アラッタからエレギオンに
エンメルカル王の脅威が迫った時に主女神と王との間に意見の相違が出来てもたんよ。王はエンメルカルを撃退できると考えてたけど、主女神は負けると予見したのよね。主女神から聞いたのだけど。
「エンメルカルは強大過ぎる。わらわの力を以てしても勝てるとは言えない。いや、大いなる流れはアラッタに明らかに逆流。わらわには見える、アラッタの滅びが」
ユッキーも先が見える能力があるけど、主女神はもっと見えていたと思う。まあ、この頃はコトリもユッキーも女神じゃなかったから、主女神がそういうのなら、そうだと信じとったわ。ただ王はそうじゃなかった。それぐらいアラッタの城壁は高く、戦わずして降伏する選択はないと主張していたんよ。
王の判断もわかるのよね。降伏すれば王は王でなくなり、タダのアラッタの領主に格下げされるし、アラッタの住民も殺されはしないだろうけど、エンメルカルに顎で使われる存在になるものね。当時の戦を仕掛けるとか、降伏するとはそんな意味だったもの。
それと主女神にしてもエンメルカルに勝てない予言はエエとしても、だからどうするの解答がなかったのよ。既に戦うか降伏するかの二択状態に追い詰めれとったんよ。戦力的にはエンメルカルは遠征軍だから、迎え撃てばアラッタの方が有利の王の考えが間違っているとも言えないぐらいかな。正直なところコトリだって、アラッタがウルクを占領するのは無理やけど、アラッタを守るだけなら勝算はありそうぐらいに思ってたぐらい。そしたら、
「運命の流れはわらわの力でもどうにもならぬ。アラッタはエンメルカルに敗れ、大変な目に遭う。せめてわらわの言葉を信じる者たちと逃げよう」
ビックリした、ビックリした。でもコトリにしても、ユッキーにしても主女神の言葉は絶対やったから、早々に準備を整えて夜逃げ同然にアラッタを脱出してん。そうしないと街の守護神が逃げるなんて許されないからね。もっとも上手く逃げられたのは主女神の力のお蔭だけど。
どこに逃げたかだけど、ひたすら北に逃げた。南に逃げて船に乗る手は、既にエンメルカルの勢力がアラビア湾沿岸に及んでいたから出来なかったの。イラン高原を逃げて、逃げて、今のテヘランあたりまで逃げたんよね。最初は三百人ぐらいいたけど、陸路だからどうしても脱落者が出て、テヘランあたりに着いた頃には二百人ぐらいになってた。この辺は脱落したというより、途中の町々に落ち着けるものは、そうしたぐらいとして良いと思う。
ただまだ終点ではなかったの。さらに北上を続けてアララト山を目指して進んで行ったの。主女神は何かを探しているようだったけど、コトリやユッキーにさえ教えてくれなかったわ。それこその山越え、谷越えの旅は続き、アララト山でさえ通りすぎちゃった。そしたら今のバトゥーミの辺りに着いたで良いと思うわ。
そこからどうするかと思ってたら、船を作らせたのよ。エンメルカルの脅威がアラビア湾沿岸に達した時に船大工集団がアラッタにも逃げてきてて、その集団がここまで付いて来てたのよね。というか、主女神がそうさせた気がコトリはしてる。そこから黒海クルーズになったわけ。
ここまで来ればコトリにもわかったのだけど、主女神は亡命先についてなにか具体的なイメージがあったみたいなの。聖書でモーゼが約束の地にユダヤの民を導いたのと似ていたかもしれない。黒海クルーズも長かったけど、海峡を越えてある入り江に入った時に主女神の表情が変わったのよ。入り江から少し入ったところにあった丘に登り、丘の上の大きな岩を指し示して、
「これこそ始まりの岩。ここにわらわたちの国を作る」
