第50話・中性子星

その断末魔の、なんという神々しさだろう。

「新たな誕生」とも言いかえられる「星の死」=超新星は、何ヶ月間にもわたって輝きつづけた。

この間ずっと、巨大天体は自分の命と引きかえに、新しい元素の合成を試みていたことになる。

そして、試作品を外界へと解き放ちつづけたんだ。

まさしく、物質の輪廻転生だ。

周囲の宇宙空間はキラキラと光をまとい、色とりどりにさまざまな模様を描く。

そのあざやかな色彩は、まるで巨大天体の夢を写し取ったかのようだ。

実に立派なことだ・・・とヨウシくんは思う。

あいつは、ただの見栄っ張りの散財家なんかじゃなかった。

科学者にして、創造者だったんだ。

巨大天体を構成していた物質は、衝撃波の勢いそのままに、広大な宇宙に向けて散開していく。

新しく生まれた元素たちもまた、さらなる混沌の世界をつくるために、長い旅に出る。

彼らはゆく先々で、それぞれに仕事を進めるはずだ。

再び集まり、結ばれ、発熱し、砕かれ、とけ合い・・・そうしてまた、次なる元素を生み出すことだろう。

みんな、がんばれよ。

ぼくもがんばる・・・

ヨウシくんは、気持ちを新たにした。

手をつなぐデンシちゃんも、うなずいた。

ふたりで、前を向く。

巨大天体の意志を引き継ぐんだ。

ぼくらは、今やまさに、星のかけらなんだから・・・


ところで切ない話だけど、超新星爆発後の巨大天体の姿を知っておかなきゃならない。

その末路は、壮絶だ。

彼の巨体の大部分はバラバラに砕け散り、広域にほどけて、すさまじいスピードで宇宙空間に拡散していく。

が、芯はその場に取り残されたままだ。

中性子が集まってとけ合い、みっしりと固められたコアは、「中性子星」として存在しつづける。

孤独で裏さびれた色(この部分は小生の想像だけど・・・)に沈みゆくこの星は、無数の中性子をぬり込めた巨大な原子核みたいなものだ。

重力崩壊時に猛烈に圧縮されたために、その密度ときたらハンパない。

最も稠密な中心部ともなると、クォークという素粒子レベルにまでバラされて、液体を越えたとろんとろんの超流動体と成り果てている。

それほどの超高密度なので、星全体がめちゃめちゃに小さい。

なにしろ、質量がわれわれの頭上の太陽と同じくらいあっても、直径はわずか20キロメートル程度というコンパクトサイズに丸まっている。

車で一時間も走れば一周できてしまうほどの、可愛らしい星というわけだ。

しかしきみは、決して中性子星を一周できない。

1立方センチあたり10億トン、なんてとてつもない実の詰まりっぷりのせいで、およそ考えられないほどの強い重力が発生しているからだ。

きみはこの星の上で、車に乗ることはおろか、手を持ち上げてドアを開くことさえもできない。

それどころか、ピクリと動くこともなく、地面にぺたんと張りつけられて、一瞬で天体内に蒸発させられてしまうだろう。

ジュッ・・・

そしてきみの細胞のひとつひとつは原子レベルにまで解体され、ついにはオカマちゃん地獄に捕らえられてしまうんだ。

このタイプの星の重力を甘く見て、チビ助だから近寄ってやろう、なんて考えないほうがいい。

さらに中性子星は、めちゃめちゃに痛めつけられた経験から、どんでもない高速で回転している。

自分の身に加えられた仕打ちの分だけ、暴れまわりたいらしい。

地球が一日に一回転するのんびりさに比べて、中性子星は、ベーゴマ?ってくらいのスピードでスピンしまくっているんだ。

その荒れ狂う姿は、まるで巨大天体の後悔を具現化したかのようだ。

生き急ぎすぎたぼくのバカバカバカ・・・って。

まったく、苦悩に満ちた星だよ。


さて、このように中性子星の超高密度は、きみが今まで耳にタコができるほど聞かされてきたメカニズムにしたがい、ものすごい重力源となっている。

つまり、中性子星は、周囲のものを強力な力で引き寄せて、離さない。

近寄ってきたものをなんでも飲み込む、と表現してもいいほどだ。

そして抜け出せなくしてしまうんだ。

・・・はた。

これに似たようなSF的な存在を、きみはきっとどこかで耳にしたことがあるよね?

その名前は、まだ伏せておくよ。

だけど、中性子星の仲間で、さらに質量が大きく、もっと高密度な天体が最期を迎えると、どうなるだろう?

これまでの物語に出てきたあれやこれやを考え合わせて、思考実験をしてみよう。

いいかい?考えるんだ。

宇宙空間のとある場所に、おそろしくたくさんの物質が集まってきた。

それらがさらに密集し、ギュギュッと固まって、とてつもなく大きな天体をつくる。

やがて核融合がはじまり、天体は熱く太い生涯を過ごす。

ヘリウムができ、酸素ができ、ナントカができ、カントカができ・・・

そうするうちに、天体はたちまち蝕まれ、耐久の限界に達する。

鉄が生成され、冷えはじめると、例によって崩落の開始だ。

とてつもない質量がのしかかる、とてつもない勢いの爆縮。

むぎゅっ!

縮みきった瞬間に、ベクトルが反転し、計り知れない規模の超新星爆発。

ボッカーン・・・!

物質を吹き飛ばしたそのあとに残るのは、質量がおそろしく充実した、極小の「超」中性子星だ。

ところがこの天体は、自己重量が自分を押しつぶすほどもあるので、さらに重力崩壊をつづける。

きゅるるる、きゅう~・・・

縮みに縮んで、その収縮は永遠につづく。

そのサイズときたら、いささか文学的になるが、「限りなく小さい」と表現しなきゃならない。

点、という存在に収れんしてしまうんだ。

・・・想像できたかな?

天体の質量が大きければ大きいほど、生み出す重力は強大になり、自分自身を絞りあげていく。

密集→収縮→重力増大のスパイラルから抜け出せないコアは、結果として、より小さく、稠密になる。

だいたい質量が太陽くらいの天体は、最終的にはファースト・スターのように赤色巨星をへて白色矮星の状態に落ち着き、質量が太陽の八倍ほどになると、超新星爆発をともなって中性子星としての最期を迎える。

そして、質量が太陽の三十倍以上もの重い天体になると、超新星爆発後も収縮を押しとどめることができないために、際限なく縮んでいき、特異点となる。

自分で自分を飲み込んでしまう、怪物の誕生だ。

大きな大きな質量を丸め込んだ、小さな小さな・・・文字通りに極限まで小さくなり果てたコア。

それこそが、無限大の重力を持つ「ブラックホール」だ。

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