第1話 執事と花嫁

 いやいや。


 冷静に三行でまとめたはいいけど、全然わからない。

 そもそも、目の前のこの人。綺麗な銀髪に、妖艶な赤い瞳。一体どこの国の人なのかという話である。


「……ここはどこなんですか?」

「当家はプリヴィデーニ伯爵家。そしてわたくしは当家の執事、リエーフでございます」

「ええと、どこの国でしょうか」

「ロセリア国でございます」


 聞いたことない。


「というのは厳密には正しくなくて、ロセリア国でしたが滅びました」


 また、さらっと物騒なことを。


「我が国は魔法で栄えた平和な国でしたが」


 ……魔法??


「三年前……ミオ様がこちらを去られたすぐ後のことでございます。魔法の暴走が起き、国は荒れ、陛下は崩御され、あえなくゼフエルドア帝国の属国と」

「ちょっと待ってもらえますか」


 この僅かな時間で、一体いくつ疑問点を放り込んで来るのやら。


「どうして私の名前を? 私がこの国を去って? そもそも、どうして言葉が通じるんですか?」

「それは……話すと長くなりますが。とりあえず敬語は結構ですよ。以前とは違ってわたくしが使用人の立場でございますから、奥様」

「その呼び方は……ちょっと。記憶にないことなので。あの、人違いということはないんでしょうか?」

「いえ、間違いございません。その指輪が何よりの証拠でございます」


 私からすればどう考えても人違いなんだけど、彼は自信たっぷりに即答してくる。その赤い瞳が私の左手を向いて、咄嗟に右手で左手を押さえた。


「これは……前に、仕事中に突然倒れてしまって。目が覚めたらいつの間にか……」



「それです!!」



 突然カッと目を見開き叫ばれて、私の肩がビクッと跳ね上がる。


「び、びっくりした……」

「多分そのときにミオ様はこちらの世界にいらしていたのですよ。別の世界から来たと仰っていました。言葉は……わたくしにもよくわかりませんが、大変流暢でいらっしゃいますよ」

「でも、本当に覚えていないんです!」


 そのあと、私はしばらく入院した。倒れた後によくわからないことを口走っていたらしく、何度か検査もした。そのときのことも、実はあまりよく覚えていないのだけど。


「ミオ様が覚えておられなくとも、その指輪は代々当家に伝わるものなのです」

「それなら、お返しします!」


 咄嗟に指輪を外そうとする。でも、びくともしない。

 実はずっとそうだった。

 私の左手の薬指にがっちりと嵌ったまま、抜けないその指輪を、外そうとしたことは何度かある。でも何を試しても駄目だった。家族も周りの人も気味悪がったけれど……不思議と私はそうは思わなかったのでそのままにしていた。

 けれど、だからといって、それで見ず知らずの人の花嫁にされてしまうなんて。


「どうして……」


 外れないんだろう。

 そして、この期に及んで。


 外したいと、思わないんだろう、私は。


 零れそうになる涙を辛うじて堪える。泣いても困らせるだけだ。子供でもあるまいし。


「相手は……肝心の相手はどこで何をしているんですか」

「ご主人様も当然お会いになりたいと思います。でも、今は……」


 よくわからないけど……人を勝手に転生させて、勝手に結婚させておいて、姿も見せないなんて。どんな理由があるにせよ、あまりにも不誠実ではないだろうか。


「ミオ様、今はもう少しお休みください。お目覚めになる頃には、ご主人様ともお会いになれるでしょう。そうすれば、何か思い出せるかもしれません」


 何も思い出せる自信はないけれど。

 どっと疲れだけが押し寄せてきて、私はベッドに倒れこんだ。


 私が、死んだなんて。

 知らない世界に転生するだなんて。

 しかも、死霊使いなんていう得体のしれない人の花嫁だなんて。


 起こってしまったことをどうこう言っても仕方ないって、わかっていても。


「……すみません。考えを整理したいので、しばらく一人にして下さい……」

「かしこまりました。どうぞゆっくりお休み下さい」


 そう言って一礼し、燕尾服の青年が退室する。


 泣いたっていいよね、これは。

 そうは思うけど、泣いたところでどうなるわけでもあるまいし。


 目覚めたら全てが夢であることを願いながら、そんな子供みたいな願望を抱きながら、睡魔に縋って眠った。

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