第4話

 年が明け、雪が降り頻る中センター試験が終わり、夏生達は他の受験生たちに混じり、試験会場から少し離れた喫茶店にいる。


「終わったな……」


「そうね……」


 春子は一息をつき、コーヒーを口に運ぶ。


「センター試験が終わった次は、本試験か……」


 夏生が志望する、国立の音大はセンター試験を通過した後に本試験なのだが、夏生の顔色がさっきから悪いのを春子は見逃さなかった。


「うん? あんた、何か顔色悪くない?」


 春子は夏生のおでこに掌を当てる。


「いや普通だが……」


 夏生は鼻声と痰の絡んだ不明瞭な声で春子にそう言い、アイスティーを口に運ぶ。


「いや、熱いわよかなり!」


「こんなの平熱だよ……俺外でタバコ吸ってくるわ」


 未成年である為に当然ここではタバコが吸えず、ここにくる途中で、通りがかるときに見つけた喫煙所で煙草を吸おうと、夏生はゆっくりと立ち上がるのだが、ぐらり、と地面に崩れ落ちる。


「夏生!」


 春子の悲鳴が、店内に響き渡る。


 ♫♫♫♫


 何処かの場所なのか、待合室のような間合いの部屋に、夏生はギターを片手に椅子に座り、弦を軽く指で鳴らしている。


「龍平、俺に会わせたい人ってまだなのか?もう1時間もしたらライブが始まってしまう」


 夏生は誰かを待っているのか、少し苛ついた感じで龍平にそう言って煙草を口にくわえる。


「……いや、もう少し待ってろ」


「分かったよ、あーあ、早くライブやりてーな!」


 ドアがノックされ、龍平は、はいと軽く返事をし、立ち上がり扉を開ける。


 龍平の体が邪魔をして分からなかったが、女性のような雰囲気と香水の匂いがしており、いつものように押しかけのファンだなと夏生はため息をつく。


 夏生の視線の先には、女性らしき顔つきの人がいる。

 

「……春子?」


 ♫♫♫♫


 鼻につく消毒液の匂いで、夏生は目を覚ます。


 今夏生がいる場所は病室らしく、カーテンで仕切られており、クリーム色の壁があり、腕には点滴が付けられている。


「……ごめんねぇ、はるちゃん……」


「……いえいえ、いいんですよ……」


(ん? あれは、母ちゃんと春子の声だ……)


 部屋の外では、秋子と春子の話し声が聞こえて、いつもイヤフォンで大音量で音楽を聴いているのにも拘らずに、10キロ先の電車の通過音が聞こえる程の地獄耳である夏生は、彼女らの会話に耳を傾ける。


「……試験前だってのにねぇ、この子ったら、うまくいくものかねぇ……」


 秋子はため息をついてそう春子に言う。


「……いえでも、センター受かってたし、なんかね、ある日を境に急激に頭が良くなって勉強ができるようになったんですよ、模試の結果も10位に入っていたし。でも、来週の試験にはもう間に合わないかと……」


「試験ってなんだ!?」


 試験という言葉に夏生は過剰に反応をし、ベッドから飛び起きる。


「夏生! あんた気が付いたのかい!?」


「夏生!」


 つい先刻ほど前まで、昏睡状態で意識が戻らなかった夏生が目覚めた事に彼女らは驚き、慌てて夏生の元へと歩み寄る。


「なぁ、センターは通ったのか!?」


「ええ、ほぼ満点で通ったわよ、てか、あんた平気なの!?」


「んな、平気だよ!なぁ、勿論願書は出してあるよなぁ!?」


「うん、あんたが起きると思ってだしてあるし、父ちゃんもそうしろって。でもね、試験まで後一週間しかないんだよ! ここはね、音楽の専門学校に行った方が……」


「あぁ、あそこには俺が求めるロックは無え! 俺は死んでも受かるぞ! 早速赤本を用意せなばな!」


「はい」


 春子はバッグから、音大の赤本を取り出す。


「あんた、言っても止めないでしょ? 頑張ってね。代金は出世払いでいいからね。ではおばさん、私はこれから帰ります。では……」


「春子! お前は勉強しなくていいのか!?」


 春子は何かを言おうとしたのだが、まだ言いたく無いという表情を浮かべる。


「馬鹿! あんたは自分のことだけに専念しておけばいいのよ!」


 秋子は春子の事情を知っているのか、夏生の頭を軽く叩いた。






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