エピローグ

 私を、呼ぶ声がする。誰だろう。多分……いつも不機嫌で、素直じゃなくて、一言多いひと。


 ……どうしてそう思ったのかは、わからない。


 白い天井、白いベッド。腕には点滴の針。……病院? どうして。


「白石さん、良かった。気が付いた?」


 聞き覚えのある声に目を開けると、中年くらいの女性がこちらを覗き込んでいた。

 職場の上司。そうだ、私仕事していて。いつものように出勤して、新規のお客様の家に向かって……そこから、記憶がない。


「私……仕事!」


 飛び起きかけて、それをやんわりと止められる。


「大丈夫。あなたが訪問するはずだった場所、更地だったわ。電話番号も使われていなかった。きっとイタズラよ。あなたが心配することは何もないから、今は休んで」


 ゆっくりとベッドに体を戻すと、携帯が震える音がした。


「あなたの家族に連絡しておいたから、きっと折り返しね。迎えにきてもらうように話しておくからこのまま休んでいて。今ナースコールもしたから」


 そう言って上司が病室を出て行く。

住所が更地? 私、インターホンを押して、門をくぐった……気がするんだけど。

 よく思い出せない。


 頭にもやがかかったようにボンヤリしてる。……迷惑かけた。職場にも家族にも謝らなければ。だけど今は……もう少し休んでもいいかな。体が酷くだるい。私、どれくらい気を失っていたんだろうか。すごく……すごく長い間だった気がする。


 寝返りを打つと、指に何か嵌まっていることに気づいた。天井に左手を翳してみる。


「指輪……?」


 こんな指輪知らない。持っていない。それに、仕事中にアクセサリーなんてつけない。

 なのに、どうして。

 病室の扉が開く音がして、看護師が入ってくる。


「白石さん、どこか辛いんですか?」

「……いえ、大丈夫です……」


 そんなことを聞かれたのは、私が泣いていたからだろう。何故か涙が止まらない。

 でも、辛いから泣いたわけじゃない。

 大丈夫。


 


 きっと……また会える。

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