第5章【白兎を追い詰めろ】

「――――ああああ!! クソがぁ!!」


 エンパイアタワーの玄関ホールに、リヴの怒号がやけに大きく響き渡る。

 少し後ろから彼と合法ロリ――有栖川アリスガワの戦いを眺めながら純白の対物狙撃銃で援護射撃を行うユーシアもまた、苦戦を強いられていた。

 なにしろ、相手は時間を操る【OD】だ。そんな反則的な異能力を持つ【OD】などこの世に存在したことが驚きだ。本当に魔法の区域ではないか。

 サバイバルナイフを縦横無尽に振り回していたリヴは、驚異的な身体能力でもって刃を回避し続ける有栖川に悪態を吐く。


「小さいくせに、やけにすばしっこいんですね!!」

「褒め言葉として受け取っておくよ、てるてる坊主」


 懐中時計の竜頭りゅうずを捻って時を止め、ユーシアが撃った狙撃弾を回避する。狙撃弾は有栖川を大幅に外れて、床を穿った。

 見える挙動は、彼女に手の内を晒しているようなものだ。時間を止める相手に、ユーシアの狙撃など悪手でしかない。


「シア先輩、なに外してるんですか!!」

「意図的に外してる訳じゃないからね!? あと八つ当たりは格好悪いよリヴ君!!」


 有栖川を仕留められないストレスからか、リヴのヘイトが何故かユーシアに集まる始末である。

 正直な話、ユーシアも驚いているのだ。

 リヴ・オーリオという青年は、殺意が誰よりも強い代わりに絶大な戦闘力を誇る優秀な元諜報員で暗殺者だ。彼が「殺す」と言えば、それは有言実行される。

 しかし、現状では有栖川に傷一つ負わせることができずにいる。それが彼にとってのなによりもストレスに感じることなのだろう。


「あっははははは!! この程度って訳ぇ!? 大したことないんだねぇ!!」

「ムカつくんで今すぐ死んでもらえますか死ねってば!!」


 やけくそで投げつけた小さな銀食器のナイフだが、やはり同じように有栖川の異能力によって止められてしまう。

 進んで意識の外から攻撃するのがベストだろうが、二人では厳しすぎる。それに、このあとに本物のアリス――白兎シロウサギとの戦いが待っているのだ。こんなところで武器の無駄撃ちは防ぎたい。

 リヴもそれが分かっているからか、強く踏み込めないでいるようだ。しきりに雨合羽レインコートの下に仕込んだ暗器の数を確認するように、ぶかぶかの袖を揺らしている。


「本当なら親指姫でもなんでも使って殺してやりたいんですけどね」

「それを使ったら、アリスとの戦いに不利な状況になってしまうね」

「ええ分かっていますよ。だからこうして使わないでも勝てる方法を模索しているんじゃないですか」


 あからさまに苛立った調子のリヴが吐き捨てる。

 どうにかして彼女の不意をつければいいが――ユーシアは純白の対物狙撃銃に弾丸を込めず、その銃口を有栖川に突きつける。見えない弾丸による攻撃。悪意が目に見えない状態では、さすがの彼女も太刀打ちできまい。

 だが、


「加速」


 竜頭を捻った有栖川が、次の瞬間、弾丸のような速度でユーシアに突進してくる。

 リヴが気づいて反応するより先に、有栖川の小さな拳がユーシアの鳩尾に突き刺さった。


「ぐ、ぶッ」

「シア先輩ッ!!」


 純白の対物狙撃銃を取り落としたユーシアは、膝から崩れ落ちる。内臓まで届く衝撃に耐えきれず、せり上がってきた胃液を嘔吐した。

 リヴが有栖川の後頭部めがけてサバイバルナイフを突き刺そうとするが、有栖川はやはり弾丸のような速度で振り返ると、リヴの鼻っ面に狙いを定めて拳を突き出してくる。寸のところでリヴは有栖川の拳を回避すると、チッと聞こえるように舌打ちをした。


「止められるだけではなく、速くなることもできるとかチートじゃないですか」

「昔っからガチャ運いいんだよね、あたし」


 自信満々に言い放つ有栖川。

 未発達な胸を反らして、彼女は鼻高々に言う。


「だからこのSSRな異能力を手に入れたのも、あたしの才能って奴? キャッ、言っちゃった」

「可愛くねえんですよ、クソアバズレ!!」


 リヴが苛立ちに任せて叫び、銀食器のナイフを有栖川の眼球めがけて投擲とうてきする。

 有栖川は「あはは、無駄無駄」と笑い飛ばし、竜頭を捻ろうとした刹那のこと。


「お忘れのようだけど……」


 ――ガウン、と銃声が一度。


「俺の武器、対物狙撃銃だけだと思った?」


 白煙が漂う自動拳銃の銃口を、有栖川の膝に突きつけるユーシア。

 少女の膝には、見事に風穴が開いていた。


「――あ、ぃあ、ああああああ、ああああああああああああッ!!!!」


 激痛に悶え苦しむ有栖川。ゴロゴロと硬い床の上をのたうち回り、そして砕けた膝から鮮血を溢れさせる。

 泣き叫ぶ合法ロリを踏みつけたリヴは、心底楽しそうな笑みで少女を見下ろす。


「やあやあ、いいザマですねぇ。どうです、油断したところであっさり逆転される気分は?」

「い、ぃ、だい、痛いよぉ、お兄ちゃん……やめてぇ……」


 先程までの声音とは打って変わって、見た目を最大限に利用した子供特有の甘い声でリヴに媚びを売る有栖川。

 自他共に認める(しかし最近では疑惑が浮上している)ロリコンであるリヴならば、確実にストライクな態度である。油断してしまうだろうと思うが、残念ながら相手は世界の誰より殺人鬼な【OD】だ。

 リヴは清々しいほどの笑みを浮かべると、


「いーやーでーすー」


 相手を馬鹿にするような口調と共に、リヴは有栖川の右目にサバイバルナイフの先端を捻じ込んだ。


「あが、あああああぎゃあああああああああああ」

「おやおや、どうしました。猫を被るなら徹底してくださいよ」


 じたばたと激痛に泣き叫ぶ有栖川に、リヴはにやにやと笑いながら言う。サバイバルナイフを右眼窩に深く深く突き刺して、暴れる有栖川の様子を楽しそうに眺めている。

 形勢逆転だ。この状態から勝ちをもぎ取るのは、神様の奇跡でも起きない限り不可能である。


「――こ、な、くそがァッ!!」


 有栖川が吠える。

 右目を潰され、膝を砕かれた状態でもなお、彼女は抗おうとしていた。


「ふ、ざけんじゃ、ねえええええぞおおおおこの変態どもがよおおおおおおおおおおおおッ!!」


 火事場の馬鹿力でも発動しているのか、有栖川はリヴを払い除けると、ゴロゴロと転がってユーシアとリヴから距離を取る。

 荒々しく息を吐く彼女は、震える手で胸元に下がる懐中時計を握りしめると、竜頭を大きく捻った。


遡行そこう


 すると、どうだろうか。

 ボロボロだった彼女の傷が、見る間に回復していくではないか。

 潰された右目は完璧に癒えて、膝の傷も跡形もなく消え去ってしまった。これでは彼女を仕留めようとしたユーシアとリヴの働きが無駄に終わってしまう。

 というか、時間を止める・時間の流れを早くさせることの他にも、過去に時間を戻すこともできるとは、反則極まりない異能力だ。


「ふりだしに戻ったじゃないですか!! シンデレラの異能力よりも面倒なんですけど!?」


 リヴが雨合羽の上から頭を掻き毟って叫ぶ。

 午前〇時になれば全ての状態がリセットされて、死体さえも生き返るというシンデレラの【OD】は確かに面倒だ。だが、有栖川の【OD】も面倒で嫌な異能力だ。

 あっさりと状態が元に戻ってしまった有栖川は、悔しがるリヴを指差してケタケタと笑う。


「あーははははははは!! ざまあみろ、変態がァ!! 時間を操れるって便利ィ!!」


 自分が再び優位に立てたことに対して、有栖川は勝利を確信したように腹を抱えて笑っていた。

 が、


「――――えいっ」


 横からものすごい勢いで突っ込んできた金色の流星に衝突して、側頭部に天使のモチーフが特徴のメルヘンなナイフが突き刺さる。

 即死だった。呆気ない最期だった。

 ユーシアとリヴがポカンとする中で、あの無敵の有栖川を仕留めたのは、


「ネアちゃん!?」

「どうしてこんなところにいるの!!」


 ユーシアとリヴは驚きで声を裏返す。

 寝巻き姿のネアはぷかぷかと虚空に浮かびながら、発達した胸を張って「えへん」とドヤ顔を披露する。


「しとめたのっ」

「お家に帰りなさい」

「やだぁ!!」


 ここにきてネアの我儘である。まさかここまで飛んできたということは、家にスノウリリィを置いてきたということか。

 ユーシアはため息を吐くと、


「スノウリリィちゃんが心配するでしょ。お家に帰りなさい」

「やだやだ!!」

「ネアちゃん」

「だって、おにーちゃんはありすをころすんでしょ!!」


 ネアは怒ったように頬を膨らませると、


「ここでよりみちをしたら、めっ、なの!!」

「よ、寄り道?」

「まっすぐ、ありすのところにいって、まっすぐ、かえってくるの!!」


 そう主張してくるネアは、ユーシアの首に抱きついてきた。

 絶対に離すまいと力を込めて抱きしめてきて、ネアは懇願するように囁く。


「やくそく、だよ」

「……うん、分かったよネアちゃん」


 ユーシアはネアの頭をポンポンと撫でて、仕方がないという調子で頷く。


「だから、いい子でお留守番しててね」

「……うん、わかった」


 名残惜しそうに離れていく少女は、今度はリヴにも同じように抱きついた。


「りっちゃんも、ちゃんとおにーちゃんをつれてきてね」

「任せてください。幼女との約束を一度だって破ったことはありませんので、首だけになっても連れて帰ってきますよ」

「リヴ君、それ俺死んでないよね? ていうか殺してないよね?」


 ネアとユーシアの帰還を約束したリヴに、ユーシアはちょっと納得いかない部分に対して言及するのだった。





 二人の【OD】がエレベーター内に消えていくところまで見送って、少女はゆっくりと地面に着地した。

 誰もいないことを確認し、床の上で大の字に転がっている合法ロリも動かないことを確認してから、少女はパチンと指先を弾く。


「ふう、ようやく行ったか」


 すると、少女の姿がぼやけて、その下から艶のない黒髪の男――ユーリが姿を現す。二次元のお約束的な薬の効果で、ネア・ムーンリバーという少女に変身していたのだ。

 ユーリは有栖川の死体を引きずりながら、


「あとは頑張れよ、ユーシア。死ぬんじゃねえぞ」

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