4話

——文化祭まであと24日・K——



 目を閉じる。

 まぶたの裏に、最高潮の瞬間を思い描く。

 夏休み前に行われた演劇部の大会。溢れんばかりの光に満ちた学校の講堂。わたしがいるのは、照明をいじる調光室の中。

 舞台照明のスイッチひとつで舞台の上の場面が、空気が、魂が様々に変ずる。わたしの書いた脚本に役者が命を吹き込み、灯りを照らすことで極限まで魅力を引き出す。『劇場型完全犯罪』なんて物騒な二つ名がついてるわたしの、至高の瞬間がここにある。

 でも、ひとつだけ欠けていた。

 この講堂の照明調光室は片面がガラス窓になっていて、隣の音響調整室の様子が伺える。がらんどうなその部屋に人の姿はない。

 音響をあまりいじらないような脚本・演出にしたから作品上は問題ないはず。でも、この満たされなさは何だろう。

『音に困ッてんなら、もっと早くオレに相談しろよ。水臭えなァ彼方。ほら、このツマミをひねれば……おっとあぶねェ! 鼓膜吹き飛ぶとこだッたぜ!』

 ハッハッハと高笑いする悪友の男勝りな声を、聞こえもしないその声を求めてしまう。

 舞台上では芝居がクライマックスを迎えている。観客が世界観に吸い込まれていくのが上の部屋からでも分かる。スイッチを何度も切り替え、白熱するラストシーンに光を与える。

 役者が動く、光が動く、魂が動く。

 なのに、ガラス一枚隔てられた照明調光室にいるわたしの心は冷えて固まったまま。

 劇場型完全犯罪。

 誰かに付けられたその異名が好きになれないのは、響きが物騒だからなどでは決してない。

「あなたの音がなければ、わたしの犯罪は完全にならない。ねえ、どうすればその魔法を掻き鳴らせるの?」

 喝采に包まれた大団円の中、わたし一人だけが満たされずに俯いていた。



 ☆     ☆     ☆



 なんで今思い出したんだろう。あれから二ヶ月がたったこの時期、演劇部の皆んなは寿祭に向けて再スタートを切ったというのに。

「彼方、彼方! ねぇ聞こえてますの?」

「……ええ、聞いてるわ。で、何の話?」

「やっぱり聞こえてなかったのですね」

 整った眉を釣り上げながら演劇部員・檜山藍ひやま・あいはため息をついた。主役級の役を何度も経験している彼女は、普段の立ち振る舞いからしてわたしにはない気品がある。役の魅力と役者の魅力をハイバランスで発揮できる才能の女優で、わたしが黒幕なら藍は切れ味抜群の実行犯と言うにふさわしい。

 朝日差し込む、校舎の東側。演劇部の部室には、何人かの部員が台本を読んだりストレッチをしたりと普段通りの朝練の風景。そんな仲間たちの中心で、藍はこぶしを天に高らかに掲げて言い放った。

「今の議題はただ一つ。どうやってあの蛮族を打ち滅ぼすか、ですわ!」

「……蛮族?」

「もちろん、軽音楽部に決まってます!」

 今度はわたしがため息をつく番だった。

 一か月後に控えた寿祭。それに出演するためには、書類による一次審査とデモンストレーションかプレゼンテーションによる二次審査を通過する必要がある。その際、『どの時間帯に、どこで行うか』などの希望は一次審査に使われる企画書に書くきまりになっている。演劇部は毎年一番客足が増す『二日目の十三時、講堂にて』と希望しており、その時間と場所を狙って真っ向から勝負する相手が軽音楽部というのも毎年の恒例行事らしい。

 それに、と藍は補足する。

「今年の演劇部は直近の県大会で金賞受賞という輝かしい功績を収めた、まさしく当代随一と名高いチームですわ! 当代が敗れれば演劇部に未来はない、だから何が何でも負けていられません!」

「関東大会では惜敗を喫したけどね」

 いつのまにか、自主トレに励んでいた演劇部の面々が集まってきている。女子と男子の比率は八対二。男子は美味しい役に着くことが多いけど、悲しいかな女性天下のこの部では輪の隅の方にいることが大半になる。

