2話


——文化祭まであと26日・R——



 始業式を兼ねた全校集会が終わった。

 夏休み返上で行われた学校での夏期講習が明けたばかりだから、新学期が始まったと言われてもいまいち実感が湧かない。それは学校側も同じようで、講習で疲れ果てた先生達による、あくまで形だけの始業式があっさり行われただけ……のはずだった。

『最高の文化祭を約束しよう!』

 寿祭・九条実行委員長による、胡散臭くも鮮烈な演説。それを聞いてしまえば、心踊らずにはいられない。

 俺こと有峰竜胆ありみね・りんどうのホームルームである二年A組の教室には、文化祭前特有の高揚感が早くも漂い始めている。

「皆さん、おはようございます。夏休みはいかがお過ごしでしたか?」

 教壇に立つのは、担任ではなくクラス委員長の女子。生真面目さを湛えた瞳に丸眼鏡にしゃんとした背筋に流れる長い黒髪と、いかにも『委員長』らしい風貌をしてるために、クラスのほぼ全員が『委員長』と呼んでいる。俺は彼女の本名を知らない。

 委員長はよく通る声で続けた。

「皆さん知っての通り、このクラスの担任の立花薫たちばな・かおる先生は産休に入りました。そのため、私がホームルームを務めます。よろしくお願いします」

 言い終えるなり九十度に頭を下げる。高級ホテルに来たのかと錯覚するほどに綺麗なお辞儀だった。

「ついでに一つ。私事ですが、寿祭の副実行委員長を務めることになりました。ですから、混乱しないように、本日から私のことは『副委員長』でお願いしますね」

 かしこまったイメージとは裏腹に、ふわりと微笑む委員長、もとい副委員長。そんな副委員長だから、『変な先輩と一緒にされたくないので……』と小声で聞こえたのは気のせいだろう。

 文化祭が近いことに加えて、一ヶ月授業なし、さらには担任不在の教室ときた。そこに潜む非日常性に若干の不安は見えつつも、ワクワクを覚えるのは俺だけじゃないはずだ。

 案の定、無秩序に教室の隅から手が上がる。

「はい!」

「長嶋君、どうなさいました?」

「薫ちゃんとテレビ通話繋ごうぜ! 遠隔ホームルームって、斬新だろ?」

 綺麗に切り揃えられた短髪が眩しい彼こそ、野球部部長・長嶋紫苑ながしま・しおん。弱小高校の球児に与えられた短い夏を終えてなお、調子の良さは衰えていない。

「そう言うと思いまして——」

『もう繋いでますよ〜、聞こえますか〜?』

 おお、と歓声が上がる。

 続いて、黒板に立てかけられたタブレット端末に光が宿り、立花先生の姿が映る。ふわふわした甘ったるい風貌や喋り方は相変わらずだけど、カメラのアングルから察するに映っているのはおそらく自宅のベッドの上。出産が近いのか、動くのが少し辛そうだ。

 にもかかわらず、先生は以前と変わらず笑顔を崩さない。こんな時でも発揮される教師のプロ根性に、俺は感服する。

『夏休み及び夏期講習、お疲れさま〜。次は先生が頑張る番ですね〜』

「薫ちゃん! なんで今まで俺たちに結婚したこと教えてくれなかったんだよ!」

 紫苑はタブレットに駆け寄ると、真っ先に嘆き散らした。クラス全体を映していたカメラの映像が一面、紫苑の顔面で埋め尽くされる。

『ごめんね〜。どうするべきか旦那にも相談したんだけど『薫ちゃんの生徒たちを信じてやればいいんダナ!』って言ってくれたから、仕事は仕事、プライベートはプライベートで分けて考えることにしたの〜』

「そうですか……」

 がっくりと項を垂れる紫苑。立花先生のことを担任兼野球部顧問として誰よりも慕っていた彼だ、結婚報告の衝撃は誰より大きかっただろう。

『でね〜、彼ったら喋り方以外はホントに格好良くて——』

「やめましょう先生、これ以上続けたら長嶋君が自害し兼ねません」

『それもそうね〜』

 どこまでも惚気が止まらないゆるふわ新婚教師の暴走を、委員長が冷徹に遮る。途端に立花先生はコホンと咳払いを挟んで、クラス担任の顔つきに戻った。

『皆さんに、言葉をひとつ授けます。『笑いのないところに成功はない』アメリカの鋼鉄王・アンドリュー・カーネギーの言葉です。これから始まる文化祭、皆それぞれ、限りある青春を精一杯楽しんでください〜』

