第2話 平坂凍沙の過去

 翌日、教室へ足を踏み入れると、ざわざわと賑わっていた。

 ……いや、賑わうは語弊だ。騒いでいた。

 内容は――決して良さそうではない。


「どうしたの、平坂さん!」


 慌ただしい声が、入室開口一番に聞こえた。人集りの出来ている平坂の隣の席に鞄を置いて腰をかける。

 四方八方塞いでいるのに、見事僕の席付近は近づいていない。

 この団結力、何かに活かせないの? なんて思ったりもする。


 人集りの隙間を見つけて彼女を覗くと、腕に包帯顔に絆創膏と、痛々しい姿だった。

 だが、声をかけることも出来ず、もやもやした気持ちを残したまま放課後を待つ。

 ――が、その時、担任が息を荒くして教室へ足を踏み入れた。


「二階廊下の窓割った人はいるか!?」


 担任が問うが、誰も手を挙げない。

 そもそもいないだろうし、居たとしても手なんて挙げるはずがない。

 みんなも興味を逸らして、再び平坂の心配へ心掛ける。


 みんなが心配する事で気付いていないが、平坂の眼は動揺しているように見える。

 ――何かしたな? とは思ったが、僕は声出すことなくその日を終わらす。

 ……結局声掛けられなかったなあ。


 *


 また一週間が経つと、平坂の包帯と絆創膏は増えていた。

 そして再度、担任が学校の破損部について生徒に問いただす。

 ……無限ループか?

 まったく同じ出来事に、僕は違和感が残る。

 先週と同じく担任が来た時に眼を泳がす平坂。これもまた、同じだ。


 ――次の火曜日、否応でも話してやる。


 *


 そしてやって来た火曜日。

 だが、午前中に話すのは不可能なので、放課後を待つ。


 ――放課後、相変わらず人集りが出来ていた平坂にも疎らになっていく。

 残り2,3人になったところで、僕は立ち上がる。


「平坂さん、少しいいかな?」


 と、僕が声をかけると、残っていた未だ平坂を狙う男子が睨みを効かせる。

 口々に悪口を言っているが、気にしたら負けの世の中だ。


「ええ、いいですよ」

「「ふぁっ!?」」


 驚きあらわの男共。

 確かに今の言い方では告白するようにしか思えないし、それを踏まえての了承に見えるかもしれない。

 けど、実際は多分だが、君達がウザイから抜け出す口実だと思う。

 まあいいんだけど。


 平坂を呼び出した僕は、行き場所を告げず歩き続ける。

 途端にそわそわしだした平坂。

 どうしたのだろうか、と首を傾げると、徐々に不機嫌になっていく。


「どうかした?」


 訊ねると、平坂は足を止めた。

 そして彼女は、先の優しい受け答えはどこへやら、キッと睨みつけて、


「もういいでしょ? それでは」


 と、背を向け来た道を返す。

 突然の心境の変化に、僕はぽかんと口を開けて見守るしか……って、そうはさせないよ!?


「ひ、平坂さん!」


 声をかけると、平坂は足を止めてイラつきあらわに声を荒らげた。


「だから! 話しかけるなって言ってるの! 意味わかんないの!?」

「最近週一で起こっている学校破損、あれって君じゃない?」

「!?」


 核心を突く僕の言葉に、平坂はぴくりと眉を上げる。

 ……やっぱりか。


「それ以上足を踏み込むのは」

「やめた方がいいとでも?」

「……その通り」


 と言うと、平坂は腕時計に目をやる。

 すると、見開いて声をだいにした。


「早くどっかいって!」


 立ち去ろうとする平坂。

 ここまで来て、引き下がれるかよ!


「待てって!」


 平坂の手を掴んで動きを止める。

 あわあわと小さく「やばいやばい」と呟く平坂。


「なに……が?」


 と、聞き返そうとして、違和感が僕を支配した。

 僕と平坂の動く音以外、何も聞こえないのだ。さっきまで外で部活を行っていた奴らはどうしたのだろう、と思って外を覗くと、ぴたりと動きが止まっている。


 何が起こった……?


