第4章【愉快な昼食の時間】

「ほい、完成したよ」


 ユーリが台座の上にゴトゴトと音を立てて置いたのは、薬瓶と液体が入った瓶がいくつか、それから可愛らしい陶器に入ったたくさんの飴玉だった。ちゃんと注文通りに作ってくれたらしい。

 ユーシアは薬瓶を、リヴは液体の瓶を、ネアは飴玉が詰め込まれた陶器をそれぞれユーリから受け取る。

 受け取った【DOF】の代金を支払うべく、ユーシアが代表して財布を出すと、


「全部で纏めて五万でいいよ」

「え、一人五万じゃないの?」

「そこのお兄ちゃんに幼児化薬と性転換薬を買ってもらっちゃったし。【DOF】は安くしてやるよ」


 ユーリが満面の笑みでそんなことを言ってくる。本当に二次元のお約束的な薬を買っていたのか、このロリコン暗殺者。

 しれっと明後日を見上げるリヴに湿った視線をくれてやったユーシアは、ユーリが提示する五万ドルを支払った。しばらくは飲み物や食べ物に細心の注意を払わなければならない。


「ところで、これからどうするんだ? 真っ直ぐ帰る?」

「え? いや、このアンダーグラウンドを見て回ろうかと思ったけど」


 ユーリの思いがけない質問に、ユーシアは首を傾げながらも答えた。


「なら、オレも昼飯をご一緒してもいいか? 実はまだなんだわ。美味い店を紹介してやるから」

「あら、いいのかい? 別にこっちは問題ないけれど――」


 ユーシアはユーリの提案を受けるかどうか、同行者に視線を巡らせる。

 リヴは薬を買ってご満悦なのか「全然問題ないですよ」と珍しく許可を出し、ネアもスノウリリィも「さんせーい!!」「はい、私も賛成です」とユーリを簡単に受け入れる。ネアやスノウリリィはともかく、リヴにまであっさりと受け入れられるとは彼の人柄の良さが影響しているのだろうか。

 やれやれと肩を竦めたユーシアは、


「じゃあ、アンダーグラウンドの案内を頼もうかな。しばらくきてなかったから、道を忘れちゃってるし」

「合点承知」


 快活な笑みを浮かべて応じたユーリは「じゃあ店の外で待っててな!!」と言い残して、支度をする為に店の奥へと引っ込んだ。

 暗闇に消えていく見知った背中を見送ったユーシアの背後から、いつのまに接近してきたのかリヴが声を潜めて問いかけてくる。


「この薬、試してみてもいいですか?」

「やめてくれる? それ本当に効くんだよ」

「試したことがあるんですか?」

「出会い頭に猫になる薬をぶっかけられたことあるね」


 今思い出しても、あれは酷いものだった。本当に自分の頭に猫耳が生えて、尻から尻尾が生えてくるとは思わなかったのだ。まさに二次元のお約束である。

 遠い目をするユーシアに、リヴは二種類の小さな瓶を握りしめて「楽しみですね」と小声で何かを企むような言葉を呟いた。


 ☆


 アンダーグラウンドの街並みは、不思議なことに表の世界と変わらないぐらいに賑わっていた。

 中でも多いのが、やはり本屋や図書館だろうか。書籍の立ち読みをしている客が、そこかしこに目立つ。


「なんで、ここにはほんやさんがおおいの?」

「【DOF】の他に絶版本を取り扱って稼いでるからだよ」


 ネアの素朴な疑問には、ユーシアが答えた。

 このアンダーグラウンドを訪れる客の大半は【OD】か、絶版本を求めて黒い噂を嗅ぎつけた蒐集家コレクターぐらいのものだろう。マニアからすれば垂涎物の絶版本が、アンダーグラウンドなら手に入ってしまうのだ。


