女神の男
偵察部隊の報告は次々に入ってきた。まずアングマール軍の退却は本当で、魔王はシャウスの道を越えてしまったみたい。さすがにアングマールまで帰ってしまったかどうかの確認は現時点では無理やったけど、城門の再開通作業と付け替え修理には着手させた。
リューオンもベラテも落ちてなかった。よく落ちなかったものだと感心したけど、アングマール軍も木材調達には苦労してたみたい。エレギオン包囲戦であれだけ消費したら、リューオンやベラテに回すほどの余裕はなかったぐらいで良さそう。だからアングマール軍も無理攻めをせず、包囲してただけみたい。それでも三年は長かったと言ってた。
エレギオン軍の損害は概算でほぼ一個軍団がまるまる消えるぐらいやった。あの大城壁と、あれだけの各種武器と対策を行っていても、ここまでの損害があったことに心が暗くなってた。もちろんエレギオンが落ちてたら、こんなものじゃ済まなかったんだけど、やっぱり戦争は嫌だ。
「次座の女神様、調査結果の報告です」
報告に来たのはメイス上席士官。包囲戦が始まった時には次席士官だったけど、上の士官が次々に亡くなって三年で繰り上がりってところ。でもタナボタやないぐらい優秀で、包囲戦中にコトリが見初めて女神の男になってもらった。
「どうしても概算になりますが、アングマール軍の損害は当方の四倍はあると見て良いかと思われます」
「じゃあ、四個軍団ぐらい消えちゃったってこと」
「いえ、損害の多くは高原都市からの徴発兵で、アングマール直属軍に限って言えば、軍団にして一個半ぐらいではないかと」
「やっぱり最後の梯子攻撃」
「最後の二回は凄まじかったですから、あれがアングマール軍の真の力であったと見ています」
魔王はおそらく偵察攻撃の時には高原都市の徴収兵を使い、エレギオンの戦法を見極めてから直属軍を使ったと見て良さそうだわ。
「残されていた武器はどうだった」
「敵ながら天晴れで、ほとんど何も残されていません」
まあ、余裕を持って退却したものね。おそらく城門が城壁化しているのを見抜いていた気がする。追い討ちがないのなら、そういうものを回収したり処分する時間は十分あるものね。
「それにしても、アングマールもよくあれだけ食糧が保ったね」
「それなんですが、どうも途中から足りなくなったようです」
「やっぱり、でどうしてたの」
「これもおそらくなのですが、食い扶持を減らしていたみたいなのです」
「それって・・・」
「そうしか考えられません」
時々、アングマール軍は無理攻めしてきたことがあるのよ。あの大城壁をよじ登ろうとしたのよ。とにかくあの高さだし、垂直に近い角度だし、上に行くほど継ぎ目なんて殆どなくなるのだけど、それでもよじ登ろうとするの。横の塔からの矢や、上から落とす石で余裕で撃退できたけど、あれって攻撃と言うより、食い扶持減らしが目的だったんだ。ついでで、それでエレギオンの矢が一本でも減ってくれたら十分みたいな。
「ところで次座の女神様。そろそろお休みなられませんか」
「そうだね、首座の女神は起きてきた?」
すると後ろから、
「起きてるわよ。トットとメイスとお休みに行ってらっしゃい」
「ユッキー、その前に報告を」
「もう聞いたわ。これから、やらなくちゃならない事がテンコモリあるけど、コトリの仕事はまず休むこと。メイスだってずっとお預けだったんだから、早く行ってあげなさい」
メイスが顔を真っ赤にして、
「お預けとは・・・」
「だってそうじゃない。コトリはメイスを選んだけど、女神は魔王の心理攻撃への対応で目一杯で、寝る時間もなかったんだから。あのさなかに、やれるほど勇気はないでしょ」
「その勇気と次座の女神様に対する勇気は違います」
「ユッキー、からかうのはそれぐらいにしてあげて」
「ほんじゃコトリ、初夜を楽しんで来てね。それとメイス、コトリが燃えだしたらアングマール軍より手強いからね」
「ちょっとユッキー、それは言い過ぎよ」
ほうほうの態でユッキーの前から退出してコトリの家に、
「メイス、寛いでね。メイスの家でもあるからね」
エレギオンで女神の男になるのはエレギオンの男にとって最高の栄誉になってるねんけど、ほんじゃ女神の夫であるかといえば少し違うんよ。位置づけとしては愛人に近いものやねん。女神はねぇ、正式の結婚はしないのよ。たしか最初は神だからって理由やったはずやけど、とにかくそうなってもた。
ほんじゃ、愛人だから引っ付いたり、離れたりが頻繁にあるかと言えば、まずあらへんねん。まず女神の男が浮気した事例はタダの一つもないのよ、ホンマに。これは女神の女としての魅力が高いのもあったけど、どんなエエ女でもそのうちあきるやん。もちろん、その逆も普通に成立する。
女神の男ってプライドが異常なほど高いのよ。これはプライドというより矜持ってした方が合ってる気がする。女神に選ばれた意味を極限まで重く受け取るってしてもエエかもしれへん。そやから最高の男じゃなくちゃならないみたいな規範が出来ちゃってたのよね。
