第3話 頼れる相手

「……どう? これが私なの。君もわかっていたでしょう?」


 彼女は相当歪んだ世界で生きてきたのだろう。

 到底僕には手の出しようはないし、やってあげられることはないだろう。――けどさ、


「目の前のゴブリン相手くらい、僕にも手伝わせてよ」

「はぁ!? さっきの聞いていたでしょ!? 私は何回も戦って、経験則を得ている。けど君は」

「君じゃなくて、伏見ふしみなつめだから覚えおいて」


 と、自己紹介を終えて手近に置いてあった鉄パイプを手に取る。

 先端をゴブリンに向け、僕はふぅぅと息を吐く。

 初めてだ、敵を殺そうとするのは。てか、まさか人生で殺し合いを行うことになるとはなぁ。

 そんな呑気にもゴブリンを見据えていると、平坂は僕の肩を強く握る。


「なんで……」

「ちょっと待って? 話したいことあるなら聞くから、手を離して!? 肩、肩破損するー!」


 僕がワーワー喚くと、すんなり手を離してくれた。


「私の方が強い」

「だろうね。あ、鉄パイプは使わせてってこと? いいよ、はい」


 鉄パイプを渡そうとすると、突き返された。


「そういう事じゃない! どうして手伝おうと……命を懸けようとするの!? この空間であろうと、死んだら終わりなんだよ!?」


 瞬間、ゴブリンは痺れを切らして殴ってくる。

 見逃さなかった平坂は僕を突き飛ばして避け、まさに間一髪。


 そこで僕は、しっかりと見据えながら、平坂に答えを出す。


「僕もあったよ、世界に絶望した時期が」

「え?」

「初期の君はこの世を見ていなかった。――それが僕にもあったってこと。小学生なる前に」


 *


 幼稚園児の時から――というよりも、初めて家族以外に顔を見られた時、僕は笑い者だった。

 ネタをしたとかではなく、単純な容貌。


 そこから派生していくのは、陰湿ないじめ。

 耐えに耐えた。親に悲しい顔をさせないために。

 だけれど、幾度となく与えられた傷を見れば、相当な鈍感でない限り気付いてしまう。


 故にお母さんは僕を訝しんだ。

 何度も問われた「いじめられていないか」という質問。その都度「大丈夫」と受け流してきたが、本日をもってそれは終了。


「お母さん、実は……」


 いじめられたことを告発した。

 その時は特に何もなく、お母さんも「そうなんだ、大変だったね」と頭を撫でてくれた。

 僕もこくこくと頷いて、我慢の限界を超えて涙が溢れてきた。


 直後、お母さんは耳元で。


「どれだけ罵倒されようと、優しさだけは忘れるな」


 と、呟いた。

 意味はわからなかったので首を傾げると、お母さんはにこりと微笑んで調理を始める。

 何事も無かったかのように接してくれるのが、僕にとって一番してほしかった行動だ。変に心配し、哀れまれるよりも、その方が何倍と気が楽になる。

 だから僕は笑って、お母さんの手伝いをした。


 *


 朝起きると、リビング前にお父さんが立ち尽くしていた。

 どうしたのだろう、と思いながら近寄ると、


「……え?」


 思わず口から漏れた声。

 その目先、あるのはお母さんの死体だ。

 ……しかも首吊り自殺。


「何が起きてんだ……」


 お父さんが声をこぼしながら、お母さんの元に歩いていく。

 僕は目を見開きながら近づくと、机の上に紙が置いてあった。そこには――


『ごめんね、私がカッコイイ顔に産まなかったばかりに』


 その手紙を読んで、僕の涙がぽろぽろとこぼれていく。

 ――そうなんだ、自殺は僕のせいなのか。


 お父さんが僕を責めることは無かった。が、それが逆に心をしめつける。

 そこからだ、人生に対して絶望を抱き始めたのは。

 続くいじめ。だが、意に介すことはない。何ならもう、そこで死んでもいいのではないか、なんて思ったりもした。


 そんな時、僕はお母さんの言葉を思い出す。


『どれだけ罵倒されようと、優しさだけは忘れるな』


 言葉通り、僕はいじめてくる奴に敢えて優しく接した。

 するといじめっ子は、それ以降僕をいじめることはなくなった。


 ――やはりお母さんは偉大だ。僕は必ず、優しさを貫き通すと、この時誓った。


 *


 ゴブリンが平坂目掛けて拳を振る。

 だが、慣れた手つきで躱し、すかさず殴り込む。


「……なんで?」


 いつもは喰らっていたのだろうか、平坂はまったく痛みを感じていないゴブリンに驚きを隠せない。


「あっ」


 ゴブリンが殴られた腕を逆に掴み、平坂を宙ぶらりんの状態へもっていく。

 平坂も負けじとキックや逆手で殴ろうとするが、リーチ差により届かない。

 ゴブリンが腕を引く。殴る気満々だ。


「――死?」


 平坂が抵抗無くして目を瞑った刹那、僕の体は見事動いてゴブリンの手を鉄パイプで弾く。


「かっ……たぁ!?」


 何こいつの腕。鉄じゃん。

 そう思ってしまうほどの硬さだが、見事手は離れて平坂は地面に転がる。


「痛……助けなくていいって言った……」


 平坂の声が尻窄みしていく。

 そらそうだ。だって僕、ゴブリンに捕まってるもん!

 じたばたするが、効くはずない。

 そんな時、タッタッと軽快な足音が響いた。


 無策な平坂が走ってきているのだ。多分、僕を助けるために。

 ……ハッ、やっぱ根は良い奴じゃん。


 僕はパッと鉄パイプを上に放り投げる。

 ゴブリンも自分よりも上を飛ぶ鉄パイプに視線を向けていると、それを平坂はジャンプして掴んだ。


 バゴン!


 ゴブリンの脳天に鉄パイプを喰らわす。

 ゴブリンは「グァ」と声を上げ、消滅した。


「……ナイス」


 サムズアップを平坂に向けると、平坂はムゥと不満げに寄ってきた。


「な・ん・で! 邪魔しないでと伝えましたよね!?」

「お、敬語に戻ってる」


 相手の土俵に載らず、話をはぐらかす。

 だが、平坂はこちらをずっと見据えて、答えるまで離れない、といった様子だ。


「一人で抱え込みすぎ」

「は?」

「人ってさ、独りで生きるのは不可能じゃん? さっきの空間もよくわからないし、僕に関係ないといってしまえばそれまで。――けどさ、一人より二人、二人より三人の方が楽に倒せるじゃん」


 僕はそこで一度言葉を区切り、深呼吸をして。


「まあ、何が言いたいかというと……“人を頼れ”ってこと! 僕も君も、頼りにくい立場ではあると思うけどね……。でもさ、まずは僕からでも頼ってよ。一回や二回じゃなく、君の空間をぶち壊すまでさ」


 僕が夕陽をバックに微笑むと、平坂は涙を流しながら。


「……うっ、うん……! 頼る、頼るようにするよぉ」


 そう言って、彼女は僕の胸で泣き崩れた。


 これがハッピーエンドになったのか、僕にはわからない。

 けれども、一人でも――いや、容貌を否定しなかった、初恋の相手にこうさせれたのだ。


 やっぱり優しさは大切だ――

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頼れる人になるために 柊木ウィング @uingu

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