第12話 仲直りのために・2
「これはミオさん。どうかされましたか?」
「ちょっとお聞きしたいのですが。この屋敷に裁縫道具はありませんか?」
問うと、リエーフさんはふと柔らかな笑みを見せた。なんとなく見透かされているような気がする。
「……あります。しかし、あるにはあるのですが……」
ふとリエーフさんが笑顔を消して、眉尻を下げる。彼はいったん部屋の中に引っ込むと、古びた裁縫道具を手にして戻ってきた。
「この通り、すっかり針が錆びてしまいまして。新調しようにも外では裁縫も魔法でするので、どこにも売ってないのですよ」
ということは相当古いもなのだろう。それにしては綺麗に残っていると感じる。針もハサミも錆びてはいるけど、錆さえ落とせば充分に使える。
「リエーフさん、塩ってありますか?」
「塩……って、料理に使う? それは勿論ございますが、何故今塩なのです?」
顔いっぱいに疑問符を浮かべるリエーフさんに、とにかく塩を用意してほしいとお願いすると、私は小走りに部屋へと向かった。昨日エドアルトさんから一つだけもらったあの果実。まだ半分、使わずに部屋に残してある。
それを持ってリエーフさんのところへとんぼ返りすると、彼は私に言われた通り塩の袋を用意して待っていてくれた。その塩を、錆びた針やハサミに振りかける。
「これは……何をしているのですか、ミオさん。まさか針やハサミを調理して食べようとでも言うのですか?」
よほど混乱しているのか、リエーフさんがありえないことを真顔で言う。いくら上手に料理したって、針とハサミが食べられようわけもなく。
「まさか。塩と昨日の果実を使って錆を取るんです」
「塩と果実で、錆が……?」
混乱するリエーフさんはひとまずおいて、私は塩のかかった道具の上で果実を絞った。この果実、レモたっぷり果汁を含んでいてありがたい。
「やはりわたくしには、調理しているようにしか見えないのですが……」
うん、まぁそう見えても仕方ない。これもパートのおばさまに教えてもらった小技だ。
あとは皮を使って錆をこすり落とし、布で拭き上げると、自分でもびっくりするほど針もハサミもピカピカになった。
「す、すごい……! すごいですミオさん!! まるで魔法を見ているようです」
同じくらいキラキラと目を輝かせてリエーフさんが叫ぶ。
「魔法ほど便利じゃないですよ」
「それでも、わたくしはもう二度と使えないかと思っていました。……この裁縫道具は姉の形見なのですよ」
どうして使えない裁縫道具を手元においていたのかと、ちょっと気になってはいたけど。なるほど、使えなくてもリエーフさんにとっては大事なものだったわけだ。……とすると、借りるのはちょっと気が引ける。
「実はお借りしたいと思ってたんですけど、そんな大事なものなら……」
「いえいえ! こんなにキレイにして頂いたんです。ミオさんに使って頂けるならきっと姉も喜びます。……それに」
ふとリエーフさんが言葉を止めたので、私はその先を待った。だけどなかなか彼は言葉を継がず、やがて「いえ」と言ってその先を止める。
「なんでもありません。その裁縫道具はミオさんのお好きに使って下さい」
「じゃあ……お言葉に甘えてお借りしますね。ありがとうございます、リエーフさん」
リエーフさんから裁縫道具を受け取り、深々と頭を下げてその場を後にする。そしてその足で、私はライサと話をするべく彼女を探して歩いていた。彼女にとって、あのぬいぐるみが特別なものであるのは確かだ。だけどさっきのライサは少し様子がおかしかった。
そもそもあの気位の高そうな彼女が、四六時中ぬいぐるみを抱えて離さないというのも違和感がある。それにあのとき彼女は「ライサの大切な」と口にしていた。自分の名前を一人称にするなんて、彼女にしてはだいぶ幼い。それらが意味することが何なのか――
それを考えるには私はライサのことをあまりにも知らなさすぎる。
ミハイルさんやリエーフさんに聞けばわかるのかもしれない。でも自分で知ろうとしなければいけない気がした。
「ライサ、どこ? さっきのこと謝りたいの。出てきて欲しい」
声に出して名前を呼びながら、私はお屋敷のあちこちを歩いた。そうしてみて気付いたことがある。ライサを探そうと意識して歩いていたら、いつもよりもたくさんの幽霊達が目についた。それもチラチラとではなく、生きてる人間と同じようにハッキリと見える。
意を決して、その中の一人に話しかけてみた。
「あの、ライサをご存知ないですか?」
「ライサ……?」
「金髪の、ドレスを着た十歳くらいの女の子です」
私より少し年上くらいの育ちの良さそうなその女性は、私の言葉を聞いて眉をひそめた。
「ライサって、アドロフ家の? あの子は小さい頃に亡くなっているはずだけど……」
