第6章【復讐の舞台に立つ】
割と広めのエレベーターが、ゆっくりと最上階を目指す。
エレベーターの壁は少しでもゲームルバークの景色を少しでも楽しめるように、という設計者の粋な計らいからか、全面ガラス張りに差し替えられていた。高所恐怖症の人間からすれば、地獄と呼んでもいいだろう。
とはいえ、ユーシアもリヴも高所恐怖症の類ではなく、遠ざかっていく地面を見てきゃーきゃーと騒ぎ立てるほど子供でもないので、平然とガラスの壁に背中を預けて最上階の到着を待っていた。
「そういえば、シア先輩」
「なぁに、リヴ君」
ユーシアは砂色の外套から薬瓶を取り出しながら、リヴの呼びかけに応じる。
「あの合法ロリの膝を撃ち抜けたのは何故ですか? シア先輩の弾丸は誰も傷つけない代わりに、撃った相手を眠らせるものでしょう?」
「確かにね。いつもだったら傷つけることなんてできずに、眠らせていたよ」
薬瓶からザラザラと手のひらに【DOF】を落とし、ユーシアは無味無臭の錠剤を口の中に放り入れる。
ラムネ菓子のように錠剤を噛み砕きながら、薬瓶を砂色の外套の内側にしまうと同時に自動拳銃を引っ張り出す。黒光りする拳銃をリヴに手渡すと、
「その拳銃に装填されてる弾薬を見てみな」
「弾薬ですか?」
リヴは言われた通りに、拳銃から弾倉を抜いて弾薬を一つだけ取り出す。
真鍮製の弾薬の表面には、びっしりと見たこともないような幾何学模様が刻み込まれていた。小さな弾薬にどうやったらここまで刻めるか不思議なほどに。
「それね、この前ユーリに特注で作ってもらったんだ。【OD】の異能力を適用しない弾丸」
「そんなものがあるんですね」
「【OD】を普通の人間に戻すのは不可能だけど、異能力を打ち消すものなら存在するんだって。結構馬鹿みたいな金額を請求されちゃったよ」
その弾丸の法外な値段に、ユーシアは思わず「詐欺だろ!!」と叫んでしまった。
しかし、ここまで精緻なできばえであれば目玉が飛び出すような金額を請求されても納得できる。あの飄々とした魔法使いは、意外ととんでもないことをしてくれるものだ。
リヴは弾薬を再び弾倉に戻し、自動拳銃をユーシアに返却する。
「それは、この最終決戦の為ですか?」
「大盤振る舞いしとかないとね。最後なんだから」
苦笑したユーシアに、リヴが「それもそうですね」と同意する。
それから、彼は少しだけ視線を伏せて、
(まあでも、味方に手の内を明かしていない部分もあるけれど)
リヴ・オーリオという青年は、心の底から信頼している。
世界の誰より殺人鬼でありながら、身内には毒を吐きながらも最後まで付き合ってくれる。それこそ、地獄の底にまで彼はついてくることだろう。
復讐劇を最前線の特等席で観ること――それが、リヴの望みだ。この復讐劇が終わったら、もう相棒としての価値もなくなる。
(その時はどうしようかな)
未来を見通すことはしない。
明日に希望なんか持たない。
だって、これが最後なのだから。
ぼんやりと遠ざかっていく地上に視線を落とすユーシアに、リヴが「退屈ですね」などと話題提供をしてくる。
「このエレベーター、長いんですよ。どれだけ高い塔を作れば気が済むんですか」
「皇帝の名を冠するだけあって、さすがに高いよね。地上何階建てなんだろう」
「電光掲示板では一五〇階を突破しました。そろそろ飽きましたよ、この景色にも。降りたいです」
「ここから降りるのは危険じゃないかなぁ」
「――つーか、これ見て思い出しましたわ」
ポン、とリヴが手を叩くと、
「これ帰りも同じように帰らなきゃいけないですよね? うわ、面倒臭いです。本当にこんなビルを建てた奴の気が知れない」
「もし目の前にビルの設計者がいたらどうするつもり?」
「え、それを僕に問いますか? 答えなんていつも通りですよ?」
黒曜石の瞳を瞬かせて、リヴは当然だとばかりに言う。
やはり彼は変わらない。【DOF】のせいでどこまでも狂った、世界で誰より殺人鬼だ。明日の天気が悪いだけで人を殺すような彼に対して愚問だろう。
ようやくアリスと対面できる緊張感が解れて、ユーシアは「リヴ君らしいや」と笑う。
「当然でしょう。僕は誰よりも殺人鬼な自覚がありますので」
「自覚があるだけマシだね」
「でしょう?」
得意げに雨合羽のフードの下で笑うリヴ。
