第5章【アリスは夢を見る】
「じゃあな、ユーシア。またこいよ」
「……今度は変な薬をお勧めしないでね」
「じゃあ今度は完全に猫になる薬でも作ってみるか」
「やめろ二次元お約束お薬シリーズ!!」
自分が被害を被りそうだからか、ユーシアはぷりぷりと怒りながら去っていった。
ユーリはその背中を見送って、さて自分の店に帰ろうと踵を返す。
昼食の時は慌てて話題を変えたが、実のところ、ユーリはユーシアが何故消えたのか知っている。
「まだ復讐に囚われてるのか、あいつ……」
煙草の箱を取り出しつつ、ユーリはポツリと呟いた。
戦争が終結すると同時に、彼の家族がアリスの【OD】によって殺害された。あまりにも無残に、残酷に、残忍に、丁寧に。潰されて、引き裂かれて、見るに耐えない死に様だったと聞く。
ユーシア・レゾナントールが【DOF】に手を染めたのは、それからだ。彼は逃げるように家族の幻想を求めた。
「【DOF】は都合のいい幻覚を悪夢に変える魔薬だぜ。そこに家族の幻影を求めたらダメだろ」
やれやれ、と肩を竦めるユーリは、ふと自分の店の前に誰かがいることを認識した。
黒いスーツを着た、金髪の男である。ユーシアとは違って見事な金髪を後頭部に撫でつけ、ボリボリと薬をラムネ菓子よろしく口に運んでいる。ユーリはその薬が、一目で【DOF】であると分かった。
「あー、お客さんか?」
ユーリの質問に対して、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべる男は、口の端からポロポロと【DOF】をこぼしながら言う。
「こちらはユーシア・レゾナントール様がご利用なさるお店ですか?」
「ユーシアの知り合いか? 今ならまだこの辺りにいるはずだけど」
「いえ、会いに行くのはあとでできますので。――それで」
優男の姿が変質する。
ゆっくりとその見事な金色の髪が伸びていき、すらりとした身長は縮み、それはまるで子供の姿のようで――、
その姿を目の当たりにしたユーリは、顔の筋肉を引き攣らせた。見覚えのある【OD】だったからだ。
その【OD】は過去最悪と呼ばれていた極悪人。殺戮を喜び、楽しみ、平気で他人の命を奪う狂気に塗れた夢見る少女。
彼女はギザ歯のティースプーンをどこからか生み出して、引き裂くように微笑んだ。
「あなたを殺してもいいでしょうか?」
そして、神速でティースプーンが振り抜かれる。
☆
「この薬品、いつ試してみましょうか」
「やめてくれる? いやもうこの際だから幼児化は飲んでもいいけど、性転換だけは本当に勘弁して」
「なんだかんだ優しいですね、シア先輩。甘いとも言う」
「身の危険を回避したいからだよ。お前さん、絶対に手足を切り落としてでも飲ませようとしてくるでしょ」
変な色の液体が入った小瓶を掲げるリヴに、ユーシアはため息を吐く。どうしても魔女の弟子が作った魔薬を飲ませたいようだ。何故にそんな二次元お約束お薬シリーズに夢を見るのか。
どうせロクな結果にならないとユーシアが全てを諦めると、
「……あら?」
スノウリリィがなにやら背後を振り返って、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんです、リリィ。拾い食いはダメですよ」
「犬猫じゃないんですから、そんなことはしませんよ!! いえ、そうではなくてですね」
リヴの冷やかしにムキになって言い返したスノウリリィは、
「何故か後ろがとても騒がしい様子なのですが、一体なにかあったのでしょうか?」
「……?」
ユーシアは背後を振り返る。
人で
誰かが【OD】の異能力でも使って暴れたのだろうか? そうだとしたら面倒なので殺してやらなければ、こちらにも被害が及ぶかもしれない。
「リヴ君」
「了解です。ちょっと探ってきますね」
黒い
ユーシアは彼が消えるところまで確認すると、薬瓶から【DOF】をザラザラと手のひらに出す。五粒の錠剤をまとめて口の中に放り入れると、ライフルケースを背負い直した。
「ネアちゃんとスノウリリィちゃんは、俺から離れないでね。危ないから」
「ん、わかったの」
「は、はい」