 ん? なんだろう、この違和感は。

 立花先生は、各界の偉人の言葉を引用するのがとても好きなタイプだ。でも、俺が引っかかったのはその後の『青春』という言葉。

「先生、一点だけお伺いしたいことが——」

 普段の立花先生なら絶対に言わないような言葉。それが聞こえた今、身体を違和感が駆け抜ける。俺は思わず席を立ち、タブレット越しに尋ねた。

 だけど、その質問は完遂することなく、途端にテレビ電話がぷつりと切れた。

 最後に立花先生が一瞬見せた、苦みに歪められた顔。一学期に見慣れた先生の白く綺麗な手は、腹を抑えていた。これ以上生徒に心配をかけないために、自ら通信を切ったんだろう。

「大丈夫かな、薫ちゃん」

 紫苑の言葉を皮切りに、クラス全体が顔を曇らせる。普段は明るいけど、沈む時は余計に沈むのが紫苑の悪い癖だ。

 まずいな。

 このままだと、次の時間に予定している文化祭の企画会議がお通夜になり兼ねない。

 一念発起、俺は空気をぶち壊しにかかる。

 この空気を変える力を持った言葉を、俺はひとつしか知らない。

「まあ、大丈夫だろ」

 根拠はないけど、きっと大丈夫。そう信じたい。

「そう? まあ、竜胆がそういうなら大丈夫かもね」

 紫苑が力なく笑う。無理をしているようにも見えるが、沈んでいるよりは幾分もマシだ。つられて、クラスを包む空気もほんの少し和やかさを取り戻す。紫苑の持つ凄まじい影響力の賜物だ。

 俺は不器用だ。不安をイッキに払拭するすべを知らない。だから、自己暗示の意味も込めて『大丈夫』で全て片付ける。そうすれば、大抵うまくいくと信じて唱える。

 それが、俺にできる精一杯だ。



 ☆     ☆     ☆



「本気で好きだったんだよぉ……」

 授業の合間のチャイムが鳴り、数人の生徒が席を立つ。ふらふらと教室の外に出ていった紫苑をなんとなく追ったところ、廊下の壁に突っ伏して哀愁を撒き散らしていた。

 よし、見なかったことにしよう。

「畜生、安い同情なんて要らないよ竜胆!」

「いや、一ミリも同情してないから」

「ひでえ!!」

 思わず突っ込んでしまってから、やってしまったと気づく。感づかれたか。この流れ、長く続くと絶対に面倒くさい。

 案の定、涙ぐむ紫苑の双眸は、俺を親の仇のように真っ直ぐ捉えていた。

「人でなし! 人間の屑! 竜胆には人の心がないのか?!」

「人類を代表したテイストの説教だな」

 はぁ、とため息が出る。

 紫苑の方も、叫んで少し発散したのか落ち着きを取り戻したようだ。

「お前は凄いよ。肝が据わってるっていうか、なんて言うか。『大丈夫』の一言ですべて片付いちまうんだからさ」

「別に、考えなしに言ってるわけじゃない。可能性を判断したうえで、ダメなら止めるようにしている」

「だから余計に、竜胆の大丈夫は信頼できるんだよ。絶対に倒れないって分かってる幹に、みんな寄りかかりたくなる。そういうもんさ」

 そういうもんか? と自らを疑りたくなる。でも、さっき倒れる寸前だった紫苑が言うくらいだから、あながち間違っていないのかもしれない。俺よりも紫苑の方が、よほど説得力がある。

