頼れる人になるために
柊木ウィング
第1話 容貌が悪ければ
――どれだけ罵倒されようと、優しさだけは忘れるな。
容貌が整っておらず、いじめられていた僕に母が言った、最後の名台詞。
どうして最後なのか。
それは――僕が殺してしまったから。
*
高校二年生になった僕は、友達が出来ない状況下に陥っていた。
もちろん原因は容貌によるものだろう。そもそも誰も近づいてくれない。
――さて、どうしたものか。
朝の会が始まるまで考える。
と、そんな時、前方からクラスメイトの声がした。
「……重い」
恐らく日直であろう彼女は、クラス全員の数学ノートを運ぼうとしていた。
彼女は人望が無い訳ではないが、誰も好き好んで面倒に巻き込まれに行く者は少ない。
そこで動くのが……僕!
「持とうか?」
「……い、いいです」
立ち上がって優しく声をかけると、彼女は重さを忘れてそそくさと教室を後にする。
……いつも通りだなぁ。
ぽつんと残された僕はとぼとぼと自席へ腰をかける。
そして本を取り出し、頬杖を付きながら読み始めると、後ろの方から女子の声がする。
「あれってさ……狙ってるよね?」
「あの顔で誰かと付き合えるとか思ってるのかな? やばくない?」
ひそひそと話しているようだが、お前ら丸聞こえだからな馬鹿野郎。
なんて思いながらも、僕は決して口を割らない。容貌の整わない僕から優しさまで失われてしまえば、人としての価値が無くなってしまうから。
と、堪えながら読書を続けると、先生が廊下から教室へ入ってきた。
まだ休み時間のはずだが……と思っていると、後ろから続いて来たのは見知らぬ女。
制服からして同じ学校の人間だろうか?
そう考えていると、先生は拍手を一つ打って注目を集める。
「ええ、いきなりだが転校生を紹介する」
先生が中央から場所を譲り、転校生として紹介された彼女が代わりに立つ。
「可愛くね?」「付き合いてぇ」
という、男共の本音が漏れてしまうほどに、彼女は可愛らしい容姿をしている。
――にも関わらず、どこか違和感を感じる。
何が、と問われれば答えは出ないが、兎に角違和感があるのだ。
「はじめまして、
なんの違和感なのか気づけなかった僕だが、彼女――平坂の自己紹介を全て聞いて合点がいく。
「初めに言っておきますが、私には関わらないでください」
ぺこりと一礼し、一番後ろの席、すなわち僕の隣へ歩いていく。
が、顔を上げた直後の表情と自己紹介の内容を照らし合わせると、平坂の違和感は『眼』にあることがわかった。
平坂の瞳は未来に希望を抱いていない、そんな感じを漂わせていた。
――よく分かるよ、その眼は。なんたって……。
と、続きを言いそうになって僕は呑み込む。
これ以上は足を踏み入れてはいけない地だから。
隣に来た平坂に視線を向け、僕は軽く会釈をする。
が、彼女は一瞥することなく前を向き続け、完璧な拒絶を表す。
まぁ、所詮美女と野獣は作品の中だけという事だよな……。
なんて思っているうち、チャイムが鳴り朝の会が始まる。
特に何もなく、すんなりと終わって休み時間へと突入すると同時、クラスメイト(殆ど男)が平坂の元へ我先にと向かう。
「どこから来たの!? か、彼氏とかいる??」
「俺野球部なんだ! 付き合わねぇか!?」
「ガムあげるから付き合おうぜ!」
怒涛の付き合ってラッシュ。
それだけ整った容姿であるのだから宿命ではあるのだろうが、僕には関係無い。
だから本に視線を落として無視していると、嫌でも隣なので声が鼓膜を震わす。
「私、最初に言いましたよね? 関わらないでください、と。邪魔です」
ピシャリ、と言った言葉に、教室は凍りつく。
先まで威勢のよかった男共も、気圧されているように見える。
と、同時、チャイムが鳴って一限目の開始合図が響いた。
ぞろぞろと遺憾を残しながらも席へ着く。
……僕には関係無い事だが。
*
特に何もなく、一週間が過ぎようとしていた火曜日。
本当に特に何も無い。あれだけの事を言っても、平坂は言い寄られている。まじ羨ましい。
まあ、平坂はあいも変わらずツンとしていて、誰かと付き合ったという話題は一切のぼらない。
まだ授業の始まってない時間ながらも、先輩やら同級生やらから言い寄られている。
そして、ピシャリと言って、会話をシャットアウト……にしても、
「付き合おうぜ?」
「話しかけないでって言っているでしょ!? わかったら近づかないで!」
いつもなら敬語で否定していたのに、今日に限っては怒号だ。
相手は先輩なのにな……と、隣をハラハラしながら眺めると、予想は的中した。
「てめぇ! ちょっと可愛いからって調子のんなや!」
胸ぐらを掴んで今にも殴らんとする先輩。
ゴリラの擬人化のような先輩だ、殴られれば顔はアンパ〇マンのように飛んでいくのが目に見える。
いつも凛々しくクールな平坂だが、今は頬を冷や汗が伝っている。――しょうがねぇよなあ!
「先輩、そろそろ授業が始まりますよ?」
「あ? んだてめぇ、殴られてぇのか?」
「いえいえ! 殴られるなんてそんな! ただ、授業がもうすぐ始まるとなれば先生も来るかなぁ、なんて」
えへへ、と男の気色悪い笑みを浮かべ、僕は秘技『虎の威を借る狐』を発動。
学生において、一番の敵は先生だ。故にその名を出せば、少なからずビビるはず。
そして……、
「チッ、今回は見逃してやるよ」
と、在り来りなセリフを捨て、先輩は教室を後にした。
僕はほぅと息を吐いて、バグバクと鼓動が速くなる心臓を抑える。
チャイムが校舎に轟くのを耳に入れ、僕が席へ着くと、周囲がこそこそと話し出した。
「カッコつけた割に先生だよりって」
「つーか、どれだけカッコつけてもあの顔じゃあなあ?」
「ほんとそれ。カッコつけても顔がキモすぎて際立ちすぎ」
男女問わず、僕は罵倒された。
……カッコつけたつもりは無いし、つけていたとしても罵倒されるのか。
それが僕の人生なのだから、甘んじて受け入れるしかない。
教科書を取り出し、先生が入ってきてみんなが静かになった。
精神的に削られるなぁ、と心を痛めていると、隣から。
「さっきはありがと」
俯いたまま、平坂が口を開いた。
その声はいつもの威勢の良さを失い、転じて可愛らしさが出ていた。
……というよりも。
「礼、言えるんだね」
「私をなんだと思ってるんですか? ちゃんと言えますが?」
「癪に障ったならごめん。いや、みんな僕の容貌を見て口を開けば、出るのは悪口だけだから」
と、僕が自虐的に言ってにへらと笑うと、平坂は。
「容貌なんてどうだっていい。――性格さえよければ」
真面目な表情で語る彼女は、いつもの凛々しさを取り戻していた。
相まった雰囲気は可愛らしい女子、というよりもカッコイイ女子と言った感じだ。
うっかり見蕩れると彼女は、
「特別な関係にはなりませんから」
「あ、はい……ですよねぇ」
今日それ以降、平坂と話すことは無かった。
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