「さあ皆さん、今こそ力を合わせる時なのです! 何か良いアイデアはございまして?」

「押忍、藍軍曹! この私めに妙案がございます!」

「詳細を述べなさい、後輩一号!」

 部室には既に妙な空気感が出来上がっている。突然始まる行き先不明の即興劇は文華高校演劇部ならではのやり方で、そこからヒントを得て脚本や演出を作ることも多い。

 というか、台本覚えるのは一瞬なんだからそろそろ後輩の名前くらい覚えなさいよ。

 後輩の女の子は敬礼を保ったまま立ち上がった。

「押忍! 奴らめの楽器の弦を全て有刺鉄線に変えてやりましょうぞ!」

「それは名案ですわ! これであの蛮族どもにも一泡吹かせることができましょう!」

「どっちが蛮族なのか分からなくなってきたわ……」

 ツッコミがわたしだけじゃ到底追いつかない。即興劇特有のクリエイティブな空気は既にこの場に存在しない。

 はぁ、もっと常識的な部員はいないのかしら。

「押忍! お言葉ですが藍軍曹、楽器の弦は全て手作業ではめていくものです。有刺鉄線を、それも素人の私たちがはめていくとなるとどうなりますでしょうか?」

「なるほど。間違いなくズタズタの血塗れになりますわね」

「左様です、痛いのであります!」

「完全に盲点ね。礼を言うわよ、後輩二号!」

「えへへ、藍先輩に褒められるのは満更でもないですが、いい加減名前くらいは覚えてほしいのです……」

 よかった、常識的な部員が他にもいて助かった。あまりに暴走がひどいようなら演出による強制ストップを実行することも考えていたけど、もう少し様子を見よう。

 というか夏の大会で藍が熱演した役って売れないミュージシャンだった気がするのに、なんで楽器の扱い方とか知らないのかしら。

「そこまで言うなら代替案があるのでしょう、後輩二号?」

「はい、勿論です」

 後輩二号と呼ばれた女子部員はコホンと咳払いをした後に、目を細めて口角をニイっと釣り上げた。ろくでもないことを考えてそうな目がわたしに向けられる。嫌な予感が背中を駆け抜ける。

「簡単な話です。軽音楽部が無理なら、寿祭実行委員を手中に収めればいいのです。委員長・九条先輩も所詮は殿方。そこで色仕掛けですっ! 藍先輩の抜群のプロポーションと彼方先輩の魅惑のグラマラスボディで手早くコロッと……」

「却下よ、全部却下。これは演出命令」

 そろそろ潮時、おふざけの時間は終わり。

 わたしは腰かけていた椅子から立ち上がると、全員の輪の中心に入った。もちろんわたしに実害のある案が出たことも不快だけど、もっと部長として言わなきゃならないことがある。

 空気が一瞬で張り詰める。誰かがゴクリと唾をのむ音さえ響き渡るほどに稽古場は静まりかえった。

「わたしたち演劇部の最終目的は、軽音楽部から時間を勝ち取ることじゃないわ。究極に面白い作品をお客さんに届けること。そこを勘違いしないで」

 はい、と暗い返事が返ってくる。一番盛り上がっていたはずの藍でえさえ、しゅんとした顔を地面に向けている。ちょっと言い過ぎたかしら。

「だから脚本や演出でもっとアイデアがあれば言ってちょうだい。先輩後輩かかわらず作品を面白くするためなら大いに結構よ。あなたたちの発想、期待してるわ」

 藍と後輩一号二号の表情がパアっと明るくなる。よし、やるか! と勢い十分に役者たちは練習を再開させるべく方々に散った。

 はあ、と本日二度目のため息が出た。

 部長って大変ね。そう呟いて稽古を始める頃には、夏の大会のことはすっかり頭から消え去っていた。



 ☆     ☆     ☆



 午前中は二年A組の方に顔を出していたため、お昼のチャイムを聞いたのは部室ではなく教室の中だった。わたしがノリで賛同したらホントにやることになってしまった銀河鉄道喫茶(未だに何をする店なのか全く知らない)の準備をほどほどに切り上げ、弁当の包みをもって教室の隅へ。演劇部の部室の飲食スペースは狭く、いつも人でごった返すから基本教室で昼食をとることにしている。

 学習机が撤去されているので、椅子に腰かけて弁当を膝の上で開ける。芳醇な香りにつられたかのように、いつも昼食を囲む面々が集まってきた。

「おっすー! お、相変わらず豪勢な手作り弁当ですなぁ。いいなあ、彼方はいくら

食べても太らなくて。ぜんぶ栄養がお胸に行っちゃうんでしょ?」

「葵、セクハラって言葉の意味を覚えてからもう一度出直していらっしゃい」

 見た目は美少女、中身はおっさんもしくは小宇宙。その名は朝比奈葵。購買で買い漁ってきた大量のパンを抱えた姿が本日のファーストコンタクト。かく言う葵も発育は良好な部類だと思うけど、本人曰く『実はコレ脂肪に埋もれた筋肉なのです。これぞホントの埋蔵”筋”なんちって!』らしい。宇宙人もしっぽ巻いて逃げ出すくらい会話が通じないのは今に始まったことじゃないから、もう慣れた。

