籠城最終準備
籠城準備は最終段階やった。農園からもすべて引き上げさせてる。家もすべて解体して城内に運び込んだの。もちろん牛や、馬や、羊もすべて。狙いは包囲するアングマール軍に現地調達をさせないためだった。エルグ平原から何も手に入れられなかったら、ハムノン高原から運び込むことになるからね。
ハムノン高原の都市だって、魔王はひたすら圧政と搾取と言うより強奪を行ってるから、使い尽くせばアングマール本国からの輸送さえ必要になると期待してる。それとね、アングマール軍は五個軍団だから、兵士だけでも三万を越えるはずなの。それでね、遠征軍だから同じぐらいの輸送部隊がいるはずなの。
仮にアングマール軍が輸送部隊も含めて六万とし、一人が一日当たり九百グラムの小麦とライ麦を食べるとするやん。そうしたら一日に五十四トンが必要になるの。あの頃も馬車はあったけど、だいたい一トンぐらいしか積めなかったから、一日あたり五十四台が必要になっちゃうの。
五十四台なら可能そうだけど、運ぶのは食糧だけじゃないの。武器だって傷めば交換せんとアカンし、矢だって撃てば消耗するんよ。ユッキーが木も切っちゃったから、例の屋根付き破城槌だって、動く塔だって、埋め立て車にしたって、ハムノン平原から運び込まないとアカン寸法になってるってところ。
戦略としては逆兵糧攻めってところかな。エレギオンは五年は頑張れるだけの食糧や物資を運び込んでるけど、どっちが先に音をあげるかってところ。そうそう動く塔対策は、巨大投石機も作ってるけど、もっと効果的な対策も施してあるの。それはユッキーが作った城壁。
この計画を聞かされた時にはコトリも腰を抜かしそうになったもの。城壁の高さはシャウスが五メートルであれが平均的かな。高原最大の都市であるマウサルムでも十メートルぐらいやってん。マウサルムの城壁は長いこと桁外れと言われてた。そやけどユッキーのプランは二十五メートルやってん。
そりゃ提出された時は当時の王も、大臣連中も口をアングリさせてた。コトリもそうやったと思う。そんな化け物みたいな高さの城壁なんかホンマに必要かって、みんな反対してた。そりゃ、そんだけあればまずは不落になるだろうけど、どれだけ費用が必要か考えるだけでも怖いぐらい。
もめまくってんけど、ユッキーは最後に奥の手を使ったのよ。何をしたかって? 花瓶に手を懸けたの。つまりは女神大権を発動しても作るって姿勢を見せたの。女神大権を発動されたら終わりやから、不承不承で了解されたって経緯なの。
でもアングマールによる包囲戦が時間の問題になって、この大城壁はすっごく役に立ってる。あの動く塔だって、大城壁の上から攻撃しようと思ったら、三十メートル級を作らんとあかんわけやん。そんなバカでかい動く塔が作れるかって問題と、作るにも木材はエルグ平原にはなく、ハムノン高原から切り出さなアカン状態になってるってところ。
「ユッキーさぁ、ちょっと思うんだけどさぁ」
「どうしたのコトリ」
「これって全面戦争の総力戦やんか」
「そうよ」
「そやけど、最後は魔王を倒さんとアカンやんか。人相手の戦争とちょっと違うところがあると思うんよ」
「そうねぇ、たぶん人じゃ魔王を倒せないと思うわ。たとえ人としての魔王を倒せても神には手が出せないし」
とりあえず人では神に傷一つ付けられないの。傷つけられるのは宿主の人の部分だけ。さらに魔王は記憶を受け継げる神みたいだから、自分の意志で宿主を選べるの。実はここも良くわからんところがあって、
「ゲラスの時に危なかったやん。あん時に仮にコトリの人の部分が突き殺されていたら、コトリはどうなったのかなぁ」
「だいじょうぶよ、コトリはすぐには殺されずに魔王の御馳走にされるから」
「絶対ヤダ。そうじゃなくて、寿命じゃなくてアクシデントで突然死んだらどうなるの」
「やったことないから知らいけど、見える範囲で移れるんじゃない。宿主の人が死んだ瞬間に同時に神が死ぬわけじゃなさそうだもの」
記憶を受け継がないタイプの神はそんな感じで宿主を移るって聞いたことがあるわ。
「そうなると魔王は宿主を人が殺しても、悠々と近くの誰かに移ることになるよね」
「そうなるわ」
「そうだったら、コトリかユッキーが最後はケリを付けないとアカンやんか」
「わたしはヤダ」
「コトリもヤダ」
神同士の戦いはホンマに芸がないというか、面白味がなくて、ただ組み合って相手のエネルギーを消耗させるだけのものやねん。なんかすごい技があるとか、巧みな駆け引きがあるってものじゃないの。単純に消耗戦の末に、エネルギーが残ったものが勝つだけって世界なの。
「コトリ、言っとくけど、あんなエロ野郎と組み合うなんて金輪際しないからね。触れるだけでも汚らわしいわ。だいたい触れただけで、あのエロ野郎が何するかわからないじゃないの」
「コトリだってイヤよ。コトリに押し付けたら絶対ノーだからね。いくらユッキーが怖い顔してもベーだよ。だいたい考えるのも汚らわしいんだから、あのクソ魔王のエロ・ジジイめ」
「そうよそうよ、あのエロ魔王は触っただけで絶対変態プレイするに決まってるわ。頭の中はそれしかないんだよ、きっと。エロ魔王は歩くチンポコ野郎よ。指だってチンポコで出来てるに決まってる」
「指だけじゃないわ。足だって、手だって、胴体だって、口だって全身チンポコで、脳みそだってチンポコ型してるに決まってる」
「脳みそだけやないって。肺だって、心臓だって、肝臓だってチンポコ型で、切り裂いたら変態が滲み出るだけよ」
「うんにゃ、血だってエロしか流れてへんし、声だってチンポコ型やんか」
この後も悪口の洪水が続き、最後に声をそろえて、
「あんな全身エロだらけの変態チンポコ魔王に誰が触れたりするもんか!」
でもこんなことを言い合っていても事態はちっとも良くならないわけで、
「でもユッキー、生き残るためには魔王は倒さなアカンねん」
「じゃあコトリやってよ」
「だからイヤだって」
どうも魔王の話になると悪口が止め処もなく出てきて、話が進まんようになってまうのよね。
「ちょっと考えてんけど、クソ魔王に触れずに倒せる方法を使たらどうやろ」
「触れずに神と戦うって言っても、せいぜい離れて組みあうぐらいでしょ。あんなエロ魔王に離れてでも組み合ったら、エロエロパワーに触れて体が穢れまくっちゃうからヤダ。だいたいよ、アレって女神の最後の楽しみじゃない。あんな楽しいことを、薄汚い所業に変えるなんて、女の天敵、いや処刑リストのダントツよ」
「そうよ、たんなる死刑じゃ飽き足らないわ」
この後に悪口がまたまた続いた後に二人で声をそろえて、
「海の藻屑に変えてやる」
アカン、全然話が進まへん。さすがのユッキーも魔王の話になると常軌を逸するぐらい逆上してまうもんな。
「ユッキーさぁ、普段は殆ど使わへんけど、女神の能力ってあれこれ出来るやんか」
「そうねぇ、水ぐらいならどこでも湧かせることは出来るし、火を付けたり消したり、部屋の温度を変えるのなんて簡単だし」
「ユッキー、出来るの?」
「料理の味だって調製できるし、温かいものは温かいままに、冷たいものは冷たいままにいつまでもしておけるし、もちろん腐らないようにも出来るものね」
「そんなんやってたの?」
「人を完全にコントロールするぐらいは朝飯前だし、大きな岩だって自由自在に加工したり運べるし」
「そんなんもユッキー、出来るの?」
「気候だってやろうと思えばかなりコントロールできるし」
「そこまで出来たっけ?」
「あら、知らなかったの。部屋のお掃除だって、ホウキとチリ取りを使って座ったままで出来るからラクチンじゃない。部屋のお片づけだって、ひょいと動かしたら全部片付いちゃうじゃない」
「それはラクそうね、今度やってみよ」
理由はわからへんねんけど、初代主女神にコトリが女神にしてもらった時に、ユッキーは力の使い方をかなり細かくレクチャーしてくれてたみたいなの。ところがコトリは女神にされただけで、ほとんどなんにも教えてくれへんかってん。それにしても、掃除や部屋の片づけに使えるのは便利そうね。うん。うん。うん、
「ユッキー、どうして今まで教えてくれなかったのよ」
「だって知ってるって思ってたもの」
「だから主女神はコトリに教えてくれなかったし、あれはユッキーからコトリに伝えて欲しいからだったに決まってるやん」
「そうは言われなかったよ」
「主女神が言わなくたって、そうに決まってるやんか。二人しかおらへんねんし」
この辺が未だにユッキーのわからんところ。妙な事をコトリに秘密にするんだから。えっ、じゃあ、ひょっとして、
「だいぶ前に機織り二人でやってたやんか」
「あれはホントに大変だったわ」
「あれも女神の力で出来たんちゃうん」
「出来たよ。でもコトリが手織りにこだわるから、女神の力を使っちゃダメかなぁって思って」
「あのね。二百年ぐらい必死こいて織っててんで。ユッキーだって泣きながら『辛い、辛い』って愚痴をいっつもこぼしてたやんか。出来るって言ってくれたら、もっとラク出来てたのに」
そこから、あれやこれやと実は女神の力を使っておけば、もっとラク出来たことが山ほど出てきて大喧嘩。女神が喧嘩すると、神殿がエライ事になっちゃうんだけど、これもある程度恒例行事になってるから、侍女たちは止めたりせずにトットと逃げ出してた。女神の喧嘩で神殿が三回ぐらいぶっ壊れてるものね。今回は壊れるとこまでいかへんかったけど最後に二人は、
「ホンマに相性悪い」
翌日は侍女や女官が総出で後片付け。結局、魔王との個人戦の対策は何も相談できへんかった。仕方がない、四座の女神でも誘って研究しようかな。でも四座の女神も軍団編成で忙しいから一人でやってみるか。ユッキーの口ぶりやったら、さすがに出来へんと思うし。でも、これで出来るようになってから、
「あらコトリ、知らなかったの?」
こんなこと言ったら、タダではおかへんから。でも言い出しそうな悪寒がする。
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