第5話

みやふきんさんは日が落ちるのがずいぶん早くなったころ、庭のちいさな噴水の前できみがSFを好きだと初めて知った話をしてください。

#さみしいなにかをかく

https://shindanmaker.com/595943


中学の同級生から電話があって驚いた。端末に表示された名前を見て心が高鳴った私は、まだ彼に未練があるのだろう。彼が端末の中に私の番号を残していたことが嬉しかった。

「家が取り壊されることになった。親が離婚して、家を壊して更地にして売るらしい。更地になる前に遊びに来る?」

早口で彼は言う。私は二つ返事で了解した。いつがいいか訊くと、今からとのこと。私はまだ大学にいて、そちらまで行く頃には日が暮れそうだ。この頃は日が暮れるのが早くなったからと伝えると好都合だと答えた。あまり人目につきたくないからと言う。

外に出ると風は肌寒く、羽織っていたカーデガンが薄手なことを後悔した。最寄駅に着いた時点でもう日が落ちていた。たそがれゆく街を抜けて、家へ帰るのとは反対方向へ進む。普段通らない道を久しぶりに歩く。同じ学区内にいるのに。懐かしいようで変わってしまった場所はないだろうか。まちがいさがしのように記憶を手繰り寄せながら歩き、もうすぐ着くと彼に電話した。

すっかり日が落ちてしまい、灯りがなければ家の門の外で待つ彼の顔もよくわからない。

「ごめんね。もう電気通ってなくて」

彼はもうここに住んでいない。別の街にいると今、知った。

豪華な門も時が経ち、軋む音をたてる。私たちの定位置へと向かう小径は、丈の長い草で覆われていて、ここがもう使われていないことを物語っていた。当然、庭のあの小さな噴水も水が蒸発していた。噴水の前に置かれた石のベンチに腰掛けて、目を閉じた。こんな成れの果ての姿になる前の景色を思い出そうとした。隣の彼を見ると同じように前を向いて目を閉じている。

あの頃ここでよく話をした。学校を休む彼にプリントを届けた日には必ず。私は家が遠いくせに先生に頼んでその役目をかって出ていた。委員長だからと言う名目のもとに。

私と彼はただの同級生。何かあったら電話してと番号を教えあったけれど、結局その頃は一度もやりとりをしたことがなかった。


噴水のむこうには、かつては花壇だった雑草の荒地。空には月がのぼる。

「宇宙エレベーターがあれば月までいけるかな」

思わずそんなことを口にした。

「アーサー・C・クラークの小説読んでみてよ」

彼は言う。SFが好きだなんて知らなかったよ。あの時知っていたらもっと親しくなれていたのかもしれない。

「いつからSFが好きなの?」

「最近かな」

やっぱりそんなことはなかった。時の経過とともに人は変わる。

ただ、あの頃のこの家を知る私と、失われることの虚しさを共有するための、今。

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