これにはコトリもそうだけどユッキーも反対したのよ。後からわかったり付いたりした地名で呼ぶけど、とりあえず主女神の登った丘は頂上付近が大きな平地になってた。台地ってところかな。後に神殿の丘と呼ばれるようになったんだけど、東側にビソン川が流れてたの。これが問題で、源流はオルト湖になるんだけど、これがかなり強い酸性の湖で、平たく言うと温泉というか冷泉が湧いてたのよね。
ビソン川は源流が酸性だったもので、流域もかなり酸性が強かったの。だから流域は不毛の地。支流が流れ込んで下流に行くほどマシになるとはいえ、見ただけで荒涼って感じだったの。当時はそんな理屈はわからんかったけど、ここで農業やるのは無理やと直感的に思たんよ。
一方で西側に目をやるとキボン川が流れてた。これはかなり大きな川で両岸に森を作ってたし、川の西側には集落らしいものもあったの。どうせならそっちの方がエエと思たんやけど、
「わらわはここに導かれた。わらわの恵みを注がん」
しゃあないやん。主女神がここにするって言うのをこれ以上反対できへんかったし。主女神がどういう理由でここを選んだのかは今でも謎やけど、主女神が本気なのだけはよくわかった。不毛の地と思われたビソン川流域の開墾は順調すぎるほど順調に進んだわ。
そうそう国名のエレギオンだけど、当初は『キ・エン・ギ』と呼んでた。シュメール人と同じだけど、ビソン川下流は網の目のようになっていて、そこに葦がたくさん生えてたからなの。ついでに粘土質の泥だったから粘土板も作れたし、日干し煉瓦も作れた。ただこれじゃ、エレギオンにならないんだけど、住んでた土地がエルグと呼ばれてたからなの。これは多分やけど、最初の方にエラム人と名乗ってたのがエルグになり、これがさらに訛ってエレギオンになったんだと思ってる。
初代の主女神の死に際してユッキーも、コトリも永遠の記憶を受け継ぐ女神になったんやけど、二代目以降の主女神には本当に手を焼いた。とにかく不安定だったんだ。エレギオンの地はもともと不毛の地で、これが主女神の恵みの力でなんとか農地になってるんやけど、その恵みが安定しないと不作どころか飢饉になるんよね。
コトリはこんな不安定な主女神の恵み頼りじゃ飢え死にしそうだから、もうちょっと豊かなキボン川流域に国を移そうと何回も提案したんやけど、ユッキーは、
「主女神の選び給うた地を疑うなかれ」
この一点張りやった。もっとも、こんな格好の良い見栄を切っているユッキーだってお腹が『グゥ』って鳴らしながらやってんけどな。そんな中で千年ぐらいやって次の転機が来た。最後の目覚めたる主女神の登場よ。これが桁違いのハズレでついにユッキーとコトリで眠れる主女神にしてもてん。
主女神は眠ってくれると災厄をもたらさへんねんけど、恵みの力も落ちるのよね。だいたい四分の一程度かな。そうなると食い物減るやんか。それがあるから千年もの間、主女神を二人で宥めすかしとってんけど、
「落ちた分はわたしとコトリでカバーすれば良い」
なに言うてるかわからへんかったけど、コトリにもユッキーにも恵みをもたらす力があったのよ。そんなんいつ知ったんってユッキーに聞いたら、
「初代主女神がどうしてもの時に使いなさいって」
それやったら、もっと早く主女神を眠らせといたら良かったのにと大喧嘩になったものよ。まあ、それでも主女神の恵みの力こそ落ちたものの、安定してくれたお蔭でラクになったのは確かやった。それはユッキーも認めてた。
ただ食糧事情は安定せんかった。この辺はイタチごっこが確実にあって、食糧生産が増えると人口が増えるのよね。自然増加だけじゃなくて、移住者も来るわけ。人が増えれば食糧がもっと必要になるんやけど、コトリとユッキーがいくら頑張っても、ビソン川流域の開墾だけじゃ限界があったのよ。それぐらい土地の条件が悪かったのがエレギオンってところ。
