エレギオン包囲戦

 アングマール軍の布陣が完了したところで城門の前に真っ黒の大きな馬に乗り、黒づくめの魔王が側近を連れて現われた。そこから大音声で、


「慈悲深きアングマール王より、エレギオン国民に告げる。王の目標はエレギオンにあらず、五女神なり。素直に差し出せばこのまま帰ることを約束する」


 なにが『慈悲深き』じゃ、厚かましいほどにも程があるわ。コトリが答えたろうと思たらユッキーが答えよった。


「恵みの主女神の命を受けたるエレギオンの首座の女神より告す。聖なるエレギオンの地を踏みにじった罪は軽からず、必ずその報いを与えん」

「おお、お前が首座の女神か。ワシの手の中で悶える姿が見えるぞ」

「アングマール王よ、そちの願いは永遠に叶うことはあらん」


 さっと魔王は馬を返すと、巨大な破城槌が前進してきたの。マシュダ将軍に、


「シャウスの破城槌もあれぐらいだった?」

「いえ、半分もなかったです」


 アングマールの軍事技術の水準は高い。あれほど巨大な破城槌を作り、これを動かしているのにビックリしてもた。あれをひっくり返すのは難しいかもしんない。エレギオンの大城壁の周りには深い空堀が巡らされてるけど、城門前はないの。その代り、城門は高い二つの塔に挟まれるように出来ていて、近づいてきたら、雨あられのように矢や石が降り注ぐことが出来るようになってるの。


 でも破城槌の屋根は頑丈そうだった。石が当たる距離になって落としたんだけど、ビクともしやがらないの。でも破城槌の一回目の攻撃対策だけはしてたのよ。


『ドッスーン』


 城門前に巨大な落とし穴を掘ってたの。そこはさっきまで魔王が立ってたんだけど、それぐらいじゃビクともしないようになってたけど、破城槌の重量なら当然落っこちるわ。でもって落とし穴はかなり深いのよ。だいたい三十メートルぐらい。破城槌ごと落っこちてくれた。でもって、そのまま城門を守る空堀になるって寸法。


 翌日からはアングマール軍の投石器攻撃が始まった。スプーンの先みたいなところに石を乗せて、弾き飛ばしてくるスタイル。見てると山なりに投げるのは苦手みたいで、城壁崩しが目的みたい。でもね、ユッキーの作った城壁は最上部で二十五メートルぐらいあって、基部だけで十メートルぐらいあるの。基部は土塁を作った上に石垣で固めてあり、上部は石を積み上げて作ってあるの。


 その程度の投石器じゃビクともしないはずだけど、撃たれっぱなしは感じ悪いし、撃たれた石は転がり落ちて空堀を埋めるのよね。だから投石器潰しの反撃を行ったわ。ここはユッキーの指示で、巨大石弓で石を撃ちこんでみた。石弓の命中精度は巨大になっても高いのよね。上から狙い撃ちしたら、投石器兵はたまらず逃げて行ってくれた。


 続いて出てきたのが埋め立て車。屋根付き破城槌に似てるんだけど、中は空っぽで、後ろから土を運び込んで、前から空堀に運ぶの。これにも巨大石弓は効果があったわ。最初に出てきたやつの屋根を次々に撃ち抜いてくれた。でもアングマールもさるもの、次に投入された埋め立て車は屋根が段違いに強化されてた。


 なんと石を跳ね返しちゃうのよね。どれだけ頑丈な屋根やと思たもの。そこでユッキーの指示で矢に代えた。これも巨大な鏃を付けた代物やねんけど、威力は抜群やった。頑丈な屋根をぶち抜いてくれたの。


 そうしたらついに動く塔が出てきた。アングマール軍は三十メートル級の動く塔を作っちゃったのよ。それも一遍に十台並べて城壁に押し寄せてきたの。でも案外脆かった。さすがのアングマールもこれだけ巨大な動く塔に重装甲は施せなかったみたい。巨大石弓でボロボロにできたの。


 そしたらアングマール軍はボロボロになった動く塔を修理するのよ。どうもやけど、最初に装甲を壊されるのは計算内みたいで、そこから固定式の塔にして攻城拠点にする段取りみたいやった。修理工事を阻止するために激しく矢を浴びせたけど、射落としても、射落としても修理兵が送り込まれちゃったの。