 廊下の壁に背を預ける。向かい合わせだった紫苑の隣に移り、目線を共有する。すっかり吹っ切れた様子で、紫苑は白い天井を見上げた。

「薫ちゃんの話だけどさ、相手は若いお医者様って噂だよ」

「ああ、聞いてる。野球部のミーティングと称して、日が暮れるまで惚気を聞かされたよな」

 立花先生は顧問として最低限の仕事しかしない。練習に参加せず、戦略のアドバイスもしない。せいぜい試合をセッティングしたり、予算案を審議したりするくらいだ。

 だが、この丁度いい距離感が夏を前にして崩れ始めた。俺と紫苑をパワハラ寸前のやり方で最終下校時刻まで拘束し、延々と彼氏(まだ結婚する前だ)について語り始める。

 俺は正式な部員ではなく助っ人として参加しているだけなので、惚気に付き合わされて文句の一つや二つも垂れたくはなる。でも、紫苑は毎日血の涙を流す寸前のような表情だったから、俺も愚痴を吐くのを堪えていた。

「職場復帰したら、苗字変わって『間宮先生』になるんだってさ。なかなか呼び慣れなさそうだよな」

「紫苑はいつも薫ちゃんって呼んでるんだから関係ないだろ?」

「うーん、それが最近、なんか呼びにくいんだ。もう既婚者だし」

「……お前も色々と面倒くさいな」

 最初こそ心配してたが、だんだん心配するだけ損だと思い始めた。どうせ放っておいても、明日にはケロッとしているに違いない。

 となると、次なる問題は文化祭。どうにかして紫苑を完全に立ち直らせ、クラスの士気を煽らせる手立てを考えなきゃならない。

「はぁ、薫ちゃんのいない文化祭なんて、夏休みのない八月のようだ」

「実際ほぼなかっただろ、俺たちの夏休み」

 あろうことか、俺たちの通う高校は『文化祭準備期間の一ヶ月間の授業をなくす』という暴挙に出た。そのため、連日の夏期講習での単位の前借りに追われ、ほとんど夏を楽しめていない。

 ふと、妙案を思いついた。

「そういえば、文化祭当日、間宮先生来るって言ってたぞ」

「マジで!?」

「マジだ」

「ソースは?」

「ご本人だ。俺がちゃんと聞いてたんだから、間違いない」

「ぅぃやッホゥゥゥッ!!!」

 一瞬にして紫苑の目が輝きを取り戻した。怪鳥も怯むほどの雄叫びが空気を切り裂く。さっきまで腐っていたとは思えない気分の変わりように、俺が一番驚いている。

「ったく、廊下で何やってんだよ竜胆! せっかくの文化祭準備期間、楽しまなきゃ薫ちゃんに悪い。ほら、さっさと企画会議と洒落込むぞ!」

 紫苑は教室へと飛び込んでいった。じきに、紫苑のテンションの赴くままに企画会議が始まるだろう。

 大丈夫、嘘は付いてない。

 真実を話していないだけだ。

 文化祭に来るのが薫ちゃんじゃなくて、夫の『間宮先生(医者)』だということは文化祭が終わるまで黙っておこう。



 ☆     ☆     ☆



「それでは、寿祭に向けた企画会議を始めます」

 授業のない期間とはいえ、やることは尽きない。副委員長主導のもと、俺たちのクラスは文化祭で行う内容を話し合う運びとなった。

「何かいい意見はありませんか?」

 副委員長が尋ねるや否や、すぐに手が上がる。比較的明るい男子だ。彼は自信満々の笑みで立ち上がり、クラス全員に向き直った。

「みんな、全員で協力してスゴい出し物をやろう! 詳細はまだ思いつかないけど、俺たちのクラスなら絶対できるはずなんだ」

 なんとも抽象的な意見だ。

 そんな感想しか出てこない。案の定、クラスの連中も何人かピンと来ていない様子で小首を傾げている。

 ただ、このクラスで出し物系統をやれば、絶対に面白くなる確証はある。それが分かっているからこそ、抽象的でも有力になると踏んでの提案なんだろう。

「だってさ、こんなすごいメンツが揃ってるのってなかなか希少だろ? まず、『劇場型完全犯罪』がいる時点で勝ったも同然だ」

「あまりその名で呼ばないでほしいわ」

 物騒な二つ名を持つ当の本人は、前を向いたまま嘆息する。

 演劇部部長、青桐彼方あおぎり・かなた

 ウェーブのかかったダークブラウンの長髪をなびかせ、余裕たっぷりに腕を組む姿は巨匠さながら。赤いセルフレームの眼鏡から覗かせる、常に何かを画策するかのような聡明な瞳からは何を考えているか一切読めない。