ただならぬ気配を感じたのか、スノウリリィはネアと手を繋いでユーシアの背中に隠れる。
背負い直したライフルケースを下ろして、ユーシアは中から対物狙撃銃を取り出した。純白の狙撃銃を構えると、人混みを掻き分けてやってくる何某をいつでも撃てるように照準する。
やがて、人混みを掻き分けて悪意は現れる。
「おや、こんなところで会うなんて奇遇ですねぇ」
「お前さんは……」
鼻孔を掠める鉄錆の臭い。
それらを纏って現れたのは、金髪を後頭部に撫で付けた優男――
間違いない、あれは血だ。この男、どうやらこのアンダーグラウンドで人を殺してきたらしい。
「お前さん、何しにきたの?」
「そうですね。貴方に会いにきたとでも言いましょうか?」
カクン、と壊れた人形のように首を傾げる白兎に、ユーシアは若干の恐怖を感じた。
下手をすれば、背後で庇う二人の少女たちが殺されてしまう可能性もある。そんな危ない気配が、今の白兎から漂っていた。
「ほら、ユーシアさん――こちらを見てどう思われます?」
そう言って、白兎が背中から取り出したものは、
見知った、男の首だった。
「――――」
首の断面は無理やり引き千切られたというより、なにかギザギザしたもので裁断されたかのような切り口である。ぼたぼたと赤い液体が絶えず落ちるそれは、黒い髪の毛で目を閉ざされたその顔は、数分前に別れたあの遊興屋の弟子で。
翡翠色の瞳を見開くユーシアの脳裏で、彼の言葉が、彼の声が再生される。
――あれ、ユーシアじゃねえか。お前こんなところでなにしてんの?
――こんなぼったくりなんかに頼らなくてもいいって。オレが完璧に調薬してやるから。
――なら、オレも昼飯をご一緒してもいいか? 実はまだなんだわ。美味い店を紹介してやるから。
――じゃあな、ユーシア。またこいよ。
笑いながら人混みの中に消えていく彼の背中を見たのが最後。それから彼は、殺されてしまったのか?
嘘だと信じたい。それでも白兎が持っている彼の首が現実を突きつけてくる。
「――ッ、お前!!」
激昂したユーシアは、純白の対物狙撃銃を構える。銃口を白兎に突きつけると、
「おやおや。いい表情を見せてくれるじゃありませんか」
白兎が引き裂くような笑みを浮かべ、ユーシアの喉元にギザギザしたなにかを突きつけてくる。
それはティースプーンだった。身の丈を超すほど長大な、誰が使うか分からないギザ歯のティースプーン。
ユーシアの記憶に、それを使っていた人物の姿が蘇る。それは、ユーシアから家族を奪った張本人。
「ああ、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く!!」
白兎は男の生首を投げ捨てると、薬瓶をひっくり返して中身の【DOF】を全て口の中に収めた。口の端から【DOF】をポロポロとこぼしながら、その錠剤を美味そうにかっ喰らう。
すると、白兎の体に変調があった。徐々に彼の身長が縮んでいき、スーツが魔法のように青いワンピースと白いエプロンの衣装に変わる。後頭部に撫で付けた金髪は背中を流れ、頭頂部に黒いリボンが揺れる。
ティースプーンを担いだ幼い少女は、恍惚とした表情で欲望を叫んだ。
「――――あなたを殺したいッ!!」
その姿は、
その声は、
まさしく、
「――ありす」
ああ、なんということだ。いつか、誰かが言っていた。アリスは近くにいると!
怪しんではいたが、まさか白兎がアリスだなんて誰が思うだろうか!!
こんなところで出会えたのが心底嬉しい。殺してやるこっちだって殺してやる早く殺したい殺してやりたいその細い首を手折って眉間に風穴を開けて心臓を貫いて皮膚を引き裂いて手足を折ってぐちゃぐちゃにしてああ、ああ、ああああああ!!
「――ありす、ありす、ありすありすありす!! ああ、俺もお前を殺したい!! さあ殺してやる!! 何度でも何度だってその原型がなくなるまで殺してやるよ!!」
ずっと会いたかった彼女に出会えて、ユーシアの思考回路はすでに焼き切れた。
純白の対物狙撃銃の薬室に銃弾を叩き込み、ユーシアは心底嬉しそうに叫んでいた。
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