「おいおい、オレの前で胸の話はよしこさんだぜ?」

 思わぬ方向からおっさんがもう一匹。赤のメッシュが目の前で揺れたかと思うと、次の瞬間にはわたしのから揚げがひとつ消えていた。当の犯人、赤杉優希はから揚げに加え、菓子パンのかけらを頬張っている。満足そうな表情は、女子高生というより少年に近い。

 ついでに胸部周りも少年のそれ……と口を滑らせてはいけない。

「あたしのパンが! 何すんだよう」

「悪く思うな、乳の固定資産税ッてやつだ。あーあ、オレも払いたかッたぜ」

 奪った食料を携帯食ゼリーで流し込んだ優希は、ポケットから取り出した携帯食ブロックをもさもさとかじり始めた。週に一度、その類の昼食を好んで食べる日を設けているらしい。そんなものばっかり食べてるから色々と成長が云々……と喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込んだ。説教のふりして喧嘩を売る趣味はない。

 コホン、ときれいな咳払いが喧騒を遮った。

「食事中は行儀よく。人として基本です」

「おお、いいこと言うじゃねェか副委員長! 副委員長はオレの味方だよな? 納税、米一粒で許してやるぜ!」

 江戸時代の農民が聞いたら発狂しそうなコスパの年貢を納めるそぶりもなく、委員長もとい副委員長はコンビニ幕内弁当を行儀よくつついている。新たな異名『副委員長』も、すっかり板についた。

「いえ、敵味方とかではなく……今何かすごく失礼なことを考えてましたよね? 皆さん揃ってなぜ視線を三十センチほど下げるのですか?」

 ごめんね副委員長。あなたは何も悪くない、というよりあなたくらいの大きさが一番丁度いいのよ。

 話がこれ以上妙な方向に行かないように、わたしは脈絡もなく話題を変える。

「まったく別の話なのだけどいいかしら? 風の噂で聞いたのだけれど。普段あまり開かれない倉庫に昨日、男女が一組仲睦まじそうに入っていったらしいの。何か知ってるかしら、葵?」

「えー! そんな不純な輩がこの高校にいるの!? もったいないよー、その若さ迸るエネルギーを学術的に使えばいいのになぁ。たとえば埋蔵金発掘とか……え? なんでみんなあたしを睨んでるの?」

「いや何でもねェけど……自覚ねェんだな」

 ふぇ? と首を傾げる葵に優希が真実を耳打ちすると、倉庫の件の真犯人は顔を真っ赤にして飛び上がった。

「いやいやいや、ないから! え、そんなに噂になってるの!? ありみねー! じゃなかった、ありえねー! だよ!」

「ここまで否定されると逆に可哀想になってきました。有峰君、強く生きてほしいです」

「強く、ねぇ。ちょっと言い方悪かったかなぁ。まあ、竜胆ならたぶん大丈夫だよ!」

「そら見ろ。旦那の十八番うつッてるぜ?」

 小学生じみた揶揄を投げる優希に対し、葵は反論するでもなく黙って下を向く。

 ……そろそろかしらね。

 止めどきを見極めるべく葵をちらりと一瞥すれば、既に顔は茹でたタコのように赤い。もう手遅れだ。潔く『爆発』の瞬間を待つしか、わたしに道は残されていない。

 三秒を数え終えたその時、やはりことは起こった。

「ううぅ……ッキエエェェェェッ!」

「ああっ、待ってください! 廊下を走ってはなりません! こらーっ!」

 いじりに耐えかねたのか、とうとう謎の奇声を発しながら葵は廊下の奥に消えた。世に放たれた暴走宇宙生物を止めるべく、副委員長が追う。って、あなたも全力疾走してるじゃないの。

 教室にいた全員がその奇怪な光景の余韻に唖然としている。すると、二人に打って変わって教室に現れたのは、いつも通り平然とした表情の有峰君だった。

「いま廊下でエイリアンの捕獲シーンを見た気がするけど、あれ演劇部が仕込んだのか? 手際といい緊迫感といい、凄い力の入りようだな」

「心外ね。あれはホンモノの宇宙生物よ」

 なんだか無性に腹が立ってきた。この光景を作った発端はあなたなのよ、と有峰君を一発殴っても許されると思う。

 阿鼻叫喚と化した廊下を一瞥して、有峰君はぼそっと呟く。

「まあ、大丈夫だろ」

 そのまま、踵を返していった。

 静まる教室。取り残されたのは優希とわたし。

「退屈しねぇな、この学校」

「そうね」

 趣味も合わず、性格もバラバラどころか極端。そんなわたしたちが一緒に弁当を囲んでいるのは、きっと一番肩の力を抜いて自然体でいられる場所だからなのかもしれない。今日は自然体すぎて終始騒がしかったけど。

「そういや、この前の企画決めの時さ、どうしてノリと勢いで決めたんだ? お前らしくなかったぞ?」

「都合よくぱっぱと終わらせたかったのよ。でないと、部活に遅れてしまうでしょう?」

「……演劇部、根詰めてんな」

「それは軽音楽部だって同じでしょう?」

 こくり、と優希がうなずく。その顔には、うっすらクマが浮かんでいる。

 疲れが見えるその双眸は、それでもくっきりとわたしを見つめている。

「なぁ彼方。この昼休みが寿祭の企画書提出の締め切りだろ? だから、書き加えてほしいことがあンだ」

「あら、何かしら?」

「約束してくれ。今回負けた方の代表者は、無条件で勝者の公演を手伝う。オレはどうしても、お前の力が必要なんだ。いいか?」

 すがるようなその瞳に、わたしは息を飲んだ。

 優希が、わたしを必要……?

 午前中の記憶が蘇る。そんなの、わたしだってそう言いたい。

 でも、口をついて出た言葉は二つ返事じゃない。

「うーん。もう少しいい手はないか考えてみるわ。思いつかなかったらそれに乗っからせてもらうわね」

「おっ、サンキュ」

 赤杉優希は友人にして軽音楽部部長。寿祭の企画を通すためには絶対に超えなければいけない好敵手。

 優希とステージを作る願ってもないチャンス。でも、この賭けで負ければ自分を信じて付いてきてくれた部活の仲間を全員裏切ることになる。それは優希も同じはず。

 じゃあ、どうすればいいの?

 企画書締め切り十分前。青桐彼方と赤杉優希の寿祭の幕が、暗雲の中で上がる。



——同日・Y——



 目を閉じる。

 まぶたの裏に、最高潮の瞬間を思い描く。

 夏休み中に行われたオレたちのライブは超満員だった。軽音楽部がよく利用する『ライブハウスことぶき』のオーナーも『いやぁ、二回目のライブにして客席を埋めるたぁ、たいした実力だねぇ』と唸りの声を上げたほどに。

 ステージから見下ろすと、そこは美しき地獄。狂人と化したほぼ全ての客が音に合わせて跳ね上がり叫ぶ。光が、音が、歌が。観客とオレたちを巻き込んで台風のように暴れ回る。その中心でオレたちは音を創り出す。脳内物質が止め処なく溢れ、喉が唸る。激唱がライブハウスを貫く。

 曲が終わる。喝采が響く。

 苛烈なナンバーのすぐ後に待っているのは、百八十度異なるメロウな旋律。聴衆の感情の振れ幅が追い付かず、ダムが静かに決壊するように壊れた心から涙が伝う。どんな曲目も最大出力で挑んでくれるメンバーの力を背中に感じながら、オレは光の中で歌う。

 これが、文華高校ぶんかこうこう軽音楽部の黄金期を牽引するオレの居場所。

 でも、ひとつだけ欠けていた。

 夏ライブでは照明や進行は全て『ことぶき』のオーナーさんが担当してくれた。オレたちが舞台上で輝けたのは、そのお陰と言っても過言じゃない。だが、寿祭のステージは全て在校生のみが作り上げる。

 そうなった時、誰がオレたちの演奏に命を吹き込むんだ?