「あっ……ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」
彼女の返事に、私は慌てて頭を下げた。
ライサが亡くなっているのは知っている、だって幽霊だもの。でも、この人も……幽霊だよね? この屋敷にいる生きてる人間はミハイルさんだけだって、リエーフさんは言ってた。
この人は、自分も死んでいるということに気が付いていないのだろうか。だとしたら、部外者の私がそんな繊細な事情に突っ込むべきじゃない。お礼を言って立ち去りかけて、しかし思い直して私は彼女に向き直った。
「あの、申し遅れました。私はこの屋敷の使用人として雇われたミオと申します。宜しくお願いします」
「あら……そうだったの? 私はてっきり、プリヴィデーニ伯爵の奥方だと思っていたわ」
「えっと……プリヴィ……?」
「今のご当主は……お名前は何と言ったかしら」
「あっ、違います!! 私ただの使用人です。この指輪は、仕事をするためにお借りしただけのもので」
彼女の視線が指輪に向いているのを見て、急いで否定する。恐らくプリヴィデーニというのはこの伯爵家のことで、彼女は私を伯爵夫人だと勘違いしているのだ。
「フフ、そうだったのね。ごきげんよう新しいメイドさん。お掃除頑張って」
「あ……はい」
そう言うと、貴婦人の幽霊はスッと消えてしまったけど。
今まで曖昧にしか見えていなかったその姿が、その声が、今日ははっきりと見聞きできる。幽霊屋敷じゃなく、ちゃんとした大きな貴族のお屋敷に迷い込んだよう。
小指に嵌めた指輪に視線を落とす。嵌めたら見える、そんな単純な話じゃなく、私の見ようとする意志も影響するのかもしれない。
……それにしても。
この指輪をしているせいで、幽霊たちから物凄い誤解を受けている気がする。
もしかして幽霊たちが私を歓迎していないのって、私が外の人間だからじゃなくて、ここの当主婦人としてイマイチだから、なのでは……? だとしたら勘違いだし、ちょっと納得がいかない。
けど、少なくともライサはそうじゃないと知っているはずだから……それが原因じゃないハズだ。やっぱりちゃんと彼女と話さなきゃ。
やみくもに探してちゃ駄目だ。これだけ呼んで出てこないなら、きっと向こうが避けてるんだろう。だったら。
「出てきてくれないなら……いいわ。今のうちにお掃除すれば、きっと捗るでしょうしね」
作戦を変えて、ひとり言めかして呟いてみる。すると、ピシ、と窓が鳴った。
ふっ、やっぱり子供。私の勝ちね。
窓も空いてないのに、ぶわっとぼろぼろのカーテンが翻る。
「無駄よ! あたしがまた全部元通りに……!」
「見つけた、ライサ」
ぎゅっとその腕を掴むと、はためいていたカーテンが大人しくなる。こちらを睨んでくるライサを、私は真正面から見つめ返した。
「さっきはごめんなさい。それ、きっとすごく大事なものなんだよね? 勝手に触ったりして私が悪かった」
「……何よ。あたしに取り入ろうとしたって」
「無駄なんでしょ? わかってる。でもやっぱりそのぬいぐるみ、私に直させて欲しい。目や手が取れたままじゃ可哀想じゃない」
「そんなことで恩を売ろうとしても、あたしは誤魔化されないわ」
「それもわかってる。でも別にあなたにデメリットはないのだから、いいでしょう? リエーフさんに裁縫道具を借りてきたの」
「釈然としない。アンタにメリットがない」
「私は、私の仕事で誰かが喜んでくれれば嬉しい。これが私のメリットよ」
「……変な人。そんなのメリットって言える?」
「他の人にとってはわからない。でも私にとっては、そう」
ライサは私の手を振り払うと、再び私をじっと見た。
嘘がないか探るようなその視線に、怯えることは何もない。だって今言ったことには、私の仕事に対するポリシーには、打算や嘘なんて一つもないから。
先に目を逸らしたのはライサの方だった。長い睫毛を伏せて目を閉じる。
「大丈夫。私、仕事でテディベアの修復やったことあるの。本当はオプションにないことだったんだけど、どうしてもって頼まれて。我ながら上手くできて、とっても喜んでもらえた」
「何言ってるのかよくわからないけど、自信があるのはわかった。失敗したら呪い殺される覚悟があって言ってるのね?」
「失敗なんかしない」
失敗すると思いながら仕事なんかできない。
断言すると、ライサは抱き締めていたぬいぐるみを一瞥したあと、ためらいながらも私に差し出してきた。
「……いい度胸ね。それに免じて一度だけアンタを信じてあげる」
「ありがとうございます。信頼と実績が我が社のモットーです」
営業成功、契約成立。
ぬいぐるみを受け取って、私は笑顔で頭を下げた。
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