ブルー

花野屋いろは

金曜夜の呼び出し

金曜日、21時少し前、SNSのメッセージが着信する音がした。

真希は、ローテーブルに置いたスマホを手に取り、メッセージを確認する。


『いつもの店にいる、出てこれないか』


ほぅっ、と息を吐き時計を確認する。そして返信する。


『1時間ぐらい掛かる。』


『待ってる。』


外出の支度をしながら真希は、この週末の予定を考える。商社の

一般事務職の彼女は、基本定時で仕事は上がれる。今日も、17時30分に

仕事を終え、帰宅した。最寄り駅に併設しているスーパーで買い物し、

夕食を作り、入浴を済ませ、後はもう寝るだけの状態で、お気に入りの作家の

新刊を読もうか、撮りだめていた海外ドラマを見ようかと思索していた

ところだった。


 しかし、この時間に呼び出されたら、今日はもう帰宅できない。

明日一日は拘束される…、多分。帰宅して、すぐ、最低限の洗濯は済ませて

おいて良かった。日曜日に全部は無理だから、などと考え、お泊まりセットを

鞄に入れる。メイクは、薄めで大丈夫だろう。

 Aラインの紺のワンピースにやや太めの赤いベルトを締める。

紺の3㎝ヒールのパンプス。ちょっと考えて、淡いピンクの大ぶりのストールを

三角に折り、肩に掛け、ベルトに挟む。


 火の元、戸締まりを確認し、マンションを後にした。

タクシーを捉まえようかと思ったが、この時間なら、電車のほうが早いと考え、駅に向かう。

週末、帰宅を急ぐ人の群れに逆行し進む。


ーー なんでわたし言うこと聞いちゃうのかなぁ。


週末の非常識な時間の呼び出しに逆らえない自分を揶揄する。

真希を呼び出したのは、同じ商社に勤める総合職(営業)の市川悠人、

一応彼氏(?)である。

 付き合い出して、そろそろ半年。会社では2人の中は公表していない。

社内恋愛は禁止されていないが、真希が公表を嫌がった。


ーー 釣り合わないからね。


と真希は思っている。


 悠人は、商社の”優秀”な総合職(営業)、高学歴、高身長、端正な容貌、

27歳、独身。当然、女性社員の人気は高い、恐らく社内でも10本の

指に入る。

 対する真希は、商社の一般職、学歴、身長、容姿すべて並、26歳、独身、

男性社員からは、仕事は堅実、困った時は頼りになるお局予備軍

と思われている。

 こんな綺羅綺羅しい男がなんで自分なんかと今でも思う。


 あの日eau(オー)に行かなかったら、この出会いはなかった。

 

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