「絶版本の他にも雑貨や普通に書籍を取り扱って稼いでるところもあるよ。――っと、ここだここ」


 先頭を歩いていたユーリが、不意に立ち止まる。

 彼の前には、目的地であるレストランがあった。客足はそこそこと言ったところで、座席にもまだ余裕はありそうだ。


「ここのビールが美味いんだよ」

「こっち大半が未成年なんだけど」

「酒以外も料理はあるよ。心配すんな」


 半眼で睨みつけてきたユーシアを無視して、ユーリは店の中に入って行ってしまう。彼の薬の腕前は一級品だが、好物の酒を前にすると自制が利かなくなるのが欠点とも言えた。

 このまま置いていこうかとも思えたが、リヴが「入らないんですか?」と入店を促してくるので仕方なしにユーシアもユーリの背中を追いかける。

 洒落たレストランというより、ダイナーに近いだろうか。弾むようなポップスが店内の隅々まで響き渡り、テーブル席が雑多に配置されている。


「おーい、こっちこっち」


 すでに席を陣取っていたユーリの手招きを受けて、ユーシアたちはようやく椅子に座ることができた。


「随分と賑やかな店内ですね」

「まあな。でもここまで落ち着いた店は珍しいぞ。――店の端を見てみろ」


 リヴの感想に応じたユーリが、店の端に張り出された紙を指で示す。

 そこにはデカデカとした文字で『店内での乱闘・暴行を禁ず』とあった。どうやら喧嘩を禁じているようだ。


「アンダーグラウンドは遊興屋ストーリーテラーの弟子がたくさんいるからな。ここも遊興屋の弟子が経営しているダイナーだし。何をされるか分かったもんじゃねえ」


 けらけらと笑いながら言う彼も、遊興屋から二次元お約束の薬の数々を学んだ弟子の一人だ。下手なことをすれば抵抗できないアレソレをしてくるに違いない。

 やたらと露出の高いウエイトレスに適当な料理と飲み物を注文したユーシアたちは、何故か話題がユーシアの過去に移っていく。


「シア先輩の昔ってどんなでした?」

「リヴ君、そのお話はあんまり出してほしくないんだけど」

「あー、目に映る奴らは全員殺す的な感じだったよ。第一印象は」

「ちょっと!?」


 どこかワクワクとした様子でユーシアの過去を聞き出そうとするリヴを睨みつけ、さらに嬉々として語り出そうとするユーリの口を無理やり手で塞いだ。それ以上は話題に出してほしくない。

 モゴモゴと何かを訴えている様子のユーリは「だってなァ」と言うと、


「『白い死神ヴァイス・トート』って言えば、革命戦争の英雄様だ。終結にまで導いたんだぜ? そりゃあ過去の一つや二つぐらいは気になるだろ」


 あっけらかんと言い放つユーリに、ユーシアは「そんなものなのかなぁ」と納得できなさそうに呟く。


 革命戦争。

 端的に言えば【DOF】によって異能力を獲得した【OD】率いる革命軍と、それらを武力で阻止しようとする革命阻止軍の衝突である。ユーシアはそのうち、革命阻止軍で狙撃兵として所属していた。


 そのうちの司令官を仕留めたことで、戦争は終結。――同時に、ユーシアが電撃引退をした頃合いだった。


「驚いたよ。痕跡を残さずに消え失せるなんてな」


 先に注文したビールに手をつけながら、ユーリが何でもないような口調で言う。


「二〇年近く続いた革命戦争が終わった途端に、お前は表世界から姿を消した。革命阻止軍のお偉方はてんやわんやだったろうな、革命軍の指揮官にトドメを刺した英雄様が忽然と姿を消したんだから」

「……こっちにだって事情はあるの」


 ユーシアは苦い表情で、ユーリに言う。

 あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。【DOF】が忘れ去ってくれればよかったのに、とさえ。

 戦争が終わって、それから家に帰れば、あの地獄が待っていた。赤、赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤、鉄錆と肉片と臓物とそれから一体なにが転がっていた? それは誰のものだった?

 ――荒れ果てた家にいたのは、果たして誰だった?


「シア先輩」

「イッタ!? なにするのリヴ君!!」

「怖い顔をしていたんで、殴らせていただきましたよ」


 しれっとユーシアの頭を引っ叩いてきたリヴは、毒々しい色合いの炭酸飲料に突き刺さったストローを咥える。


「思い出にふけるのはいいことですが、時と場所を考えてくださいよ」

「……うん、ごめん」

「アンタのやりたいことには協力するんですから、心配しないでください」

「うん……」


 思い出してしまった悪しき記憶を振り払うように、ユーシアもユーリと同じビールを呷った。掘り起こされてしまった悪しき記憶を、アルコールと共に胃の腑へ落とす。

 とんでもない地雷を踏み抜いたと察知したらしいユーリは、二杯目のビールを注文しながら、


「あ、幼児化の薬は二四時間で効力がなくなるから、安心してな」

「今のどこに安心できる部分があったの?」

「ちなみにこれ、記憶は年齢に応じて退行するんですか?」

「一体なにを聞いてるのかな、リヴ君?」

「残念ながら記憶は退行しないんだよな。姿だけ変わって中身はそのまま」

「お、二次元のお約束ですね。試す時が楽しみです」

「リヴ君。俺、今だけお前さんのことが信用できないよ。どうしてだろう」


 幼児化される危険性を察知したユーシアは、深々とため息を吐いた。

 ちなみに性転換薬の方だが、


「あー、それはセッ――」

「言わせねえよ!!」

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