 固定式の塔の装甲は頑丈で、巨大石弓でも突き刺さるけどぶち抜くのは困難やったの。そこで矢にロープを付けて特殊鏃で次々に打ち込んで引っ張って倒してやった。三台まで倒したんやけど、アングマール軍もすぐ対策をたて、頑丈なロープをビッシリ張り巡らせて、引っ張っても倒れないようにしたのよ。


 それに対して火矢でロープを焼こうとするエレギオン軍と、火矢を放とうとするエレギオン軍を塔から狙い撃ちするアングマール軍との激しいつばぜり合いになっていったの。もちろん埋め立て車の破壊戦もヒートアップしていったわ。


 ここで、ついにユッキーの指示が出て巨大投石機を動かすことになったの。とにかくデカイんだけど、城壁が二十五メートルもあるものだから、高さが十メートルもある巨大な台座の上に据え付けられてたの。そこからドデカイ岩をビューんと放り込んでいくの。距離は十分飛んでくれるんだけど、精度が大雑把なのが難点。だけど威力は抜群やった。まともにアングマール軍の塔に当たるとぶち壊してくれた。


 こうやって籠城のためにあれこれ準備してものは役に立ってくれて、やがて膠着状態になっていったの。膠着状態と言っても、アングマール軍は次々に装甲強化型埋め立て車を投入して来るし、動く塔ならぬ固定式の塔の新設も続けていたわ。もちろんそれに対する妨害破壊も延々と続いていた。


 エレギオン包囲戦が始まってから一年。ついに来たの。エレギオンをすべて包み込むような巨大な力が押し寄せてきたの。それはまさに圧倒的な力だった。人の心から希望が消えていき、ひたすら虚しさと、絶望感に満たされるあの心理攻撃が。


「コトリ、これね」

「そう、この感じ。でも、ゲラスの時とは比べ物にならないぐらい強力だわ」


 これにまともに対抗する手段はなかったの。でも放っておくと、兵士は戦意を失い、職人たちはやる気を失い何も作ってくれなくなるの。それだけじゃないの。料理人はご飯を作らなくなるし、とにかく誰もが無気力状態にされてしまうの。


 ユッキーと二人で押し返そうと頑張ったけど無駄だった。魔王の心理攻撃は女神の災厄の呪いを封じ込めるだけでなく、女神の能力をかなり封じ込めてしまうの。それぐらい力の差があるとしか言いようがなかったわ。


「ユッキー、こうなったら主女神を起こそう。そうでもしないと対抗できないよ」

「いや、それは最終手段よ。わたしの見るところ、女神の力は見える範囲では通用するわ。走り回って対抗しよう」


 ユッキーの言う通り、二人が訪れたところの士気は回復してくれるのだけど、しばらくしたら逆戻りになっちゃうの。最初はユッキーと二人で走り回っていたのだけど、


『ズシン』


 ある時期からさらに圧力が強まったの。女神の回復効果の及ぶ範囲、持続時間がさらに短くなっちゃった。三座や四座の女神もフル動員してひたすら走り回ったの。もう眠る時間もなくなってた。三座の女神は、


「次座の女神様、いつまでこんなことを続ければ良いのですか」

「そんなもの終わるまでに決まってるじゃない」


 城壁守備の指揮は四座の女神が貼りつきになっていた。そうでもしないと守り切れない感じやった。もちろん戦いが激しくなればユッキーやコトリも駆けつけるんだけど、それ以外でも煌々と光る輝く女神が不眠不休でいる必要があったのよ。包囲戦が三年目に入った時に、


『ズシン』


 また強くなったの。その頃にはアングマール軍は何カ所かで空堀を埋め尽くし城壁に取り付けるようになっていた。城門前の落とし穴も既に埋め尽くされ、破城槌攻撃も何度も行われたの。


 破城槌に対してはロープでひっくり返す戦術を取ってたけど、それへの対策もあれこれされてたし、城門前には巨大な塔が四つも建てられてしまい、そこから城壁の上や、塔の中に向かっても攻撃してくるの。もちろん、こっちだって反撃するんだけど、巨大投石機も巨大石弓も二年を越える攻防戦でかなり傷んじゃってるのよね。


 城門の強化は思い切った手段に切り替えた。城門は内側に蝶番が付いていて、門に閂が掛けられてるんだけど、あの破城槌の攻撃を受け続けたら、閂がへし折られるか、蝶番が潰れるのは間違いなかったし、ここまでの包囲戦でもかなり傷んでいたの。


 まずコトリがやったのは蝶番の強化で上から下までビッシリ付けたった。それと閂だって二十本ぐらい追加したの。それでもあの破城槌はさらに強力なのよ。そこで、城門の後ろにビッシリと石を積み上げた。つまりは城門の後ろは事実上の城壁にしてもてん。こっちから打って出るのは出来なくなるけど、この心理攻撃下で打って出るなんて無理だからそうした。


 包囲戦が二年半を越えた時にアングマール軍は新たな戦術で攻勢に出てきた。エレギオンの大城壁に届く巨大な梯子を無数に用意して突撃してきたの。残っている兵器を総動員して戦ったわ。梯子を次々と登ってくるアングマール軍を次々と射落としたけど、いくらでも登って来るの。


 城壁の上から石を落として撃退しようとしたけど、今度は楯をもって登って来るの。その楯をぶち壊すような大きな石を落としたら、さらに頑丈な楯を持ちだしてくるみたいな。城壁の上は修羅場で、登ってくるアングマール軍に対する攻撃もあるけど、城壁上はアングマール軍の塔からの攻撃の的にもなるの。


 アングマール軍の梯子攻撃は三日間続いた。城壁の下にはアングマール軍兵士の死体が積み重なっていたし、守備側のエレギオン軍の損害も少なくなかった。そうしたら、一週間後に再び梯子攻撃が行われたの。アングマール軍も対策してた。梯子の幅が広がり、二人がかりで持つ頑丈な楯を先頭に登って来たの。さらに兵は重装歩兵だった。矢による攻撃の効果がどうしても落ちちゃうの。


 このままでは梯子は登られちゃうから、こっちも重装歩兵戦列を城壁の上に並べてん。これで登ってきたアングマール軍に対抗したんやけど、城壁の上自体が矢による攻撃にさらされていたから、こっちの損害もドンドンでた。それでも城壁に登ってきたアングマール軍兵には強力な対抗策になってくれた。そりゃ、梯子で登ったアングマール軍に戦列を組む余裕はなかったものね。それでも執拗にアングマール軍は攻撃を続け、これが一週間続いた。


 一ヶ月の間隔を空けて第三波がきた。城壁の上も城壁の下も地獄のような状態になる激戦が展開された。城門では破城槌が物凄い音を立ててたし、これを妨害する余裕は既に失われてた。アングマール軍はついに城壁上のエレギオン軍の一部を破り城壁の階段を下りて来たけど、コトリは重装歩兵部隊だけでなく騎馬隊も展開させといた。そしてついに押し返したの。


 三波にわたる梯子攻撃はエレギオン軍の被害も多かったけど、アングマール軍はより被害が大きかったと思うの。さすがのアングマール軍も第四波は仕掛けてこなかった。それでね、その頃から魔王の心理攻撃は弱まってきたの。そうなの、エレギオン軍があそこまで苦戦した理由の一つに魔王の心理攻撃で士気がなかなか奮わなかったのもあったのよ。


 もういつから寝てないかわからない状態のコトリとユッキーだったけど、アングマール軍の動きが妙なのよね、


「コトリ、あれって退却してるんじゃない」

「いや、誘ってるだけかも」


 まあ追撃するにも城門は塞いでしまってるから、指をくわえて見てるしかなかったけど、ついにアングマール軍は退却してくれた。もう包囲戦が始まって三年になっていたけど、なんとか守り切ったみたいなの。勝ったというよりも凌ぎきっただけかもしれないけど、エレギオンは落ちなかった。


「コトリ、悪いけど今夜の当番は任せたわ」

「何するの」

「寝不足はお肌に良くないから、今夜は寝させていただくわ」


 寝不足って・・・もう二年だよ。でもユッキーには寝てもらったし、三座や四座の女神にも寝てもらった。コトリはマシュダ将軍に指示、


「城門の再開通作業は偵察部隊を出してからにする。今晩中に城壁から騎馬隊を吊り降ろせる装置を作っておいてくれる。とにかくエレギオン以外がどうなってるかの情報がないからね」

「かしこまりました。ところで次座の女神様はお休みにならないですか」

「首座の女神が起きてきたら寝るわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る