会戦

 会戦前夜は結局一睡も出来へんかった。リュースとイッサが調べてくれたアングマールの戦術がどんなものかを頭にグルグル回ってたの。どんなものか想像はしきれないけど、真正面から四つに組んだらファランクスが有利だと思う。だって相手は剣だっていうじゃない、密集した槍衾に勝てると思えないもの。


 たぶんだけどアングマールの戦術はファランクスの機動性の低さ、戦術の使いにくさを解消しようとしたものだと思うの。その結果として戦列の機動性の柔軟性が高まってると思うけど、その代り正面の攻撃力は落ちてると思うのよ。そうねぇ、重装歩兵戦列がファランクスを受け止めている間に、戦列をコチョコチョ操作して、ファランクスの弱点である側背部を衝こうって戦術。


 コトリの推測が合ってるかどうかに自信がイマイチないけど、会戦は自分が有利な点を活かすのが重要。ファランクスが有利そうなのは正面の攻撃力だからこれを最大限に活かす方法を考えないといけないわ。


 数はこっちの方が多いと見て良さそうだから、やはり正攻法が良いと思う。ゴリゴリと押していく感じかな。そう、戦列が動かない状況に持って行くのがポイントかもしれない。芸がなさそうだけど、相手がファランクスじゃないのなら、正面戦闘では絶対有利だし、ゴリゴリ押し出せばアングマールの小細工は通用しないはずよ。


 だけど、たとえ横一列でゴリ押しするにしても幅に限界があるのよね。そりゃ、相手の十倍ぐらい、こっちがいれば可能かもしれないけど、横隊にはどうしたって端が出来るわけ。ファランクス同士の会戦でも、この端っこをどう守るか、どう攻めるかはポイントなのよね。これはアングマールの新戦術だって同じだと思うの。


 そうなると両翼の散兵戦は重要になりそう。通常なら相手の散兵の侵入を阻止する程度の役割だけど、アングマールはこの散兵戦を重視しているのかもしれない。コトリも厚く配備して対抗するつもりだけど、散兵戦では兵の個々の強さがモロに出るから同盟軍の不安なところ。そうだリュースとイッサはアングマールの騎馬隊の情報も持ってきてたわ。


「・・・アングマールの騎馬隊の数は多くはなさそうです」

「そりゃ、良かった。で、テベスではどれぐらいだったみたい」

「二百は超えないかと」


 それでもエレギオンより多そうか。でもってアングマールの騎馬隊も剣を使うみたい。かなり長い剣で、馬上から振り下ろすって感じかな。テベスでは初めて対戦するアングマールの騎馬隊に同盟軍はかなり動揺したみたいだけど、今度はこっちもいるもんね。騎馬隊同士なら数は劣勢でも槍対剣でエレギオン優位と見たいわ。いや、そうあって欲しい。騎馬隊が押しまくられたら、両翼の散兵部隊の戦いは圧倒的に不利になるものね。


 後は気になるのはアングマールの重装歩兵戦列がやるという戦列の交代ね。どうやって交代するかは見てみないとわからないけど、交代する時期はきっとチャンスのはず。どんなにうまくやったって混乱はでるはずだもの。というか、混乱するように圧力をかけるのもポイントだと思うわ。


「次座の女神様、おはようございます。戦列の指示をお願いします」


 あれこれ考えたけどやっぱり横一列のゴリ押し戦術にすると指示したの。両翼の散兵部隊は思い切って厚くしたんだけど、その代わりに通常ならファランクス重装歩兵戦列の後方に展開させる散兵部隊は薄くなった。まあ、全部厚く出来へんからこんなもの。それとファランクス戦列の整列は念を押しといた。凹凸が出来るとアングマールに付けこまれると思ったから。



 会戦場に望むとアングマールの戦列が見えた。たしかにファランクスじゃないわ。重装歩兵戦列が間隔を取って横三列ってところ。一列の縦深はリュースやイッサの情報通りに五列として良さそう。ただ前方に展開するはずの散兵部隊がいないのよ。戦術を変えたのかなって思ったら、重装歩兵戦列から湧くように出てきたの。


 これを見てやっとコトリはアングマールの戦列の組み方がわかった気がした。ファランクスではせいぜい二分割か三分割、多くても四分割ぐらいで戦列を組むけど、アングマールはもっともっと小さな単位で戦列を組んでるんだと。散兵部隊はその小さな単位の隊と隊の間を通って前後に移動するんだろうって。にしても、これだけ鮮やかに移動させるには相当な訓練が必要なのはわかる。


 もう一つわかったのが、戦列を自在に展開できる理由。アングマールも基本は隊ごとに移動するのは間違いない。そりゃ、隊の戦列を崩したら力は一遍に落ちるから。ただ、その隊の単位が小さいのでファランクスに較べると桁違いの柔軟性があるんだろうって。たとえればファランクスが横に長い一本の棒なら、アングマールの戦術は小さなブロックを継ぎ合わせてる感じかな。


 隊列の基本単位が小さなブロックやから、組み方を変えれば色んな戦列を組めるんじゃなかろうかなの。もっとも、理屈はそうだけど、それをやるにはかなりの訓練が必要なのは間違いない。こりゃ、手強そう。でもだけど、やっぱりその分だけ正面の戦闘力は落ちているはず。そんなもの全部が優れていたらおかしいもの。ここはコトリの読みを信じるわ。



 会戦は散兵同士の前哨戦から始まったの。そうね、お互いに相手に投槍を投げ合うって感じかな。戦う時間は双方の重装歩兵戦列が接近するまでの間になるの。ある程度重装歩兵戦列が接近した時点で同盟軍は左右に別れて両翼に並び、アングマール軍は重装歩兵第一列の後ろに、吸い込まれるように鮮やかに引っ込みやがった。


 重装歩兵同士の戦いが始まったけど、ここは同盟軍が有利そう。そりゃ、槍対剣だから有利のはず。でもアングマール兵はさすがに強いわ。槍対剣の劣勢をものともせず踏ん張ってる。ここで厄介なのが敵の重装歩兵第一列の後ろに展開してる散兵部隊。投槍をバカスカ投げ込んでくるのよね。


 ファランクスだって投槍対策はあって、縦深後列の槍で払うんだけど、全部は払いきれないの。もちろん縦深後列も盾持ってるから、これでも防ぐんだけど、盾に投槍が刺さると厄介なのよ。投槍が刺さった盾は重くなって使えなくなっちゃうの。アングマールの投槍はそれも計算して作られてるみたい。


 それでもファランクスの正面圧力は強力だからジリジリ押してたんだけど、戦列交代も見せつけられた。ササッと第一列が退いて第二列が交代する感じ。あれは小さな隊単位でやってるんだろうけど、あれはよほど訓練してないと出来へんやろな。この戦列の入れ替わり時期はチャンスやねんけど、ファランクスの横一列は融通が利かへんは。どっと突き破るって感じになかなかならへんのよね。


 そんな感じで重装歩兵戦は同盟軍がやや優勢ぐらいで展開してたんやけど、どうにも押し切れんへん感じ。アングマールの戦列交代は戦力補充の意味もあるけど、後ろに下がった部隊は休憩取ってるのよね。それに対してファランクスは前から順番に戦う方式やから、時間が延びるにつれてくたびれてくるねんよ。


 そんな時にアングマール軍が動いたのよ。両翼から騎馬隊が突撃してきた。どうもテベスではこれにやられた部分が多そうやったけど、今回はこっちも騎馬隊がおるねん。数は同じぐらいでややアングマール軍が多いぐらいかな。コトリが長年手塩にかけた騎馬隊の成果を見ることになったわ。


 見たところアングマールの騎馬隊はアングマール人じゃないみたい。たぶん北方の騎馬民族からの傭兵みたいに思う。でもって、話に聞いた通り、足だけで馬の腹を挟んで乗り回してた。ホンマに出来るんかと疑問があったけど、ホンマやったんに感心したわ。馬術自体はアングマール軍の方が上手そうやった。


 でも騎馬戦自体はエレギオンが優勢に見えた。やっぱり槍対剣の差は大きそう。それとアングマールの騎馬隊が槍やなくて剣を揮う理由もわかった気がする。たしかに足だけで馬の腹を挟んで乗り回す技術は凄いけど、やっぱり限界がありそうなの。これはコトリの騎馬隊でテストした時にわかったんやけど、勢い付けて槍で刺した時の反動は強烈なのよね。


 コトリの騎馬隊が苦心惨憺して編み出した輪っかのぶら下げるタイプの踏台やけど、勢い付けて槍で突き刺す時には踏ん張るために、輪っかを後ろにグイッて感じで踏ん張らなあかんよね。それだけでなくて、馬上で武器を揮う時に踏み場があるととにかく踏ん張りやすいのよ。馬術ではアングマール側が優位やったけど、戦闘ではエレギオン優勢に展開してくれた。



 ここまではコトリの読み通りにだいたい展開したんやけど、後から考えれば騎馬戦で優位に展開したのを除いてアングマールの作戦通りやったかもしれへん。アングマールは第一列の後ろに並んでいた散兵部隊を一挙に両翼に押し出してきたの。それも散開突撃みたいな感じ。あっという間に乱戦の白兵戦になっちゃったのよ。


 でもって白兵戦になるとアングマール軍は断然強いのよ。コトリもそうなるのを予想して厚めに配置してたんだけど、押しまくられて、ついに総崩れ。両翼が崩れると真ん中のファランクス隊にも動揺が走っちゃったの。そりゃ、側面だけじゃなく背後に回りかけたから。


 コトリも背後に回られたら終わりだから、本営から援軍を送ったけど背後に回られないようにするのがやっとだった。でもってファランクス隊が側面から崩され始めちゃったの。そうしたらね、アングマールの重装歩兵隊の第三列が側面に展開しだすのよね。これがリュースやイッサが言っていた戦列が伸びるって奴だと思い知らされた。


 後からわかったぐらいやけど、アングマール軍はファランクスの重装歩兵部隊に関しては受け止めて流すつもりやったみたい。アングマールの重装歩兵ではファランクスを突き破れないから。だから徐々に後退してたんだけど、あれは同盟軍のファランクスを会戦場の奥深くに引っ張りこむのも目的でイイと思う。そうしておいてサイド攻撃。


 アングマールの重装歩兵隊がサイドに回り込んでくるのをどうしようもなかった。コトリの打てる手はもう残ってなかったの。同盟軍のファランクス隊の崩れはどうしようもない段階になっており、一部では敗走もはじまっていたのよ。その時にアングマールは新たな騎馬隊を出してきた。まだおったんかいと思ったものよ。


 先頭の一際大きな馬にまたがった黒づくめの甲胄に身を固めた者が見えた時に、コトリに戦慄が走ったわ。コトリにははっきり見えた。あれは神だ、それも強大すぎるほどの神だって。だから女神の戦術が通じなかっただけではなく、逆にこちらが心理的圧迫を受けた理由も全部わかった。


 あいつこそがアングマール王に間違いない。アングマール王が率いる騎馬隊はムチャクチャ強かった。左右からの圧迫で崩れていた同盟軍のファランクス隊を蹴散らし、突き破りコトリの本営に進んでくるのよ。そうはさせまいと立ち塞がる同盟兵もいたけど、それこそ次々と薙ぎ払われて、蹴散らされてしまった。まさに完敗、それも完膚無きほどの完敗。コトリは本営に迫ってくるアングマール王を見つめたまま立ち尽くしていの。


 コトリはここで死ぬって。たぶん女だから、死ぬ前にさんざん嬲り者にされた上で殺されるか、さらにさらし者にされて、かくだけの生き恥をさらされて死ぬんだろうって。コトリは剣を抜いたの。この体はあきらめようって。ただ死んで宿主を移るにも女がいないのよね。どうしようもない状況に茫然としてた。

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