第10話 仲たがい
洗剤に代わるものも見つかり、エドアルトさんとも信頼を得るまでにはいたらずも、和解はできて、昨日は多少の進捗があったものの。
今日はライサに捕まってしまい、まったく掃除ができずにいた。片付いたと思ったらかたっぱしからポルターガイスト能力でめちゃくちゃにされてしまうのだ。さすがにこたえる。
うーん……まだ果物洗剤はエドアルトさんの許可が下りない以上、今以上の量は作れないし。そういえば、薬品に詳しい幽霊に会わせてもらえる話がうやむやになってしまっていた。もう一度頼んでみてもいいけど、洗剤を作るのに他の薬品で代用できたからもういいですって言ったら、エドアルトさんとの間に溝ができないかな? 考えすぎかな。
その答えを出すには、あまりにエドアルトさんという人を知らなすぎる。さらに言えば、薬品に詳しい幽霊がどんな人かも知らなすぎる。協力してくれる保証もない。
「あら、ついに観念した?」
掃除の手を止めて考え込んでいると、ライサが意地悪そうな笑みを浮かべて話しかけてくる。そんな彼女を横目で見ながら、私は否定の返事をした。
「違います。ちょっと考え事をしていただけで」
「じゃあ早く掃除を再開しなさいよ。あたしが邪魔してあげるから」
ほらほら、とライサが挑発してくる。なかなかイラッとしてくるけど、それに乗ってあげる義理もなければ意味もない。
「ねえ、ライサは外の人間が嫌いだから私の邪魔をするんだよね。どうして嫌いなの?」
この際、率直に聞いてみる。
「はあ? 嫌いなのに理由なんてないでしょう」
「そうかな、私はあるけど。結果だけで仕事を評価する上司とか、機嫌が悪くて周囲に当たり散らしてくる人とか」
「何? 嫌味かしら?」
あ、しまった。余計イラっとさせてしまった。
「ごめんなさい、そういうつもりじゃ。えっと……そのぬいぐるみ、可愛いね」
「……今、あたしのことめちゃくちゃ子ども扱いしたでしょ?」
強引に話題を変えた私を、ライサが半眼で睨んでくる。
「馬鹿にしないでよね! 言ったでしょ、あたしはミハイルが生まれるずっと前から……!」
「ずっと前って、どれくらい?」
「ずっと前はずっと前よ! とにかくずっと前!!」
こういうところ、とても大人とは思えない。幽霊たちは、亡くなったときのまま、成長が止まる……と考えていいのかな。
指輪をつけてから、たまにスッと回廊を横切っていく人影は見たりするけど、私に接触してくるわけじゃない。避けられているというか、遠巻きに見られてるというか。干渉してくるのは今のところライサだけだ。
うーん、やっぱりどうにかライサと仲良くなれないかな。
「そのぬいぐるみ、あちこち破れているし、目や腕も取れかけてるよね。良かったら私に直させてくれないかな」
何か、何でもいいから、仲良くなるきっかけが欲しい。その一心で手を伸ばした、それがいけなかった。
「触らないでッ! これはライサの大事なものよ!!」
「あ、ご、ごめ……」
悲鳴にも似た鋭い叫び声に、伸ばしかけた手がビクッと震える。
謝罪の言葉は、壮絶な目で睨まれて喉につっかえた。
「あたしを懐柔しようとでも思ってるの? あたしさえなんとかすればいいと思っているなら間違いよ。この屋敷であんたを歓迎している奴なんていない。あたしたちはみんな、外の人間なんてみんな大っ嫌いなのよ!!」
幼い声に不釣り合いな、暗く恨みがましい表情を見せ、ライサの姿がスゥッと壁の向こうに消える。突き刺さるような痛い空気が消えて、思わず止めていた息を吐き出した。
そりゃ、確かに下心はあった。今思えばあからさますぎたと思う。でもこっちだって、いつもいつも掃除を台無しにされて。それでも怒ったことなんてないのに。
「あんなに睨みつけなくたって」
思わず愚痴を零してしまって、慌てて頭を振る。子ども相手に大人げない。
それに、私は単なる使用人なのだ。そしてライサは仕事先の関係者。剥き出しの敵意と憎悪は刺さるけど、それでも割り切らないと。これは仕事なのだから。
きっとあのぬいぐるみは、本当に彼女にとって大切なものなんだ。落ち度があったのは私のほう。それに前向きに考えるなら、ライサがこの場からいなくなったのだから、今こそ掃除を進めるチャンスじゃないか。
大丈夫。ライサには、リエーフさんを通じて謝ればいい。そう考えてホウキを握り直したとき、気が付いた。
また、遠巻きに見られているあの感覚。
視界の端に引っかかる人影。でもそちらを見ても誰もいない。
耳元を掠めていく、よく聞き取れない会話。
――この屋敷で、あんたを歓迎してる奴なんていない。
ライサの声が耳に残っている。
そんなこと言われたって、行く当てがないんだから仕方ない。私だって、好きでこんな幽霊屋敷にいるわけじゃない。幽霊が怖くないわけじゃない。邪魔されたって平気なわけじゃない。
あ、だめだ……折れる。
「辞める気になったか?」
だけど、背後からかかった声に、折れそうになっていた心を……持ち直す。
遠くで聞こえていた声も、なんとなく感じていた視線も、それと同時に消えていた。
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