第34話・赤色巨星
デンシちゃんもまた、ひとりで戦っていた。
天体が自らの体重で押しつぶされないように、電子たちは高いエネルギー状態になって、必死に崩落を食いとめている。
難しい言葉で「縮退圧」という、つまり、天体が縮まない力を張りつめさせているんだ。
ヨウシくんは目を見張った。
デンシちゃんは、小さなからだで目いっぱいに動きまわり、天体を支えていたんだ。
彼女はただのわがままな暴れんぼじゃなかった。
やんちゃ娘のように振る舞いながら、実はこの天体を守ってくれていたんだ。
ヨウシくんとはまったく別の場所で、まるでヨウシくんの意を汲んだかのように、ヨウシくんと同じように戦ってくれていたんだ。
その働きようときたら、全身全霊、粉骨砕身・・・まさしく「いっしょうけんめい」だ。
ヨウシくんは、胸が熱くなった。
そして、自分が見そめたこの小さな女の子に惚れなおした。
なんて子なんだ!
ぼくは逃げ出してしまったというのに・・・
ヨウシくんは、必死に呼びかける。
デンシちゃん・・・!
手を伸ばす。
クーロン引力の手を。
ぼくだっ!
こっちだよ・・・!
デンシちゃんは、気づいた。
きてくれたのねっ・・・!
デンシちゃんは、差し出された手をギュッと握る。
ヨウシくん、はなさないで・・・!
ヨウシくんは応える。
もうはなすもんか!
ぜったいに・・・!
プラス電荷と、マイナス電荷。
ふたりはお互いを自分の引力圏に取り込み、結び合う。
なんて美しい再会だろう。
ヨウシくんの手をしみじみと愛おしみ、よろこびに満ちたデンシちゃんは、くるくるとまわりだす。
信じてたよ、ヨウシくん・・・
デンシちゃんが周回軌道に入ると、ふたりの電荷は均衡し、中性に安定した。
ヨウシくんとデンシちゃんは、以前のようにひとつになった。
覚えているかな、このペアリングの意味を。
陽子一個は、電子一個と結合し、ふたりで一人前の「原子」になるんだ。
ヨウシくんとデンシちゃんは、再びパートナーとなり、最初の物質である「水素原子」に返り咲いた。
一方、われらが希望のファースト・スターは、もはや天体という体をなさないまでにぐずぐずに崩壊している。
外側の部分はすっかりほどけて、もうまとまることができないほどの広域な範囲に散らばってしまった。
それでもまだ芯の部分で、わずかな核融合をつづけている。
芯は、自らの重みで延々と縮みつづけるしかない。
すると、中に閉じ込められた原子核たちが、ますます激しくぶつかり合ってしまうんだ。
それにともなって生みだされるエネルギーは、天体の表面に達すると、全方位に向けて放射される。
それに導かれるように、表層の原子たちはバラバラに散逸していく。
おかげで天体は、アウトラインが確認できないまでにふくらんでかすみとなり、外郭が宇宙空間に溶けいってしまう、というわけだ。
ぼんやりとして、ただただやみくもにドでかいばかりのその姿は、「赤色巨星」という状態だ。
その構成物(原子や原子核、素粒子)たちの結びつきは、まるでこの天体をつくりはじめた当初のように心もとない。
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