アングマール軍の侵入
アングマール軍がズダン要塞を突破した報せにはコトリも茫然としてしもた。リメラの野郎、ズダン要塞の守備隊までゴッソリ引き抜いてハムノン平原に出て来たに違いあらへん。ホンマなんちゅうことしてくれるんや。コトリが処刑してやりたいけど、ユッキーがあんじょうやりやるやろ。
リメラのことをボヤイてもしゃあないんやけど、どうしよう。コトリは司令官やし、次座の女神やんか、なんかここでリアクションせんとあかんのよ。幕僚たちを動揺させたらアカンけど、コトリだって考える時間が必要だから、当面の指示だしとこ。
「投降兵を再編して軍勢に組み込んでちょうだい」
「負傷者はマウサルムに急いで送って」
「エレギオンの首座の女神にも急報を、他の都市にも同様に」
「食事の手配も急いでね」
「傷んだ武装のチェックと補充急いで」
アングマールがエレギオンに執着してるんは良く知ってるのよねぇ。そやから間違ってもズダン要塞を占領したぐらいで満足するはずないのは大前提。戦わんとアカンのやけど、エレギオン軍も同盟軍も備えとしては最悪の状態になってるのよ。まあ、それも読んでチャンスと見てズダン要塞突破してるってことやろ。同盟軍を立て直さないといけなんだけど、同盟軍の精鋭部隊はズダン要塞におってんよ。これに勝ったんは良かったど、今度は投降兵を戦力に大急ぎで再編せんとあかんわ。
とはいえ合戦は終ったばっかりやから、右から左に編入して決戦に挑むのは無理がアリアリなのよねぇ。だいたい武装も十分とはいえん。合戦って、一回やると兵力も消耗するけど、投槍や矢も使っちゃうし、甲胄や盾も傷むのよ。これを補充せんと戦えへんのよ。ゲラスにもそれなりに持ってきてるけど、投降兵まで再編するには足りへんのよ。兵糧だってそう。投降兵まで食べさすと、そんなにあらへん。これもリメラの奴が戦況が不利になった時点で焼き捨てやがった。
武装と兵糧のアテやけど、クラナリスにあるかどうかは疑問。十分にはないと見るのが妥当やろ。そうなるとマウサルムになるんやけど、ここで退いちゃうのはどうかの問題で頭が痛い。アングマールはズダン要塞を突破したら山岳三都市を攻めるのは確実やもんな。とりあえずモスランやろ。
モスランにしろ、次に狙われるカレムも、ウノスも同盟都市なのよ。でもって盟主はエレギオン。当然やけど援軍を求めるわな。これを援けに行くかどうかやけど、今じゃ無理そう。でもポーズだけでも援軍の姿勢を示すのも必要やん。そやからマウサルムに全軍退いちゃうと見捨てたと思われてまう。
実際のところ山岳三都市は同盟軍が戦力を再編するための時間稼ぎの捨て石になってもらわなしゃあないねんけど、あんまりミエミエにやると時間稼ぎもしてくれへんよねぇ。だから援軍を送る姿勢は見せとかなあかんねん。そうなるとやっぱりクラナリスか。どっちにしても、山岳三都市が落ちれば次はクラナリスやから、ここにポイントは必要と考えんとアカンやろ。なんかスッキリせえへん案やけど、
「アルガンティア将軍はエレギオン同盟軍の使える戦力を率いてクラナリスに向かえ。武器食糧はココにあるものを出来るだけ持って行くこと。次座の女神はマウサルムまで戻り、不足分は出来るだけ早く送らせる。リメラの投降兵はマウサルムで再編する」
なんだかんだと言って、同盟軍でまともな戦力は、今コトリが率いている分しかおらへんのよ。ユッキーも増援軍の編成に走り回ってくれてるはずやけど、すぐには間にあわへん。その唯一の戦力をクラナリスに送りこんどいたら、山岳三都市への援軍の姿勢に見えるやろ。
「アルガンティア将軍、クラナリスでは固く守っておくこと。決戦は次座の女神の軍勢が合流してからと心得よ」
どうにも兵力を分割しちゃう点が気に入らないし、アルガンティア将軍の手腕もイマイチ信用が置けないけど、アングマールだってそんなに早く動け無いだろうから、たぶんだいじょうぶやろ。この決定に従ってアルガンティア将軍はコトリが率いていた軍勢を率いてクラナリスに、コトリはリメラの投降兵を率いてマウサルムに向かったの。
マウサルムに入って投降兵の再編に取りかかってんやけど、スムーズにはいかへんかった。マウサルムは高原最大の都市やけど、再編のための装備が山積みされる訳やないからね。それにリメラの乱の時に微妙な動きをした都市への対策もやらなあかんのよ。これもアングマール軍が侵入という非常事態やから、あんまり角を立てんように、かつそれなりに釘を刺すって微妙なサジ加減が必要なの。
とにもかくにもアングマール軍の動きには神経をピリピリさせとった。山岳三都市は捨て石にする言うても、落ちるまで知らんぷりじゃなくて、頑張ってくれればもちろん救援にいくつもりやってん。山岳三都市もズダン要塞への攻撃が激化した頃には強化され取ったから、いくら早くても半年ぐらいは保つと見とってんよ。