『人間が得る情報の八割は視覚からって言われてるわ。それはわたしに任せて、あなたたちは残り二割を音で補いなさい。じゃあまず手始めに、はい目つぶし』

 舞台照明装置を操るオーナーに一瞬悪友の姿が重なった。途端、銀白の灯りはオレたちではなく観客を包み、その眩しさに皆んなが目を細める。曲が終わる最後の一音が、光の余韻を残して消える。通称目つぶしと呼ばれる照明は、アガる曲のラストを締めくくるのに打ってつけだった。

「お前の光が欲しいンだよ、彼方」

 喝采に包まれたアンコールの中。オレの歌は、一番聴かせたいヤツの元まで届かない。



 ☆     ☆     ☆


 

 文華高校の最上階かつ最西端。それがオレたち軽音楽部に与えられたスペースだ。

 正確には、部室のかわりに防音設備とバンド機材の整った練習用スタジオが一部屋と、その手前にある開けた廊下。そこに部員がテーブルやベンチを持ち寄って、勝手にたまり場にしている。

 夏の盛りも過ぎ去り、徐々に日が短くなりつつあるこの頃。オレの率いるバンド『Giselle《ジゼル》』の面々は沈みゆく茜色の夕日を眺めながらたまり場を囲んでいる。

 オレたちの練習時間は終わり、スタジオは別のバンド『梵慈狸ボンジリ』が使っている。蛇足だけど、彼らは純白のレディースのタンクトップをまとった男子五人組のロックバンドで、Giselleに次ぐ人気を博しているという。解せない。

「~~~♪」

「いいねぇ。それ、なんの曲?」

「いや、今ふと思いついた感じだよぉ」

「そっかぁ、じゃあわたしも歌おうかな」

 Giselleのベーシストとギタリストの二人が揃って鼻歌を朗らかに歌う。彼女らは一卵性双生児で、高校二年生にしては幼い見た目やぽわっとした喋り方も瓜二つ。楽器を持たないとオレでも見分けがつかない。

 この双子は、オレがスカウトしたわけじゃない。

 二人別々の特技が欲しい。できれば、お互いを補完し、かつ高め合えるようなものが。

 そんな願いにGiselleという環境が十二分に応え、今では二人とも立派なバンドマンだ。

 退屈しのぎに、手元のパソコンでシンセサイザソフトを立ち上げる。鼻歌のメロディを適当にいじって、迷惑にならない音量で再生する。

「ほれよッと、アレンジ完成。バンドスコアも作ッたから今度練習してみようぜ」

 すごーい! と双子は目を輝かせた。

 Giselleは幾つかオリジナル曲を持っているが、その大半はこうしてふと誰かが思い浮かんだ旋律を編曲して作っている。この光景も、もう二年目だ。

 Giselleに限らず、軽音楽部全体の運営も放任主義だ。縛られない自由さが創造の種になる、というオレの持論に基づいたものだ。

「ケッ、その曲が演奏できるかどうかも今日の一次審査にかかってるってのに、お子様たちはノンキで羨ましいぜ――って痛ァッ! 時代が時代なんだから暴力は良くないと思いますよ総長ッ!」

「おいコラ、弱気になるんじゃねェよ橙矢とうや。やれるだけのことはやったさ、あとは信じて結果を待とうぜ?」

 ウジ虫ドラマー・沖橙矢おき・とうやは、頭を押さえながら丸い猫背をさらに丸めた。Giselle唯一の男子は誰よりも難儀でネガティブだ。ドラムスティックを握っていないと極端に弱気になるのは結成当初から変わっていない。

 もう間もなく、寿祭の企画書の一次審査の結果が発表となる。希望は『二日目の十三時、講堂にて』。通称ゴールデンタイム。例年通りなら演劇部と同じ時間になる。どちらがその時間を獲得するのかは、まだ誰も知らない。

「優希ちゃん、携帯鳴ってるよ?」

「お、サンキュ」

 双子(のどっちか)がテーブルの上のスマホを投げてよこした。画面を見れば、彼方の通話アプリのアイコンが記されている。オレが演劇部の部長と親睦が深いという事実をGiselleの面々は知っているけど、状況が状況だから通話の相手を悟られないように注意を払いながら電話に出る。

「おう、かn――どうしたんだ?」

『ちょっと大変なことが起きてるわ』

「大変って、まさか一次審査関連?」

『ええ、そう。わたしたち両方とも一次審査に通過したのはいいのだけれど、問題はそうじゃなくて――』

 彼方が常に見せている余裕が完全に失われている。緊迫感が電話越しに伝わってくる。思わずオレは唾を飲んだ。

 そして、予想だにしなかった事が起こる。



『――わ』



 慌ててパソコンを開き、一次審査通過者宛てに送られてきたメールを見返す。『二日目の十三時、講堂にて』の枠で通過した団体は、演劇部、軽音楽部に加えてもう一つ。

 『第三世界連合だいさんせかいれんごう』。

 それが、演劇部と軽音楽部に戦いを挑んだ奴らの名前だった。

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