 状況についていけず平坂に問いただそうと見やると、顔を青ざめていた。


「私のせいじゃ……」


 と、呟いたところで僕を突き飛ばす。


「逃げて」

「……は?」

「逃げてって言ってるの! もうすぐ……」


 と言ったところで、彼女の言わんとしていることを理解した。


「なんだよ……それ」


 まず第一に、この世界が地球なのかという疑問がよぎる。

 なにせ、僕の目の前にいるのは……。


「ゴブリン?」


 だが、大きさがアニメのそれとは異なり、二メートルを超えていた。

 その手には刃渡り三十ほどのククリナイフが。

 だらだらと垂らすヨダレは、据える僕達を見て理解した。


「アイツ……ってか、なんでこの世にゴブリンが!?」

「私のせい……なの。というよりも、来るってわかってたから関わらないようにしていたのに!」


 ✣


 私は人に蔑まれた。

 眉目秀麗、才色兼備と、蔑む場所が無い……からこそ、蔑まれた。

 それは――からも。


 美男美女ではない両親。これといった才能もなく、それでもサラリーマンやパートとして働いて私を養ってくれた。

 そんな両親が大好きで、働いたら盛大に恩返しをしよう、そう決意して小学生の時から勉学に励んだ。

 コミュニケーション能力の欠如が無かった私は、誰とでも溶け込みすんなり話せるようになっていた。――が、今思えばそれが間違いだったのだ。


 顔が良く、人当たりの良い私。

 では、授業参観に色んな親御さんが来た時、真っ先に誰を見る? そう、私の親だ。

 両親を可愛い、カッコイイとして見たことはないが、特に悪い所もないと思っていた。

 だが、小学生やその親御さんからして見れば、本当にアイツの両親なのか? と、疑念点となった。

 だが、授業は普通に進み、私も気にすることなく授業へ没頭した。――のだが。


 何事もなく進んでいた授業に、コンコンとノック音が響く。

 そこからにゅっと現れたのは、校長先生だった。

 校長先生は「授業中にすみません」と一言断りを入れ、親御さんを見渡す。

 だが、小首を傾げて疑問符を頭に浮かべているようだった。

 すかさず担任が声をかける。


「どうかしましたか?」

「いやね、平坂さんの親御さんに用があったので来たのですが、いないようで」


 と、残念そうにする校長先生。

 だけど、うちの親はちゃんと来ている。

 親は手を挙げ、校長先生に挨拶をした。


「私が凍沙の親ですが」


 おずおずと答えると、校長先生は「おお」と感嘆の声を上げる。

 ふふん、私の親は立派だろう。と心中胸を張っていると、校長先生が言葉を続ける。


「いやはや、まったくお顔が似てないもので……」


 刹那、教室は笑いに包まれた。

 耳を澄まして内容を確認すると、私もそう思っていたと言ったコメントが殆どだ。

 それは親御さんだけでなく、生徒からも。終いには担任まで笑い出す始末。


 そこからだ。虐待が始まったのは。

 恥をかかしやがって、と殴る蹴る暴言。私は精神的にまいりながらも、学校は唯一の癒しと中学に上がる。

 ――だが、中学生とは思春期真っ只中。モテる私は女子からいじめを受けるようになった。


 家も学校も、私の気が休まる地は存在しなくなった。

 ――私は生きる意味があるのだろうか。死んでしまった方が、楽なのではないだろうか。

 そんな事がよぎって、私は自分が地を踏んでいない事を理解した。


「……はは、死にたかったんだ、私」


 どこから飛んだのか、その後がどうなったのかはわからない。ただわかるのは、死をさまよう程の重症を負ったのに、生きてしまった事実だけ。


 火曜日の夕方、なんとか歩けるまでに回復したので病室を歩いていると、看護師さんに手を掴まれた。


「まだ早いですよ」


 そう言われたので帰ろうとすると、隣にいたお爺さんが止まっていた。

 看護師さんは慌てて駆け寄ると、私は前を見て驚いた。


「なに……あれ……?」


 呟いたのを聞いて、看護師さんも顔を上げる。


「グオォ……」


 唸る緑の魔物は、背丈約五十センチ。

 高くはないが、刃物を持っていて物騒だ。


「に、逃げ……」


 と言ったところで、私の足は停止した。

 歩けるようになっただけで、動くなんて不可能なのだ。


 ――やばい、どうしよう。


 涙がこぼれそうになる。さっきまでは死ねなかったことに対して最悪という感情を抱いていたのに、いざ殺されそうになると心境は変化をもたらすものだ。


「下がって!」


 私の前に現れたのは、メスを手にした看護師さんだ。

 現状動けるのは私と看護師さんだけ。

 だけれど、私は動ける人にカウントするには些か誤ちがある。


「私は必ず、患者を護る!」


 かっけぇ……というか、状況把握早すぎない!? 後に聞いた話だが、看護師さんはアニメ好きだとか。余談。


 メスを魔物の目がけて突き刺すが、見事刃物に阻まれる。

 キィンと金属音が鳴ると同時、魔物が右足で回し蹴り。看護師さんは横腹に喰らって壁に激突。


「カハッ……」


 血を吐き、ビクビクと痙攣し始めた。

 これはまずいやつ……?

 魔物はにやりと口角を上げ、にじり寄る。

 止めに行きたい、気持ちだけは一杯になっても身体が動かない。


「あっ……」


 声を漏らした頃には時すでに遅し。

 刃物は看護師さんの体に突き刺さり、魔物はグリグリと掻き回す。

 ――刹那。


「ふふ……これでお相子です、よ」


 看護師さんは魔物の顔にメスを刺し込むと、魔物はグエと気持ち悪い声を上げて消滅した。


 看護師さんが亡くなった事は言わずもがな、そして今日が、私の人生における分岐点となったのだ。

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