さてやねんけど、エレギオンに移住した当初も周囲に人は住んどったけど、まだまだ遅れてた。というかシュメールやエラムが飛び抜けて先進地帯やったと言うてもエエと思う。ただ千年もすると進んで来たのよね。エレギオンを見習って農業が始まり、やがて村落から都市に発展していったわ。そりゃ千年もすればそうなるわ。
エレギオンのお隣に成立した都市国家がキボン川流域のズオン王国。ここも最初は随分助けてあげたのよ。農業技術も伝えたし、文字も教えた。エレギオンの食糧事情が苦しかったから、ここが発展して食糧供給基地になって欲しかったのもあったのよ。でも甘かった。
ズオン王国は発展するにつれて、助けてもらった恩を忘れてエレギオン併呑を目指すようになっちゃったの。あっちの方が食糧いっぱい作れるから人口も多いのよね。とくに激しくなったのがエレギオンに銅が見つかってから。青銅器で交易してたんだけど、交易で手に入れるより、大元を取っちゃおうってところ。
エレギオン軍は弱かったけど、都市を守る城壁はしっかりしてたし、武器だって青銅製フル装備だったから、ズオン王国軍が攻め寄せてきても撃退は可能だった。ただエレギオンの青銅はズオン王国だけでなく、さらに上流に成立していたベラテ、リューオン、ハマなどの都市国家からも狙われて攻め込まれた。
もちろんこの四国同士も争うから、ずっと攻められ通しじゃなかったけど、防衛戦はとにかく持ち出しばっかりでウンザリやってんよ。そこでユッキーと相談してズオン王国を併呑する事にしたの。この辺で一段大きいのはズオン王国やから、これとエレギオンが合わされば手出しする国が減るだろうって算段。ここはコトリが提案したんやけど、
「コトリに恵みの力があるんやったら、災厄の力もあるはず」
ユッキーも賛成してくれて、二人で物凄い気合入れてズオン王国に災厄の雨を降らせてみたのよ。結果はビックリした、ビックリした。ズオン王国には疫病が蔓延して人口が見る見る減っていき、王族も有力貴族も次々に死亡。トドメは大洪水で跡形もなくなっちゃった。さすがに二人で顔を見合わせて、
「女神って・・・こわ~」
コトリもユッキーも女神であるのは知ってたけど、こんな凄い力を持ってたって初めて知ったんよね。ズオン王国の生き残りの住民、さらにはエレギオンから移住者を派遣して旧ズオン王国の農地の再開墾をやったんだけど、やっぱりエレギオンとは土地の質が違うって実感したわ。少々時間がかかったけど、ズオン王国の併呑に成功して地域大国化に成功ってところ。
エレギオンが大きくなったのでハマ、リューオン、ベラテも攻めて来んようになったんよ。それどころか友好条約みたいなものを結ぼうって言ってきた。こういう時の友好条約って婚姻政策やねんけど、エレギオンの実権は王じゃなくて女神なの。コトリも、ユッキーもそんな人身御供みたいな王子はいらんかったから、ちょっともめた。
そこで出来たのが通商同盟。自由貿易協定みたいなもので、同盟国の商人はどの国でも自由に商売ができるってぐらいの条約。なんかどの国も、
「そんなもんでエエんか」
みたいにポンポン署名してたけど狙いはあったんよ。この地域での技術力はエレギオンが一番やねん。普通に商売させりゃ、エレギオンに自然に富は集まるわけ。相対的に他の国は貧乏になるんやけど、そこでエレギオンから援助を出すんよね。どっかの国の補助金行政みたいなもんやけど、いつしかどの国もエレギオンからの援助や補助無しじゃ国家運営が成り立たんようになってしまったのよ。
最初にやったハマ、リューオン、ベラテは物の見事に嵌ってくれて、短期間のうちにエレギオン無しでは暮らせんようになってくれた。それも、どうしてそうなったかさえ気づかなかったみたい。いつしかこの三国の政治はエレギオンからいかに援助を引き出すかがすべてになり、強固な同盟者になってくれた。
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