シャウス攻防戦
エルグ平原都市はアングマール戦が始まる前から城壁の強化に取り組んでたけど、ハムノン高原都市はそうじゃなかったの。せめてシャウスぐらいは強化したかったんだけど、予算が足りへんかった。だから防備の強化と言っても泥縄式の応急措置的なものになってる。
シャウスの城壁は五メートルぐらいなのよ。これを無理やりかさ上げして七メートルぐらいにまずしてる。無理やり部分は日干し煉瓦と木材で出来てるぐらいかな。守備用の塔も木製の仮設。数も規模も十分とは言えないものなの。平原都市でやった空堀とスロープも同じ規模は無理で、浅い空堀とそこから掘り出した土でのスロープで精いっぱい。
防御用の武器も基本は軍団の野戦用のもの。エレギオンでは固定式の大型石弓も備え付けたけど、シャウスに回すほど作れなかったの。その代りにせこい代用兵器を備えさせた。大型石弓はロープを付けた銛を破城槌の屋根に打ち込んで引っ張ってひっくり返す段取りやねんけど、ロープの先にフックみたいな物を付けて引っ掛けてひっくり返す作戦。
マウサルムでエロ処刑をやり尽くしたのか魔王は全軍を率いてシャウスにやってきた。マシュダ将軍には逐一報告してくれるように頼んどいた。エレギオンが包囲された時の参考になるからね。でもってとりあえず攻めるアングマール軍は五個軍団、守るエレギオン軍は一個軍団。う~ん、無理があるなぁ。
シャウスの街の位置はシャウスの道を登りつめたところにあって、城門は高原側とシャウスの道側にあったの。セトロンの崖をバックに道を塞ぐように出来てるの。ある種の関所みたいなもの。だから完全包囲はできない構造になってるの。高原側の守りが危なくなれば、シャウスの道にいつでも逃げれるってところ。
そうそうマシュダ将軍は城門の前にも空堀作ってた。兵力差はアングマール軍が五倍だから、城外での戦いはしないぐらいかもしれない。戦いは城門前の空堀を埋めようとするアングマール軍と、それを妨害するエレギオン軍の戦いから始まったわ。
最初は押し寄せてくるアングマール軍を矢で迎え撃ったみたい。空堀までの距離は十分に計算してたから矢は次々に当たったみたい。でもこれはアングマール軍の作戦だったのよ。最初に押し寄せていたのは、アングマール軍ではなく強制的に連れて来られた高原諸都市の捕虜だった。ロクに甲胄も付けずに、そんなところに投入されたんで次々に射殺されてしまっただけど、魔王は死体で空堀を埋める作戦だったのよ。
途中でマシュダ将軍も気が付いたみたいだったけど、アングマール軍はエレギオンの弓攻撃に躊躇が見えると、今度は自軍から矢を浴びせやがったみたい。高原諸都市の捕虜は矢から少しでも身を避けるために空堀の中に逃げ込むんだけど、今度はあの動く塔を空堀の近くまで進ませて、上から矢を浴びせた。
マシュダ将軍は動く塔にも矢を浴びせたのだけど、野戦軍の弓では動く塔に効果的なダメージは与えられなかったってところみたい。戦争なんて勝てばナンボで、なんでもありの世界なのはコトリも知っているつもりだったけど、捕虜の死骸で空堀を埋めようとする魔王の発想にはゾッとした。こういう事を平気で思いついて実行するのが相手なんだと今さらながら思い知らされた。
空堀は高原諸都市の捕虜の死骸でかなり埋まってしまったのだけど、次は屋根付きの車みたいなのを出してきた。その屋根の下でアングマール兵はさらに空堀を埋めていったみたいなの。マシュダ将軍の持っている兵器ではどうしようもなかったみたい。そりゃ、そうやろな。
やがて空堀が埋まると屋根付き破城槌が前進してきたの。マシュダ将軍の報告では屋根は三角になっており、石を落としても、なかなか効果的な攻撃にならないとなってたし、屋根の表面は濡らせた革で覆われているとなってた。実際に石を落としたり、火矢を浴びせたそうだけど、気にせず進んできたみたい。
ここでフック付きのロープを使ったみたい。フックは屋根の庇に何本も引っかかってくれて、引っ張るとひっくり返りはしなかったみたいだけど、屋根が剥がれちゃったみたいなの。そこに矢をバンバン降らせたらたまらずアングマール軍は逃げ出しちゃったみたいで、結構な損害は与えたはずとなってた。マシュダ将軍は屋根が剥がれた破城槌に火矢を浴びせて燃やしちゃった。
破城槌が壊れちゃったので、アングマール軍の攻撃は動く塔の活用になったみたい。また屋根付きの埋め立て車を繰り出してきて空堀を埋めにかかったの。マシュダ将軍も無念そうだった。シャウスにある兵器では動く塔も、埋め立て車も破壊する有効な兵器がないのよね。城壁に近づいてくれれば、石を落とすなり、ロープを引っ掛けるなりが出来るんだけど、少しでも離れてしまえば指をくわえて見守るしかないものねぇ。
この報告でコトリは試作段階だった大型兵器の量産を急がせたわ。当時の武器で案外強力なものの一つに投石があったの。これも手で投げたら効果は限定的だけど、ある道具を使うのよ。道具は真ん中に石を包むところがあって、そこ両方に紐が付いてるんだけど、これをグルグル回転させて、勢いがついたところで投げるの。投げる時に紐の片方を離すんだけど、この威力はバカにならないの。
そうしたら誰かが長い棒に付けてやったの。今なら投げ釣りするみたいなスタイルで、投石道具を棒の先っぽに付けて投げたの。これが結構な威力になってた。そこでコトリは閃いたの、巨大化すれば強力な兵器になるはずだって。
問題は巨大化した棒をどうやって振るかやってん。投げたいのは小石やなくて大きな石やったから、棒も丈夫な柱にせなあかんねん。それを台に取り付けて、柱に軸を通して、巨大なシーソーみたいな物をまず作ったの。ロープを付けて人力でグイッと引っ張ったら飛ぶのは飛んでくれた。
ただ人が引っ張るのでは大きさに限界があるのよね。コトリが飛ばしたいのはもっと大きな石だったし、距離ももっと飛んでくれないと実戦では役に立たないのよ。あれこれテストしてみると、振る速度よりも、ロープと棒の合わせたものが長い方が効率的そうだとわかってきたの。
そこでね、棒の軸を取り付ける位置を投げる方に思い切って長くしたの。そうなるとますます人じゃ引っ張りにくくなるのだけど、代わりにデッカイ錘を付けてみたの。そんなことをすれば総重量が重くなるから台の方の補強も大変だったけど、出来てみるとだいたいコトリの思惑通りになってくれた。
ただね、出来上がってみると巨大すぎる装置になっちゃったの。あまりに巨大だったから、試作だけして量産しなかったんだけど、アングマールの動く塔や埋め立て車対策に必要だと直感したの。とくにあの動く塔は城壁に接近されると城壁に橋を渡して攻め込んで来るけど、離れていても城壁を上から攻撃する拠点になっちゃうんだもの。
シャウスでは、しばらくはアングマール軍の埋め立て作戦が続いていたみたい。さらにアングマール軍も遊んでいたわけじゃないみたいで、屋根付き破城槌だけでなく、動く塔をさらに何台か作り上げてた。
空堀は埋め立てられちゃったけど、城壁へのスロープの破壊はアングマール軍も手こずったみたい。そこまで接近すれば石だってあたるし、ロープを引っ掛けてひっくり返す戦術だって取れるのよ。そうやって被害が出ればスロープはますます動く塔では登りにくくなったぐらい。
マシュダ将軍は石の調達にも苦労してたみたい。石自体はシャウスの街が既に無人化しているようなものだから、石造建築物を壊して調達できたみたいだけど、石を城壁の上に引っ張りあげるのに難儀してた。石は重いほど効果があるんだけど、重い石ほど運び上げるのが大変ってところ。
この問題についてはエレギオンでは既に対策してた。ユッキーの計画した城壁は高かったので、随所に滑車付きの引き揚げ装置を設置してる。そうできるように最初から城壁も設計されてるの。シャウスではそうはいかず人力だったので大変だったみたい。とにかく軍団兵だけで人夫もいなかったからね。
二回目の破城槌攻撃もマシュダ将軍は凌いでいた。一回目の時に屋根が剥がれてしまったのに懲りて、破城槌の屋根は強化されてた。庇もフックが引っかからないように作ってなかった。完全に箱状態だったのやけど、マシュダ将軍は台車の底にフックを引っ掛けて、ひっくり返しちゃった。
もっとも二回目の破城槌攻防戦は、アングマールも四台の動く塔を城門付近に近づけ、そこから城壁のエレギオン兵を狙い撃ってきたから、損害も結構出てた。それでも破城槌が使い物にならなくなったので、しばらくは平衡状態になるかと思ってたら、アングマール軍は十台を越える動く塔を城壁に一斉に接近させ、長い梯子を無数に持ち出してきて、よじ登る攻撃に出てきたの。
動く塔の高さは城壁を見下ろせる高さになってから、マシュダ将軍は苦戦に陥ちゃったの。それでも日が暮れるまで頑張り続けて、夜になったらシャウスの道を下ってハマに鮮やかに撤収してくれた。コトリはマシュダ将軍の判断に拍手を送りたい気分になったわ。
シャウスの道には仕掛けが作ってあって、マシュダ将軍の軍勢が通り抜けた後に崖崩れを起こさせて塞いでしまったの。これでアングマール軍はこれを除去しない限りエルグ平原に進めないって寸法。ホントは崩す時にアングマール軍を下敷きにしたかったけど、そこまでは無理やったみたい。
マシュダ将軍は第一軍団を率いてエレギオンに帰還。マシュダ将軍はコトリやユッキーの期待によく応えてくれたけど、シャウスの道を突破されるといよいよエレギオンで土壇場勝負が始まるわ。
「ところでコトリ。妙だと思わない」
「なにが?」
「マシュダ将軍にも聞いたんだけど、魔王は例の心理攻撃を使った形跡がなさそうなのよ」
「そうみたいだね。コトリが相手じゃなかったから、使うまでもないって判断したんじゃない」
「そうかもしれないけど、魔王って自軍の損害は極力少なくしようとしてると思うのよ」
「将軍なら誰だってそうするよ。だから破城槌とか、動く塔とか、埋め立て車をあれだけ投入したんでしょ」
「そうなんだけど、これに加えて心理攻撃をかけてもイイと思わない。その方がより損害が少なくなるじゃない」
「そう言われてみればそうね」
ユッキーは『不確か』としてたけど、マウサルムでも魔王は心理攻撃を行わなかったみたいだって言ってた。
「宿主代わりから再侵攻まで五年もかかってる点も気になるし、マウサルムで三ヶ月もエロ処刑を延々とやってた点も気になるの」
「それって、もしかしたら・・・」
神も能力を使えばエネルギーを消耗するの。でも少々使っても、人で言えば『疲れた』ぐらいで休めば自然に補充されるの。女神の戦術である災厄呪いだけど、あれって恵みの逆だからあんまりエネルギー使わないのよね。ズオン王国戦ではフルパワーで使ったけど、どうってことなかったもの。
「コトリ、魔王の心理攻撃って、そんなにエネルギー使うのかなぁ」
「神と言っても同じじゃないから、女神にとってはなんてことはない技でも、魔王にとっては負担が大きいのかもしれないね」
「たしかにそれはあるかもしれないけど、それだけじゃない気がする」
「それだけじゃないって?」
「使ったエネルギーの回復が女神に較べて、かなり遅い気がするの」
とは言うものの、不確かな情報の上での推測ばかりだから、話はこの辺で終ったわ。とにかく楽観的な観測は禁物って戒めあってた。
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