第46話・重力崩壊

巨大天体の芯の温度は、ついに100億度に達した。

ここに至り、あれほど頑丈だった鉄の原子核が、高エネルギーの光子によって壊されはじめた。

組成が超安定の鉄56といえども、いともたやすく、アルファ先生(ヘリウム4原子核)×13と中性子×4に砕かれていく。

もはや、これまでの常識が通用するような世界ではなくなっている。

鉄は、光がぶつかって崩壊を起こしても、全然放熱をしない。

それどころか、この反応は逆にエネルギーを食ってしまうので、天体の芯から熱が奪われ、状況が反転する。

炉の活動による膨張力は、急低下。

支えを失った芯は、のしかかってくる巨大天体の全質量を受け止められなくなる。

鉄をはじめとした各種原子核がぺしゃんこに押しつぶされる、天体の「重力崩壊」がはじまった。

最悪にして、最終的な事態の発生だ。

天体を構成する物質の一切が、強大な重力源である芯に向かって落ち込んでいくんだ。

骨組みが瓦解し、あっという間もなく、天体そのものが押しつぶされる。

その後に待つのは、極限までの収縮だ。

このカタストロフィ(破局)に抵抗するべき内側からのカウンターエネルギーは、もうない。

巨大天体は今や、ただ自分の体重によって崩れ落ちるばかりだ。


まるでハリソン・フォードが出てくる映画のクライマックスのようだ。

ヨウシくんは、焦っている。

こんなはずでは・・・と。

事態がここまでシリアスなステージに進んでいるとは思わなかった。

本当にあの大天井が崩落してくるなんて。

そして、あれだけ力強く機能していた自分たちのエネルギーが、まるで役に立たないなんて。

これじゃ、なんのために鉄になったのかわからない。

すさまじい圧力によって、せっかくみんなで力を合わせて組み立てた原子核が押しつぶされていく。

周囲の仲間たちは、お互いにぶつかり合ってバラバラになったり、あるいは光によって切り刻まれたりして、さらなる崩壊で中性子の姿にされていく。

天体の深部では、鉄に代わって新しく、中性子のかたまりが芯となりつつある。

とろとろのオカマちゃん地獄だ。

あそこに固着されたらいよいよおしまいだ・・・とヨウシくんは直感する。

なんとかして、ここから抜け出さなきゃ。

ヨウシくん自身は、ここにきて激しい流転をくり返している。

鉄原子核が解体され、アルファ先生に含まれた後、あっちにくっつき、こっちから離れ、とっさにケイ素の原子核にまぎれ込んだ。

すべてが、ほんの一瞬時に起きていることだ。

そのとき、ヨウシくんをはらんだ原子核が、光と衝突した。

うわっ、あぶない・・・!

ピカピカッ・・・!

ケイ素原子核は崩壊し、アルミニウム原子核になったが、ヨウシくんは運よく、コロリとひとりで抜けることができた。

しかし、巨大天体の芯の重力は強烈すぎて、何者もこの場所から逃げ出すことはできない。

天体中心部の大きな大きな質量を丸め込んだ小さな小さな芯が、すべてを引きずり込もうと手ぐすねを引いている。

ヨウシくんはもがく。

落ちてくっ・・・!

が、この小さな身では、あらがうことなどまったく不可能だ。

ヨウシくんは悔やんだ。

ああ、バカバカ、ぼくのバカ・・・と。

ふと、愛しいあの子の顔がまぶたの裏をよぎる。

デンシちゃん・・・

あの子の元に帰ることができなかった。

調子にのったせいで、もう二度とあのかわいい手をにぎれない。

だけど、あの子のおかげでいい人生だった。

あの子がいてくれたからこそ、とほうもない歳月を充実して送ることができた・・・

ヨウシくんの頭の中を、思い出が走馬燈のようにめぐる。

デンシちゃんとふたりで新しい世界を開いたのは、確かな事実だ。

それは誇りに思っていい。

だからこそ、くやしい。

くやしいが、もうおしまいだ。

お別れなのだ。

ヨウシくんは肩を振るわせ、ついに観念した。

デンシちゃん、ありがとう、そして、さよなら・・・

そっと目を閉じた。

数十億年の記憶が、次から次へと浮かんでは消える。

どの思い出の中にも、デンシちゃんがいる。

そっと目を開く。

目の前に、デンシちゃんの顔が見える。

ん?

マボロシか・・・?

しかし!デンシちゃんは本当にそこにいる。

そして、ヨウシくんの胸に飛び込んできた。

ヨウシくんっ、会いにきたよっ・・・!

まさか、なんということだろう。

天体のすさまじい瓦解のせいで、デンシちゃんもここまで落ちてきたんだった。

デンシちゃんっ・・・!

ヨウシくんは思わず、愛しい彼女をぎゅっと抱きしめた。

小さなからだを、しっかりと胸の中に。

その感触、熱い火照り。

本物だ。

それにしても、思い出してみてほしい。

ふたりはこれまで一緒にいても、クーロン引力の手をつないで、くるくるとまわり合うだけの仲だった。

電荷の相違と、デンシちゃんの驚くべきスピードとの釣り合いが、ふたりが触れ合うことを許さなかったんだ。

ところが今、このひどい状況の中で、ふたりははじめて抱きしめ合っている。

デンシちゃんっ・・・!

ヨウシくんっ・・・!

なんという幸福感だろう。

ふたりはついに、ひとつになったんだ!

・・・ま、手痛い代償を支払うことにはなったけど。

この「陽子による電子捕獲」は、電荷の差し引きによる反応がともなう。

ここまで言えば、かしこい読者であるきみはもう理解したかもしれない。

電荷+のヨウシくんと、電荷-のデンシちゃんが結び合うことにより、電荷はゼロとなったんだ。

その結果、ヨウシくんはチューセーシに・・・つまり、オカマちゃんになったんだった。

そしてふたりは、中性子の芯・・・オカマちゃんたちのアリ地獄へと落ちていく。

う・わ・わ・・・


ヨウシくんとデンシちゃんがひとつに結び合った一方で、状況はますます悪化している。

巨大天体の崩落がとまる気配はない。

瞬きをするほどの間に、巨大天体はぺしゃんこに押しつぶされていく。

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