第18話・クーロン力
さておき、高温、高圧の環境に耐えきれず、電子たちは飛び去ってしまった。
残された陽子たちを取り巻く環境は、刻一刻と深刻さを増している。
天体の質量は増大し、それにしたがって引力による高密度化が進むと、中心部はいよいよのっぴきならないギュウギュウ詰めになってくる。
温度もチョー上がり、ぐらぐらと煮えたぎったような状態だ。
水素たちは、もはやひとかたまりとして形をとどめていることができない。
なぜなら、その原子核(つまり、陽子)は+に荷電していて、それを包み込む-電荷の電子がいてくれたからこそプラマイゼロにニュートラル化され、複数の原子が整然と隣り合わせることができていたんだ。
ところが、電子はもういない。
残された原子核・・・つまり陽子の寄せ集まりは、お互いの+電荷が反発し合って、とてもじっとしてはいられない。
もみくちゃのはだか祭のはじまりだ。
ここでもう一度思い出してほしいのが、陽子の持つクーロン力(電荷による引力&反発力)の強さだ。
陽子一個のクーロン力は、パチンコ玉が甲子園球場の広さに引力圏をおよぼすほどの威力があったんだよね。
-電荷を帯びた電子を捕まえておくには、このクーロン力、すなわち「引力」はとても役に立った。
ところが今、+電荷を帯びた陽子だけが密集した状態にある。
お互いに甲子園球場の広さを支配するほどの、今度は「反発力」を持つパチンコ玉同士が、うじゃうじゃと大勢で隣り合わせているんだ。
そんな跳ねっ返り同士が、外からの圧力によってみしみしとせめぎ合いをはじめたと考えてごらんよ。
身の置き場がないとは、このことだ。
陽子たちは、激しく動揺する。
そして、ぴょんぴょんと逃げまわり、飛び跳ねはじめる。
磁石の同極同士を力づくで近づけようとした経験があるだろう?
S極とS極とか、N極とN極とか、同じ色の方を。
そのとき、磁石の先っちょ同士は、ぷるんっ、ぷるるんっ、とはじき合うよね。
まるで二本の磁石の間に、なにか弾力のある、しかも絶対に押しつぶせないゴムのかたまりをはさんででもいるかのように。
ちょうどあんな感じだ。
陽子たちはそれぞれ身の周りに、磁界とそっくりの、クーロン力による結界を張りめぐらせているんだ。
しかもクーロン力は、重力の10の42乗倍も強い。
10倍とか、42倍とかじゃないぞ。
ゼロが42個もつく、1000000000000000000000000000000000000000000倍だ!
陽子同士はめちゃくちゃに反発し合い、どれだけの力で押しつけ合っても、とうてい触れ合うことなんて考えられないほどの威力でいがみ合う。
徹底的に拒絶し合う。
なのに、無理やりにギュウギュウ詰めに圧迫される。
するとお互いの反発力で、隣と近づけば近づくほど、ぴょんぴょんと跳ねまわってしまう。
天体の満身による荷重を受ける中心部の圧迫感ときたら、規模からしてハンパじゃない。
逃げ場なしのせまい空間で、陽子たちはものすごい勢いで飛び交うしかない。
まるで、無数のスーパーボールを洗濯機に入れて「フルパワー」スイッチを押したときのような状況だ。
陽子の跳ねっ返りの雨アラレ。
そしてこの激しい飛び交いが、また天体の芯を発熱させる。
温度と圧力は急上昇。
プラズマ状態は、激しくなる一方だ。
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