 脚本演出と舞台監督、照明まで兼ねる豪腕の持ち主で、一度も舞台上に立たずして観客を沸かせる。また、すべて計算しつくされたような完璧なシナリオを、つねに彼女は舞台上に描く。だからこそ、その二つ名がついたとされる。

「それに彼女だけじゃない、『激辛サウンドウィッチ』だって二年A組のメンバーだ」

「おうよ! 全員まとめてオレがぶち上げてやるぜ!」

 こちらは一転、早くも乗り気の様子。

 軽音楽部部長、赤杉優希あかすぎ・ゆうき

 方々に跳ねているのは、ワックスで固められた赤メッシュの黒髪。獰猛な瞳の下、純白の歯がギラリと光る。一見すれば少年のようで、スカートを履いてなければ女子だと判別するのが難しいルックスの持ち主だ。

 以前、俺も軽音楽部のライブを見たことがあるけど、あれは衝撃だった。

 空間を満たす多彩な爆音。音の渦の中で、バンドを包む喝采。その中心でひときわ輝きを放つ彼女は、シンセサイザソフトと自らの喉を駆使して全ての音に命を吹き込む。その様は、まさしく音の魔女と呼ぶに相応しかった。

「さらに、派手さなら『黄金おヒナ様』も負けてないだろ?」

「え? それあたしのこと? おヒナ様だって、うぇへへ、照れますなぁ」

 そう笑うのは、おっさんではなく少女。

 郷土史研究部部長、朝比奈葵あさひな・あおい

 ショートボブの明るい髪に負けないくらい中身も明朗快活の極み。

 しかしてその実態は珍妙不可思議。徳川埋蔵金を探し求めて日夜努力を惜しまない、孤高の変人。髪を一房結ぶのは、ギラリと光る徳川御紋のアクセサリ。喋らなければ美少女ならぬ、土を掘らなければ美少女、である。

「あと、『生ける少年漫画』がいるのも頼もしいな」

「いい響きだ、分かってるねぇ」

 心を躍らせているのは、他の誰でもない、薫ちゃんファンクラブ会長、もとい野球部部長・長嶋紫苑。

 ただの野球部部長と侮るなかれ。見てくれも中身もアホそのものだが、コイツは『設立一年目・正規部員二名・グラウンド未所持にもかかわらず、県下最大の名門校から白星を奪った野球部の部長』なのだ。俺自身、これだけ聞くとアホかって言いたくもなる。

 ここまで王道かつ突飛なストーリーが整っているなら、誰でも疑いたくなる。

 もしかしたらコイツは少年漫画の主人公なんじゃないか? と。

「最後に、だ。うちのクラスには『奴』がいるだろう?」

「いますね、あと一人強烈な『奴』が」

 副委員長以下、何名かのクラスメイトは無言で頷いている。どうやらピンと来ていないのは俺だけのようで、なんとも歯痒い。

 ……嫌な予感がするのは気のせいか?

 まあ、大丈夫だろ。

 大抵、こういう予感は外れるものだ。

「これだけの強者が揃えば、絶対面白い出し物が作れる! 俺はその瞬間が見たいんだ。A組の皆んな、賛同し——」

「ちょっと待って」

 勢いで頷きそうになる寸前、遮ったのは『劇場型完全犯罪』こと青桐彼方だ。

「わたしたちを高く買ってくれるのは嬉しいわ。けれど、今の五人全員が部長だから、自分の活動と二足のわらじでやる必要がある。あっちもこっちも全力、とはいかないわ」

「確かにそうだな、両方は手に負えねェよ」

「いっそ、この教室を展示場とか休憩所とかにした方が楽でいいかも!」

「他のことに時間割けるし、そっちのがいいかな」

「……」

「そ、そうは言っても、せっかくの文化祭だからさ……」

 渋る異名持ちの面々。食い下がる男子。

 確かに、出し物の作成から携わるとなるとかなりの時間をクラスに拘束されるのは目に見えている。

 かと言って、クラス企画を蔑ろにするのも憚られる。

 何か、打開策はないのか——ん?