具体的には考えられへんほど高潔で、典雅で、礼儀正しくて、豊かな教養が自然に滲み出るってのが最低条件。教養だってあくまでも『滲み出る』やねん。間違ってもひけらかしたらアカンねん。そんな奴、普通はおらへんやんか。だからそうなるように死に物狂いで努力するんよ。例外なしでみなそうしてた。
それだけやないねん。女神の男になったからには、その証を立てることも『当たり前』のものとして求められてた。具体的にはユッキーの男には勇敢さ、コトリの男には勇気、三座の女神の男には信念、四座の女神の男には意気ってされたけど、実質は全部一緒で、女神のためなら笑って命を捧げることが最高の美徳になってたんよ。
これも平穏な時代なら口先だけで済むんやけど、戦争が起ると大変なことになっちゃうの。その証を立てるのに一番相応しい場所は一番の激戦地帯とされたし、そこに進んでやないで、当たり前のように行くのが女神の男となっててん。リュースやイッサみたいな感じよ。そこまでなった男に浮気なんて起る余地さえなかってん。
女神の方はどうかやけど、ユッキーは言うまでもなく一途タイプやから浮気なんてまず考えられへんねん。三座や四座もキャラ的に誠実で真面目やからだいたい同じ。じゃあ、コトリはどうかというと、絶対せえへんかってん。
戦争なんていつ起こるかわからへんやんか。女神の男は戦場こそが証を立てる場所って思い込んでるから、戦死率が高いのよね。コトリの男も若くしていっぱい死んでる。コトリだけやない、他の女神の男もそうやねん。そんな男を相手に浮気なんてする気も起らんかった。それこそ、格好良すぎるかもしれんけど、持てる愛のすべてを捧げ尽くしてた。そんな女神の男が戦死した時の女神の態度も実は決まっててん。できるだけ毅然と、
「○○は女神の男に相応しい証を立てた」
こう言わなあかんかってん。そりゃ、身も世も無いほど泣きわめきたい気持ちで一杯やねんけど、戦争中やんか。女神の男だけやなく、いっぱい人は死ぬんよ。女神は国家指導者やから、自分の男の死を人前で嘆き悲しむのは良くないってされてたの。ホンマに因果な商売といっつも思てた。
なんで死ななアカンねんよ。生きていてこそのものやんか。そりゃ、人の命は短いんけど、そんな短い命をさらに短くてどうするのよ。なんであんなに殺し合いが好きか今でもようわからん。女神の男の証を立てた男はエレギオンで賞賛され語り継がれたけど、それより生きていて欲しかった。
今回のメイスにはちょっと悪いことしたと思てるの。もちろんイイ男だから選んだんだけど、なかなか本当の女神の男にしてあげられなかったの。さすがに魔王の心理攻撃の防戦中にやる訳にはいかへんかったもの。コトリも凄い心配してて、もしコトリと結ばれる前に死んじゃったら、どんなお詫びをしたら良いかわかんないぐらいだったの。
メイスは生き残ってくれた。あのアングマール軍の梯子攻撃の時なんて三回とも城壁の上で剣を揮っていたけど、なんとか生き残ってくれたの。だからこれから、この宿主になって初めてのものをメイスにもらってもらうわ。コトリも久しぶりだからすっごく楽しみ。でもその前に、
「メイス。ずっと待たせちゃったけど、ゴメン、もうちょっとだけ待ってくれたら嬉しいな」
「次座の女神様の御命令なら御意のままに」
「堅苦しいな。メイスは女神の男なのよ。だから、ベッドの上ではコトリって呼んで」
「えっ、それは、その、あの・・・」
「メイスは女神の男じゃないの」
「は、はい、コトリ様」
「だから、『様』はいらない」
「コ、ト、リ」
「良く出来ました。だったら一つお願いを聞いてくれる。やっぱり眠たいの。コトリを抱いて眠ってくれたら嬉しい」
「喜んで」
コトリはサラサラッと服を脱いじゃたけど、メイスの目が真ん丸になってた。
「さあ、メイスも脱いで。コトリだけ裸じゃ恥しいじゃない。そしてお姫様抱っこで運んでくれたら嬉しい」
「ぎょ、御意」
メイスも服を脱いでコトリを力強い腕で抱きあげてくベッドまで運んでくれたの。メイスの胸に顔を埋めながら、
「メイスが我慢できなかったら、コトリが眠っている間でも構わないけど、出来たら目覚めてからにしてくれたら嬉しい」
「もちろん、その通りに」
ごめんねメイス。三日ぐらいは目が覚めへんと思う。でも、どうしても今は眠らなきゃいけないの。起きたら、いっぱい、いっぱい、やろうね。そして目一杯ラブラブしようね。でも束の間になるだろうなぁ。アングマール軍がこれで二度と来ないなんて思えないもの。もうダメ、これ以上は考えられない。メイスの胸で眠れるだけでコトリは幸せ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます