決戦前夜

 毎度毎度ゲラスになるけど、軍団同士で決戦をするのなら平坦地がエエのよね。ファランクスは密集体型で前方に物凄い突破力を発揮するけど、ファランクス陣形を組めないところでは戦いにくいの。それとコトリも戦ったばかりだから、地形も良く知ってるし。


 そうしたらやっと騎馬隊がやってきてくれた。とにかく貴重な戦力やから、ユッキーもなかなか渋ってたけど、この戦いに使わへんかったら宝の持ち腐れになるし。これにリメラを破った時の左翼超縦深隊列を組み合させれば勝てるとは計算していた。あん時より兵力増えてるし。


 そうそうファランクスは正面からでも右端が弱点になるけど、側面や背後はムチャクチャ脆いのよね。前にやった戦術も左翼を突出させる関係で、左翼の右側面がガラ空きになる欠点はあるの。そこで中央部隊列と散兵部隊でカバーしてたの。今度は騎馬隊もいるから強化できると思うわ。アングマールも騎馬隊持ってるはずだから、騎馬隊が間に合ってくれたのはラッキーだわ。


 ただコトリの心は晴れないの。前にセカに言ったことがあるけど、この決戦はどうにもアングマールに誘い込まれてる気がしてならないの。決戦に対する準備だって十分とは言え無いし、アングマールの兵数さえはっきりしないのよ。こういう状態での決戦はやるべきじゃないってセカにあんだけ言ってたのにコトリは臨まされてる気がしてならないのよねぇ。


 あれこれ考えてた決戦に臨む理由だって、あれはアングマールの準備工作がコトリを上回っていると見れてしまうの。つまりそこまで追い込まれてるってこと。戦う前に作戦負けしてる決戦に勝てるわけないじゃないの。というか司令官のコトリがここまで迷っている時点で勝負の危うさがわかるぐらい。


 もう一つなんだけど、女神の戦術がおかしいの。そりゃ、アングマールとの決戦やから全開でやってるんだけど、災厄の呪いが効いてる気がしないのよね。それだけじゃないのよ、全軍の士気がどうにも揮わないの。コトリでさえそう。こんなこと初めてだわ。逆に攻め込まれてる気さえする。いや、もう防戦一方になってる。なにが起ってるのだろう。こんな感じは今までなかったもの。


 やっぱりコトリに合戦は向いてないわ。ユッキーだってそう。仕方ないからやってるだけだもの。女の仕事じゃないってホントにそう思う。負けたら論外だけど、勝ってもいっぱい死ぬのよ。戦争を指揮するって、人の生死を算数みたいに冷たく計算できる人じゃないと向いてない気がする。


「次座の女神様、宜しいですか」

「いいわよ」


 入って来たのはリュース次席士官。実はコトリの男。さらにもう一人いて、これも次席士官のイッサ。こっちはユッキーの男。マウサルムでの軍の再編成には大車輪で働いてくれた。


「夜分に恐れ入ります。アングマール軍の情報が入ったもので」

「どんなの?」

「テベスから生き延びた者に聞いた結果なのですが・・・」


 テベスはまさに惨敗で、生き延びた者を見つけるのさえ難しかったの。とくに士官クラスは全滅と見て良さそうなぐらい。でもアングマールの戦術の情報を知りたかったから二人に頼んどいたの。


「まずアングマールはファランクスでなかったと見て良さそうです」

「えっ、ファランクスじゃないって! まさか密集隊形を取らなかったとか」

「いえ密集隊形ですし、重装歩兵が主力だったみたいですが、ファランクスではないと判断します」

「どういうこと」

「合戦の流れはアングマールの散兵部隊が投槍を投じるところから始まったようです」

「常套戦術ね」

「その後に我が軍が接近したのですが散兵部隊は退いたようです」

「そうなるよね。左右に別れたぐらいかな」

「いえ、左右じゃなくて後列の重装歩兵の戦列に吸い込まれたとなっています」


 そんなバカな。ファランクスでは盾と盾を密接するために、その間を兵が通り抜けられないし、そんなことをすれば大混乱を引き起こしてしまう。だからファランクスでないというのはわかるけど、


「ファランクスとファランクスの間に吸い込まれたとかではないの」

「どうもそんな感じではなく、戦列の間に吸い込まれたとなっています」


 どういうことだろう。


「では重装歩兵の戦列はスカスカだったとか」

「いえ、きちんと我が軍のファランクスを受け止めています」


 どうもなんやけど、アングマールの散兵部隊は投槍を投じた後に重装歩兵の後ろに並んだみたいで、そこから投槍や投石を行ったみたい。これ以上はリュースもイッサもわからないとしていたわ。


「縦深は聞いた?」

「それが深くないようです。たぶん四~五列程度かと」

「武器は?」

「剣が主体の様です」

「それだったらファランクスで押し潰せるやん」

「それが・・・」


 とにかく聞きだしたのが兵なので全体を見ていないのでもどかしいんだけど、アングマール軍の重装歩兵は横一列じゃないみたい。横三列編成ぐらいみたいなの、


「私たちも信じられないですが、この横三列が自在に入れ替わって出てくるようなのです」

「入れ替わるって・・・」


 ファランクスはとにかく一塊になって動くのが戦術なの。だから補充として戦列の後ろに付け加えるぐらいは可能だけど、ファランクス部隊を前後で入れ替えるのは不可能なのよ。たしかにアングマールが使ってる戦術はファランクスとは異質のものだわ。


「それとこれもどうしているのかわかりませんが、戦列がかなり自在に動きます」

「自在って?」

「ファランクスでは考えられないのですが、戦列が曲がったり、伸びたりするみたいなのです。テベスでも気が付いたら包囲されていたとなっています」


 戦列の自由度が高いってどういうこと。でも、これ以上の情報を取るのは無理そう。リュースもイッサも実際に見た訳じゃなく伝聞だもんね。それにしてもアングマール軍の錬度の高さは想像を絶するわ。散兵を重装歩兵の戦列に吸い込ませるように交代させるのもそうだし、重装歩兵の戦列の入れ替えなんて普通じゃできないもの。


 明日は慎重にやらないと。リメラに使った奇策はやめた方が良さそうだわ。自在に動く戦列相手じゃ、超縦深ファランクスをやっても左右からの攻撃で潰されちゃいそうだもの。それでも前方攻撃だけならファランクスの方が強力と見て良いはず。とにかく相手に自在に動く戦列にさせないようにするのがポイントと見た。


「リュース、イッサ」

「はっ、次座の女神様」

「明日は私の本営にいてもらうわ」

「それは・・・」

「未知の戦術相手だから、臨機応変がいるはずなのよ。そういう時に必要だからね」

「かしこまりました」


 アングマールの戦術情報が少しでも手に入ったのは良かったけど、どうにも雲をつかむような話なのが困るのよね。ま、いつものこと。もっと情報が欲しいけど夜が明ければ決戦なのが恨めしい。それでも、コトリの男も、ユッキーの男も死なせてなるものか。リュースと燃えたかっけど、さすがにここじゃまずいよね。

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