第45話・赤色「超」巨星
転げ転げて、ついに鉄の一員としてゴールした優越感にひたりながら、ヨウシくんはなんとなくいやな予感がしている。
働かないですんでいる・・・というか、この重い身に、他の元素方面からお呼びがかからない・・・
重役の上の最高顧問みたいな立場に据えられた鉄には、もう働き場がないらしい。
それにしても、ここまで駆けのぼるのは早かった。
巨大天体の中では、時計を早回しにしたかのように展開が急だった。
以前のファースト・スターのときは、ヨウシくんは数十億年もの間、ずっと働きつづけた。
あの小さな星は、なにもないところからはじめて、ゆっくりゆっくりと育ち、じんわりじんわりと温度を上げ、環境をつくり、たっぷりと時間をかけて、水素たちを練りに練りあげてくれた。
そうして、少しばかりの新しい元素を生み落とした。
ながいながい生涯の最期は、真っ白な種を残して宇宙にほどけ、暗闇の底に静かに消えていったっけ。
思えば、あの星はつつましく、几帳面で、丹念で、穏やかだった。
そして、おそらくはそのおかげで、長生きだった。
それに引きかえ、今回のこの巨大天体ときたら。
図体ばかりでかくて、食うわ、出すわ、太るわ、散らかすわ・・・やりたい放題だ。
エネルギーを湯水のようにばばらまき、ぜいたく三昧をたのしんでいる。
そのせいで、たちまち燃料が空っぽになってきた。
前の星の十倍もの燃料があったにもかかわらず、だよ。
ヨウシくんは、少なくとも何億年かは作業に従事する心づもりで、この巨大企業・・・いや、巨大天体に仕事を求めた。
ところが指折り数えてみると・・・げげっ、まだ2600万年しかたっていないぞ。
なのに、すでに巨大天体の内部留保は枯渇気味で、やりくりが苦しくなりつつある。
ヨウシくんは、先行きに不安を覚えはじめている。
ぼくはもっとビッグになって、のし上がりたいのに。
鉄よりも、もっともっと強い立場にのぼりつめたいんだよう・・・
からだも大きくなって、いやらしい野心が芽生えたヨウシくんは、叫んでみる。
これでおしまいなんて、やだーっ・・・!
しかし、巨大天体の奥深くに、鉄の原子核となってどっしりと安定してしまったヨウシくんは、みしみしと迫りくる天井を見つめることしかできないでいる。
出せっ、ここから出せーっ・・・!
困惑が極まったヨウシくんは、天体の中心で愛を・・・あの子の名前を叫ぶ。
デンシちゃーんっ・・・!
なのに、その声が届くことはない。
もっと将来を見据えたライフプランを考えるべきだった・・・
巨大天体は、そう反省しているかもしれない。
あまりにも景気よくばらまきすぎた。
太く、短く・・・か。
それにしたって、このまま終わるには生涯が短すぎる。
なのに、最近の食欲ときたら、抑えがきかない。
まず、ここ数千年の間で、炭素原子核を食いつぶした。
その結果として生まれたネオン原子核とマグネシウム原子核あたりは、わずか数年間でケイ素原子核にしてしまった。
こうなると、後には鉄原子核生成への道が残されるばかりだ。
なのに、その最後の食料は、たった数日間しかもたなかった。
燃料は完全に枯渇。
芯に残ったのは、これ以上は役に立たない鉄ばかり。
燃え尽きてしまった。
腹の底で華々しく活躍した炉は、火を落として冷えはじめている。
エネルギーの供給がとまり、内側からの膨張力が、ついに本当にストップした。
すると天体内で、ものすごい崩落がはじまった。
外から見た巨大天体は、それこそ文字通り、超巨大にふくらんでしまっている。
中心部にこもったエネルギーの放出にともなって、外層を構成する軽い原子たちが、ガス状の「星雲」という形で散り散りにひろがっていく。
鉄の原子核をはじめとする芯の重力源に拘束されて、一応、外見は丸くまとまり、なんとか天体の体裁を保ってはいる。
けれど実質の中身は、スカスカの炎のかたまりだ。
温度が低いほど星は赤っぽく見えるんだけど、この巨大天体は、まるで墓場に残されたぼんぼりのように赤く、とろんと淀んで、心もとなく灯るばかりだ。
なのに、大きさだけは、とてつもない。
直径は、われわれの世界でいう太陽を基準にするよりも、太陽系をめぐる惑星の軌道径で比較したほうが、距離単位としては近いほどだ。
オリオン座の左上で大きく輝く「ベテルギウス」なんていうこのタイプの星は、半径が、太陽から木星までの距離くらいもある。
そんなにも大きいのに、実質は、おぼろげなかすみのようだ。
つまり言い方は悪いけど、これらの天体は超巨大とは名ばかりで、中身はぐずぐずに崩れて散らかっているんだ。
張りぼてのような虚栄の図体といいたくなる。
だけど、ほんの小さな芯の部分だけは、思いきり充実している。
密度に満ち満ちて、真っ赤な図体とは別物のように、青白く光り輝いているんだ。
ぼんやりとした大きな赤い玉の中に、強く輝く白い玉。
その構造をきみは、「卵の白身と黄身くらいの割合だろ」とイメージしているかもしれない。
が、それはまるっきり違う。
その芯は、信じられないほどちっぽけなものだ。
今や赤色「超」巨星となった巨大天体の外側の直径と、その中心に位置する芯のサイズを比較してみよう。
膨大な原子たちが頼りなく集まった最外径を1と置くと、ヘリウム原子核の層(つまり、中心部のいちばん外寄りの層)は、わずか1/1000だ。
さらに、最奥部の中心の中心にある鉄原子核の芯は、そのまた1/500。
つまり、全体の1に対して、芯の大きさは、50万分の1ぽっちというわけだ。
天体の直径を1kmとすると、鉄芯の部分は、わずか2mm程度なんだ。
ほんのゴマ粒ほどの重力源が、街ひとつ分を締めあげて支配している、というほどのオーダーだ。
このゴマ粒に、なんと天体の全質量の一割が集められている。
その密度たるや、サイコロ一個分の大きさで、世界最大級のタンカーほどの重さがある、といったら想像がつくだろうか?
それが天体全体におよぼす、猛烈な重力ときたら・・・
そんなまっただ中に、ヨウシくんは閉じ込められて・・・いや、自ら勇んで飛び込んでしまったんだ。
なんともおっちょこちょいなことだったな。
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