酒に俄然興味が湧いた真希は、休暇を利用し、いろいろな酒蔵を

訪ね始めた。そしてある酒蔵で、意気投合した女性杜氏から紹介されたのが、

eauだった。

 女性一人で気兼ねなく入れること、自宅からも勤務先からもほどよい距離で

あることなど条件があい、真希は早速eauに通い始めた。


 あの日、真希がeauにいったのは、いつもと異なり、月曜の21時すぎだった。真希がeauに行くのは、必ず週末、時間も19時ごろと決めている。そこで、

お勧めの日本酒を2、3種、グラス一杯づつ堪能し、遅くとも21時前には

帰るようにしている。あの日、遅くなったのは、一旦家にもどり、前日訪れた

酒蔵の杜氏からeauのママさんへ渡して欲しいと預かった酒蔵秘蔵の味噌を

届けにいったからだ。味噌を渡してすぐ帰ろうとした真希をマスター夫妻が

引き留めた。


「お礼に一杯だしますから、それと、せっかく運んでくださった

この味噌を使ったお料理、簡単なものですけど出しますよ。」


といわれて、それならとスツールに腰を落ち着けた。そして、奢りの日本酒と

椎茸の味噌焼きを堪能していると客が一人入ってきた。男は、カウンターの

反対側の端に座り(どうやらそこが定位置らしい)、マスターと話し始めた。

真希は、奢りの一杯と料理を堪能し、スツールから降りると、


「それじゃあ、週末、今度は、お使いでなくお客できます。」


とカウンター内の二人に声を掛け、帰ろうとした。マスター夫妻が

真希に意識を向けたのにつられた客の男から、


「高木さん? 総務の…。」


と思わず声が漏れた。えっと真希も男の顔を見直す。それが、悠人だった。

あら、市川さん、こんばんは。どうも、きみもこの店の?、ええ、時々寄せて

もらってます、そうなんだ、それではお先に失礼します、ああ、おやすみなさい。その日は、それで終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る