すると、ポンとエレベーターが音を立てて止まった。電光掲示板は最上階の一八五階を示している。どうやら最終決戦の場に辿り着いたようだ。
「長かったですね」
「そうだね」
「でも、もうすぐ終わりますね」
「うん」
「さあ、行きましょう」
ゆっくりと扉が開く。
その先に広がる戦場へと誘うように、真っ黒な雨合羽に身を包んだ暗殺者が言う。
「アンタの復讐劇の、幕引きに」
「――――ありがとうね、リヴ君」
最後の最後まで付き合ってくれた相棒の殺人鬼に感謝を告げ、ユーシアは戦場に足を踏み入れた。
☆
そこは家具や置物すら見当たらず、どこまでも広々とした円形の部屋だった。吹き抜けにでもなっているのか、天井は手を伸ばしても届かないぐらいに高い。
壁は一面ガラス張りだ。しかも天井や床との境目を感じさせないほどぴったりと嵌め込まれているからか、まるで空でも飛んでいるかのような気分になる。真下に広がる宝石箱をひっくり返したかのような摩天楼が美しい。
そこに人がいた。窓際ギリギリに立ち、煌びやかな夜景を悠々と眺める金髪の男。
彼はユーシアとリヴの存在に気づくと、ゆっくりと振り返った。いつものように胡散臭い笑みを浮かべ、ラムネ菓子のように【DOF】を口元に運びながら。
「ようこそいらっしゃいました、ユーシア・レゾナントールさん」
口の端からボロボロと齧りかけの【DOF】を零しながら、金髪の男――
「ここの眺め、綺麗でしょう? 私はこの景色を眺めながら【DOF】入りの紅茶を飲むのが大好きでして」
「御託はいいのでとっとと死んでもらえませんか」
ユーシアの側で控えていたリヴが、サバイバルナイフを装備しながら言う。
白兎は「無粋ですねぇ」と唇を尖らせて、
「少しぐらいお話をしたっていいでしょう? なにしろ、これが最後になるかもしれないんですから」
「シア先輩、今すぐ殺しません? 殺しましょうよ今すぐに。我慢できませんよだって今すぐ殺したくてうずうずしてるんですけど」
リヴが息継ぎなしで殺意を訴えてくるが、ユーシアは静かに一言だけ告げた。
「リヴ君、あれは俺の獲物だよ」
「……そうでした、すみません」
リヴにもあれは誰の獲物であるかの分別はついているようで、大人しく引き下がる。
ユーシアは純白の対物狙撃銃を下ろすと、
「覚えていないかもしれないけど、お前さんが俺の家族を殺したんだろう?」
「ええ、そうです」
白兎の口からは、間髪を入れず肯定の答えが返ってきた。
「覚えていないかもしれない? とんでもございません、貴方のご家族を殺した時はまるで昨日のことのように思い出せますよ」
恍惚と微笑む白兎は、
「懐かしいですね、あれは革命戦争が終わった時のことでした。貴方の活躍は革命軍側でも知られていましたよ」
「お前さんは革命軍の生き残りかい? だとすれば、お前さんの仲間をたくさん殺した『
「まさか!! そんな生温いことなんて誰がしますか!!」
白兎はしっかりと否定した。
革命軍側にいたのであれば、仲間をたくさん撃ち殺したユーシアを恨むのは必須だ。――いや、その感情も彼らにはあるのだろうか。
革命軍は【OD】の集団だ。誰も彼も頭のいかれた奴らばかりで、仲間意識などあってないようなものだ。仇討ちという線は考えにくい。
「いつしか革命軍側では、あの『白い死神』に殺されることこそが栄誉だと認識になっていったのですよ」
「栄誉?」
「ええ――革命軍は、貴方の手で殺されたかったのです」
白兎の、ユーシアを見つめる瞳に情欲の炎が灯る。仄暗い感情を、その瞳に滲ませる。
「とりわけ、私は独占欲が強い。好きな人は独り占めしたいタイプなんですよ」
だから、と白兎は続ける。
「ユーシアさん、殺しましょう。殺し合いましょう。私は貴方に殺されたい――だから貴方の家族を殺しました!! 貴方に追いかけてもらいたくて、貴方の復讐の動機を作ったんです!!」
「そのつもりさ」
ユーシアは改めて、純白の対物狙撃銃を構えた。
その青い瞳には、真っ直ぐに狂気に染まるアリスの姿を収めて言い放つ。
「お望み通り、お前さんを殺してやるよ」
誰も復讐は望まないと言った。
それでもユーシア・レゾナントールは己の為に復讐の道を選んだ。
そして、その復讐の終幕が近づいている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます