第4章【本物の白兎】

 ギャギャギャギャギャッ!! と回転しながらエンパイアタワーのロータリーに滑り込み、入り口付近でいい感じに停車した。

 しかし、車内は運転席以外は荒れ模様で、ユーシアは車窓にべったりと張り付いた状態で荒々しい運転の腕を披露してくれたリヴに苦情を言う。


「……もう少し、マシな運転はできなかったの……?」


 ユーシアはジト目で運転席に座る青年を睨みつけると、エンジンを切ったリヴは「あははは」と笑い飛ばしてきた。


「でもスリルがあって楽しかったでしょう?」

「これ、スノウリリィちゃんにバレたら怒られるよ」

「リリィなんて敵ではありませんよ。一度殺してやればいいんです」

「シンデレラの【OD】になって生き返るようになったからって、そんな乱暴な真似はやめてあげてよ。ネアちゃんの為にも」


 家で帰りを待っている金髪の少女(中身は幼女ロリ)と銀髪のメイドの姿が脳裏を過ぎり、ユーシアは苦笑いでリヴに言う。

 遠くに聞こえるパトカーのサイレンから逃げるように、ユーシアとリヴは急いでエンパイアタワーのエントランスに駆け込んだ。当然、営業時間外なので自動扉は開かず、仕方なしにライフルケースを叩きつけてガラスを割って侵入した。


「最上階だからエレベーターかなぁ」

「階段で行きたいのであればどうぞ」

「やだよ、アリスを殺す前に俺が死んじゃう」


 冷たく突き放してくるリヴにユーシアが肩を竦めると、エントランスの奥からコツンという足音が聞こえた。

 まさか、待ちきれなかったアリスがエントランスまで迎えにきたのか? 実にあり得る未来である。ユーシアはライフルケースから純白の対物狙撃銃を取り出し、リヴは黒い雨合羽レインコートの袖からサバイバルナイフを滑り落とす。

 その足音の主は、すぐに現れた。


「おきゃくさん、ですかぁ?」


 高く甘い少女の声。

 小さい身長に、ふわふわとした純白のワンピース。細い首からは厳しい鉄鎖がかけられて、未発達な胸元で揺れているのは銀製の懐中時計。

 愛らしい顔立ちには不思議そうな表情が浮かび、闖入者であるユーシアとリヴを眺める瞳は妖しく輝く赤い色。艶やかな金の髪。

 一〇歳前後の少女が、階段を降りてきた。


「…………」

「…………」

「リヴ君、ストップ。誘拐はダメだよ、養う余裕はないの」

「え、ダメですか……?」

「そんな顔をしてもダメだよ!?」


 さっそくロリコンが発動してしまい、誘拐するつもり満々だったリヴはユーシアに止められて悲しそうな顔をする。誘拐できると思ったら大間違いである。

 階段を降りてきた少女は赤い瞳を瞬かせ、そして「おきゃくさん?」と再び疑問を口にする。


「そうですよ、僕たちはお客さんです。白兎シロウサギさんに用事があるんですよ」


 幼女に対しては紳士なので、リヴは努めて丁寧に対応する。

 懐中時計を首から下げた少女は、カクンと首を傾げて言う。


「しろうさぎ?」

「そうです。胡散臭そうな笑顔を浮かべた人なんですけど」

「リヴ君、ちょっと一旦ストップ」


 ユーシアは紳士的な姿勢で幼女と会話するリヴを制して、


「お前さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なにかなぁ? わたしにもわかること?」


 幼女は首を傾げて聞いてくる。

 その白々しい態度に言及することなく、ユーシアは問いかけた。


「お前さん、何歳なの?」

「わたし、まだこどもだからわかんない」

「目尻に小皺があるよ」

「ウッソでしょ、化粧で誤魔化してるのにそんな訳ない――あ」


 高く甘い少女の声が、一転してやや乱暴な女の声になる。

 少女は慌てた様子で懐中時計を開くと、その蓋の部分を鏡にして目尻を確認し始めた。そして気づく、自分はユーシアの策に嵌められたのだと。

 リヴはよく分からないとでも言うかのように、


「あのー、シア先輩」

「なにかな?」

「幼女じゃないってなんで分かったんですか?」

「お酒の臭いがしたからね。逆にリヴ君は気づかなかったの?」

「……そういう香水でもつけているのかと思ったんですよ。最近の幼女はほんの少しだけお姉さんぶりたいので」

「マセガキを丁寧に言うとそうなるんだね。俺も語彙力の勉強になるなぁ」


 ユーシアは苦笑した。

 あの幼女っぽい誰かから、お酒の臭いがしたのは事実だ。子供が酒を嗜むなどあり得ないし、世の中には合法ロリというものが存在する。

 おそらくだが、彼女はその合法ロリに分類されるだろう。


「あ、アタシを騙したねッ!!」

「騙したなんて、そんなことはないよ。お酒を飲んでくるお前さんが悪いんじゃないか」

「ぅぐッ……だって飲まなきゃやってらんないだろォ!?」

「幼女として振る舞うなら徹底しなきゃ。そうでしょ、リヴく――ん?」


 ユーシアが不敵な笑みと共に振り返るが、そこに相棒の姿はなかった。

 どこに行った、と探すより先に、幼女もどきが「きゃッ」と可愛らしい悲鳴を上げる。見れば、いつのまにか幼女もどきに急接近していたリヴが、サバイバルナイフを振り抜いていた。

 髪の毛を切られたのか、数本の金髪が虚空を舞う。ゆらりと幽霊のように立つリヴから距離を取った幼女もどきは、金切り声で訴えてきた。


「なにするのよ!!」

「こっちの台詞ですよ、合法ロリは地雷です!!」


 どうやら、合法ロリはリヴの紳士協定に反するものだったらしい。


「さっきと態度が違うじゃない!!」

「純粋無垢な幼女を穢すことはこの僕が許さないんですよあと単純に僕の純情を弄んだ罪をその体を八つ裂きにして償ってもらいますよ今ここでナウ!!」

「リヴくーん、暴走してるよー」


 殺意フルスロットル状態のリヴは、サバイバルナイフの柄を口に咥えると、ブンと一度だけ空いた両手を振った。

 すると、ぶかぶかだった雨合羽の袖から銀色のなにかが滑り落ちてくる。よく見れば、それは食事用の銀食器シルバーのナイフだった。片手で三本、合計六本の銀食器を握りしめると、彼は飛び道具として合法ロリに向かって投げつけた。

 しかし、空を裂いて飛んでいく銀食器が少女を貫く寸前のこと、


「停止」


 少女が胸元に下げていた懐中時計の竜頭りゅうずをいじると、ピタリと銀食器が動きを止めた。

 虚空で静止する銀食器の前から退くと、少女は再び竜頭をいじる。虚空でピタリと止まっていたはずの銀食器は、何事もなかったかのように動きを再開させ、少女の横を素通りし、やがて地面に落ちてカランカランと軽い音を奏でた。

 懐中時計を首から下げている、という特徴だけでなんとなく察することはできたが、まさか本当に予感が的中してしまうとは思わなかった。ユーシアは面倒臭そうに舌打ちをすると、


「アリスの前に邪魔者って訳だね」

「悪いけど、白兎さんのところは行かせないから」


 金髪の少女は懐中時計を握りしめ、未発達の胸を張って大胆不敵に笑う。


「白兎さんの右腕の有栖川アリスガワでーす、見ての通り【OD】でーす」

「ちなみに異能力は?」

「時間を操る異能力さ。残念だけど、今ここで死んでもらうから!!」


 時間を操る異能力とは、また面妖で厄介なものだ。

 ユーシアは純白の対物狙撃銃に弾丸を込めながら、


「アリスの前哨戦ってところかね」

「合法ロリは殺します。完膚なきまでに殺してやります」

「リヴ君、私怨が入ってる訳じゃないよね?」


 すでにバーサク状態へと突入した相棒の背中を眺め、ユーシアはため息を吐いた。

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