半年ぐらい頑張って時間稼ぎしてくれたら、同盟軍も立て直せると予定やってんけど、アングマール軍の強さは半端やなかった。この辺はリメラの乱で加担し、軍勢を提供した分を差し引かなあかんにしろ、三ヶ月かからへんかった。そうやねん、山岳三都市が落ちちゃうとハムノン平原に降りて来られちゃうのよね。
クラナリスにはアルガンティア将軍を派遣してあるから、そうは簡単に落ちないはずなんやけど、とにかくクラナリスは譲れんところ。ここを占領されるとハムノン平原の中心部に自由に進めるようになっちゃうから。ところがアングマールが次に攻めてきたのはイートスやった。
イートスはペラト川上流にある都市。ここを攻めるにはウノスからの険路を突破せんとアカンのやけど、これを易々とやりやがったんだ。ちょっとどころやなくビックリさせられた。イートスも取られちゃうと次はラウレリアでクラナリスの南側も脅かされちゃうぐらいになるのよ。
こうなるとコトリも動かないといけないんだけど、どうするかやった。問題はアングマールがイートスにどれぐらい兵力を振り向けてるかなの。この時点でもアングマールの侵入軍がどれぐらいの規模なのかの情報は不確かなものばっかりやってん。たとえばやで、イートス攻撃は陽動で、コトリがイートスに動いたらクラナリスに主力を向けるのも考えられるんよ。
コトリの直感は動く方が良さそうやったけど、ユッキーがエルグ平原の軍勢をかき集めてくれて、リューオンまで来ている情報は来とってん。これと合流してから動くか、これを後詰にしてから動くかの判断に迷ってたんよ。リメラの投降兵の軍団再編も出来ればもう少し時間が欲しかったし。
悩んだ末に動くことにした。というか動かざるを得なくなっていた。だって、だってアングマールはイートスを落としちゃったのよ。これ聞いた時にどんだけ驚いた事か。でもこれで判断は付いたと思ったんよ。あのイートスを短期間で落とすってことは、アングマールは主力をイートスに向けてるはずだって。
アングマール軍の主力がイートスにいるのなら、その裏を掻いてクラナリスからカレムに進んだれって。カレムを奪還してさらにモスランにも手を懸けられれば、上手くいけばイートスのアングマール軍を孤立させることが出来ると考えたの。そこでアルガンティア将軍にカレム奪還の命令を下したの。
ここもコトリの軍勢と合流してからの案もあったけど、イートスのアングマール軍が素早くウノスに戻る可能性もあったから、アルガンティア将軍にまず攻撃させることにした。コトリは後詰でクラナリスに入り、アルガンティア将軍が苦戦したら応援を送り、アングマールがラウレリアに手を懸けたら、そっちを応援しようやった。さらなる増援軍はマウサルムに入ってもらうぐらい。
その辺の打ち合わせをリューオンで増援軍を編成しているマシュダ将軍とやって、コトリはクラナリスに進んだの。進み始めてすぐに飛び込んだ情報は、
『アングマール軍はラウレリアを包囲せり』
あちゃ、アングマール軍、早いし強い。ラウレリアを落とされたりしたら、クラナリスとマウサルムの連絡も断たれかねへんと思ったもの。とにかくクラナリスに急がにゃならんと思っていたら、これこそ愕然とする情報が飛び込んで来ちゃったの。
「アルガンティア将軍はテベスでアングマール軍と会戦。我が軍は壊滅、アルガンティア将軍は討死された模様」
顔には出さへんかった、たぶん出てないと思うけど、コトリはまた迷ってしまったわ。同盟軍が握っている決戦戦力は現状ではコトリが率いている兵のみやん。これだって再編はまだ不十分やん。このまま決戦に臨んでも良いものかどうかなの。決戦以前にクラナリスにこのまま進むべきかどうかも迷った。そしたら、
「アングマール軍はクラナリスを占領。そのまま南下の動きあり」
幕僚たちはマウサルムへの帰還を主張したのよ。理屈はわかるのよね。コトリが率いている軍勢の編成はまだ十分じゃないし、アングマール軍の情報も不十分。クラナリスが落ちればラウレリアも危なく、このままではアングマール軍の二方面からの攻撃を受けかねないとの見方。そうであればリューオンのマシュダ将軍の増援軍と合流して、態勢を立て直すべきだやったの。
それはそれで説得力はあるんだけど、問題は退くって点なの。エレギオン軍はともかく、同盟都市軍はマウサルムに戻れば帰国してしまう懸念がテンコモリあるのよ。そりゃ、足元に火が付いているような状態やから、都市防衛に一人でも兵が欲しいものね。つまり、ここで退けば増援軍と合流して大きくなるより、同じぐらいか、小さくなることもあるってこと。
逃げ出したくなるような難問やったけど、コトリは決めなアカン立場やねん。わかっているのは、ここで退いたら当分は決戦は不可能で、マウサルムや、シャウスの防衛戦に移行するだろうってこと。ラウレリアはすぐには落ちないだろうから、決戦をもしするのなら二つのアングマール軍が合流する前の今しかないだろうって。
「全軍、ゲラスの野に進む」
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