 これは一体、何だ?

「どうしたんですか有峰君。急に立ち上がったりして。何か言いたいことがあるなら手を上げて——」



「銀河鉄道喫茶って、何だ?」



 暫しの静寂。唖然とする一同。

 それを突き破ったのは、副委員長から小さく発せられた『は?』の一言だった。

 無理もない。むしろ、俺が一番『は?』って言いたい。

「何だ……って、何ですか?」

「いや、誰かが俺の机にシャーペンで書いたんだよ。『銀河鉄道喫茶』って。確実に俺の字じゃないから、他の誰かの仕業なんだけど、そもそも銀河鉄道喫茶って何だ?」

「そ、そうでしたか……って、いいですか有峰君。いまは文化祭の企画会議中です、話の腰を折るのは控えてくださ——」

「いいんじゃないかしら、銀河鉄道喫茶。なんか語呂がいいし。喫茶店くらいなら、わたしたちも時間見つけて手伝えるわ。どう? やってみれば?」

 ……は?

 今度は俺が腰を抜かす番だった。

 いくら『完全犯罪』青桐の太鼓判が押されたからといって、誰が考えたとも知らない企画を通すのか?

「銀河鉄道喫茶、ねぇ。……わかった、それで行こう」

「行くのか!?」

 さっきまで食い下がっていたクラスの男子も納得したような面持ちでいる。副委員長が黒板に『銀河鉄道喫茶』と丁寧に書き、赤でマルをつける。満場一致での可決だった。

 おい、クラスメイトたちよ。本当にこれでいいのか? そもそも銀河鉄道喫茶ってどんな店なのか想像もつかんぞ。

 そこからは、トントン拍子に事が進んだ。

「文化祭当日までの日数から逆算して、試作可能なメニューは四品、いや五品……」

「昨年の来場者数からするに、このくらいの客単価を見込めば確実に利益が出ます!」

「早めに調理室は押さえておきましょう。有峰君、責任者会議の日までに書類作っとくから提出よろしくね」

 開発、経理、事務に分かれ、早くも喫茶店設立に向けて目まぐるしく動き始めている。そのチームワークを企画会議の段階から発揮して欲しかったなんて、口を挟める暇がないくらい急ピッチだ。

「やけに皆んなノリノリだな」

「そりゃそうでしょ。県内で最大の文化祭予算を誇るのがうちの高校だぜ? 更には準備期間が一ヶ月もある。ガッツリ楽しむ以外の選択肢はないのさ。そうだろ、責任者?」

 紫苑も、先程のダウナーな空気は何処へやら、いつもに増して楽しそうだ。

 というか、なんで俺が責任者なんだ?

「竜胆、それでいいかな?」

「店長! ゴーサインお願いします!」

「有峰君、頼まれてくれるかしら?」

 もう後には引けないぞ。

 クラスメイトたちの目が、静かにそう語っている。

 誰が言ったか知らないが、二年A組は『浮いたアホが回すクラス』という見解があるらしい。リア充だのぼっちだの部活バカだの、色んな立場の人たちを一部の特殊な人間がまとめて振り回す構図は傍から見れば珍妙だろう。振り回される当事者としてはたまったものではないが。

 とはいえ、近頃は逆に皆んな意図的に乗っかってる風潮がある。アホが舵取る船に皆で石炭を過剰にぶち込む。副委員長や俺のようないかりが降りるまで最高速。行きつく先は誰も知らない。

 こんな船旅も悪くない。そう思い始めた時点で、俺もアホの一味だ。もう後には引かない。不安は拭えないけど、どこに辿り着くのかをこの目で見たい。

 重い腰を上げ、俺は波乱の日々を覚悟する。

 どうなっても知らないからな!

「……まあ、大丈夫だろ」

「出ました! 『妖怪まあ大丈夫』のお墨付き、いただきました!」

 こうして、二年A組の文化祭準備一日目は最終下校時刻までノンストップだった。



 ところで、会議中に出てきた『奴』こと五人目の異名持ちは一体誰だったんだ?

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