アングマール戦記

Yosyan

恋人は女神

 ボクは港都大学院考古学部エレギオン学科修士二年の柴川裕太。『ユウタ』って彼女からは呼ばれます。彼女の名前は立花小鳥。一つ年上でアパレル・メーカーのクレイエールに勤務されていて『コトリ』と呼ばせてもらっています。


 この『コトリ』って呼ぶのは今でもドギマギしています。それぐらい彼女は美しい。良く見れば欠点も無いことはないのですが、そんな欠点さえ魅力に変えてしまうほどの素晴らしい人です。彼女ですからデートもしますが、今でも一緒にいるだけで息苦しくなるぐらい素敵としか言いようがありません。


 自分の彼女ですから贔屓目もあるだろうって言われそうですが、おそらく十人が見れば十人が彼女に魅かれ、百人が見れば九十九人が彼女に魅かれるのは間違いありません。残り一人はどうかって? まあ、世の中には色んな趣味の人がいますから、百人になれば一人ぐらいはヘソ曲がりも混じるだろうってぐらいのところです。


 彼女の最大の魅力はその微笑み。彼女の微笑みはボクを幸せにします。ボクだけでなく周囲の人すべてを幸せにします。これは言葉で表現しきれないのが残念ですが、どんなに辛いこと、悲しいことがあっても彼女の微笑みはそれを癒してくれますし、落ち込んでいる気分を微笑みに変えてくれます。


 スタイルは絵に描いたようにキュート。ファッションセンスは職業柄もあるかもしれませんが抜群です。今まで付き合ってきた彼女に較べるとアマとプロぐらいの差があります。決して高価なものを身に付けている訳ではありませんが、彼女が身に着けると『別物』と呼ぶしかないぐらい映えます。いや、そんなレベルじゃなく光り輝いているとした方が良いと思っています。


 キャラは明るいというか快活。ノリの良さはビックリさせられるぐらいで、好奇心もひたすら旺盛。遊びだしたらトコトン謳歌するタイプで良さそうです。これも感心させられたのですが、とにかくなんでも出来る人です。歌はプロ歌手でも真っ青、踊らせれば達人級、料理の腕も抜群、裁縫もボタン付けなんてレベルじゃなくて、流行に合わせた服を作り上げてしまうぐらいの腕です。


 女性として非の打ちどころがないというか、良い所を集めて凝縮したとしか思えません。どう見たってボクにはもったいないというか、不釣合い過ぎるぐらい、いや本来なら高嶺の花で遠くから見るだけが精いっぱいの女性がコトリです。



 そんなコトリと付き合い始めたのが港都大のエレギオン発掘調査の時です。ボクも調査隊員の一人として参加していました。ではコトリはどうして参加したかです。ボランティア? イエイエそんなものじゃありません。コトリは調査隊の隊長だったのです。それも前回に引き続いて二度目の隊長です。


 隊長のコトリの肩書は港都大学院考古学部エレギオン学名誉教授。これも論文一本だけで認められた異例すぎるものです。ボクとコトリの不釣合いは、これだけでも十分すぎるのですが、コトリはクレイエールの代表取締役専務でもあるのです。実力も十分で会社のナンバー・スリーであり、次期次期社長になってもなんの不思議もないとされています。


 もう一つ彼女の特徴ですが、ボクより一つ上の二十五歳ですが、どう見たってボクより若く見えます。そうですねぇ、二十歳過ぎぐらいにしか見えません。そういう人は世の中にいますがコトリはそんなレベルじゃなさそうです。これはコトリの同僚を紹介してもらった時に腰を抜かしたからです。


 香坂さんと、結崎さんと仰いますが、お二人もどう見てもお若い。せいぜいボクと同年輩です。またお二人とも実にお美しい。コトリが二十五歳で専務なのが特異すぎますから、同年輩ぐらいと思ったのです。とくに結崎さんが、


『コトリ先輩』


 こう呼ばれるものですから、コトリの一つぐらい年下ぐらいとしか思えず、かなりタメ口で会話していました。ところがです、よくよくお二人のことを聞くと、香坂さんは四十一歳で本部長、結崎さんに至っては四十六歳で常務さんなんです。これはコトリにも確認しましたから間違いありません。結崎さんは、


「柴川君、コトリ先輩は歳に関係なく先輩なの。だから専務なのよ。柴川君ならわかるでしょ」


 これはエレギオン学に関する話になります。これを理解し、信じられるようになるのがエレギオン学の神髄になります。エレギオン学はエレギオンの歴史・文化を調べる学問になります。考古学なら当然すぎるお話なのですが、他の考古学分野と大きな違いがココなのです。


 エレギオンは二千年前に滅んでいますが、エレギオンを統治していたのは五人の女神です。神政政治ってスタイルですが、エレギオンの神政政治は他の神政政治とは違います。一般的な神政政治は形而上の神に仮託するものですが、エレギオンでは本物の女神が政治を行っていたのです。


 さらにその女神たちは人を宿主として移り変わりながら、記憶も受け継いでいます。これも『そうだとされる』ではないのがエレギオン学です。このエレギオンの五人の女神は今も存在しその記憶を伝えています。


 女神の記憶は驚異的です。エレギオンの始まりから終わりまでのほぼすべてを記憶しています。政治・文化についても女神が考え、女神が作り出したものが多数あります。そうなんです。女神はエレギオンのすべてを知っておられるのです。エレギオン学とはそんな女神の記憶に一歩でも近づこうとする学問なのです。


 このエレギオン学の神髄を理解するのは大変なのですが、クレイエールの凄いところはその神髄を経営にそのまま応用されている点です。コトリは前回の発掘調査でも隊長でしたが、立花小鳥として参加した訳ではありません。立花小鳥の前宿主である小島知江として参加しています。コトリが専務なのは小島知江時代からの業績を引き継いでのものです。


 香坂さんや結崎さんがコトリを立てるのは専務であるからとは言えません。たとえばコトリの秘書の小山さんも絶対的に立てられます。これは香坂さんが三座の女神であり、結崎さんが四座の女神であり、小山さんが首座の女神だからです。


 ではではコトリはなんなのかですが、これが次座の女神になります。四人の女神の関係ですが、首座と次座の二人の関係は実質的に対等だそうです。三座と四座はぐっと下がるぐらいの理解で良いようです。小山さんともお話したことがありますが、


「コトリとは長すぎる付き合いの腐れ縁よ」


 小山さんとコトリの関係の始まりはエレギオン建国以前にまで遡るようで『長い』のレベルの桁が違いすぎるのに気が遠くなりそうです。お二人は顔を合わせると、


「ホンマに相性悪い」


 こう言い合っていますが、それでも本当は無二どころでない大親友であるのはすぐにわかります。どれだけお二人でエレギオンの運営に心血を注いでおられたか、その一端を聞くだけで震え上がりそうになるからです。親友でもあり、戦友でもありってところでしょうか。



 これぐらい畏れ多いコトリですが、恋愛だけは奥手の感じがしています。ボクが気後れしている部分も多大にあるのですが、今のところ手をつないで歩く程度です。そうやって一緒に歩いてベンチにでも座って、じっと見つめ合うのがコトリは大好きなのです。時にはボクに甘えるように胸に顔を埋めたりもしますが、キスさえまだです。

 ボクも男ですし、こんなにイイ女ですよ。そこまで行けばキスぐらいしたいじゃないですか。いや、しようとしたのですが、


「ユウタ、もうちょっとだけこんな感じでいさせて。こうしているのがコトリは一番幸せなの」


 そう言われちゃうと、それ以上は出来ませんでした。そうしたらコトリはボクの心を読み取るように。


「ユウタがしたいのなら、今からだってイイんだよ。だってコトリの体はユウタのものだもの。でもコトリのお願い聞いてくれたら嬉しいな」


 今はコトリが満足するまでこの関係を続けようと思っています。それにしても、もしコトリを抱いたら、そのまま死んじゃうんじゃないかと思う事さえあります。だって、相手は女神ですよ、


「ユウタ。コトリを抱いただけで死んだりしないよ。でもね・・・」


 そこから長い長いお話になりました。

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