第2章【ゲームルバーク大図書館の地下へ】
リヴの運転する車に乗り込み、ユーシアたちはゲームルバーク大図書館へ向かう。世界中の誰よりも理不尽に他人を殺している彼らが、まさか図書館などという公共施設へ進んで向かうなど驚きだ。
後部座席に乗っているネアは、これから【DOF】を買いに行く場所がどんなところなのか楽しみな様子で「わっくわっく!」とはしゃいでいた。その隣で、スノウリリィはこれから危ない場所にでも連れ込まれるのではないかと、自分の身を案じている様子だった。
「ゲームルバーク大図書館にはすぐに着くけど」
「ほ、本当に大丈夫なんですよね!?」
助手席から後部座席を振り返って言うユーシアに、スノウリリィが青い顔で詰め寄る。先程からどんな危険が待ち受けているのか心配なのか、ガタガタと小刻みに震えている気配さえあった。
確かに犯罪都市と名高いゲームルバークだが、図書館はさすがに犯罪の温床とはなっていない。もっとも、【DOF】の販売場所となっている時点で危ない場所だと思われてもおかしくないが。
丁寧なハンドル捌きを見せながらリヴが「うるさいですよ、リリィ」といつものように辛辣な言葉で応じる。
「シア先輩が大丈夫って言ったら大丈夫なんですよ。信用できなさそうな面はしてますが、嘘は言ってないので」
「……リヴ君、俺ってそんなに信用できなさそうな顔をしているの?」
ユーシアがジロリとリヴを睨みつけると、いつでも真っ黒なてるてる坊主は「あはは」と誤魔化すように笑い飛ばした。
車に乗ることおよそ二〇分ほど、ユーシアたちの前に現れたのは白を基調とした巨大な四角い建物だった。
「わあ! おっきなはこがたくさん!」
「あれがゲームルバーク大図書館だよ」
車窓に張り付いて歓声を上げるネアに、ユーシアは言う。
ゲームルバーク大図書館は、立方体の集合体と表現しても過言ではない建物だった。巨大な立方体から、子分のような小さい立方体がそこかしこに張り付いているのだ。
独特な形をしたゲームルバーク大図書館は、今日が平日ということもあって利用者は少ない。それでも親子連れがそこそこいるらしく、乳母車を押す母親らしき女性の姿が何人か見えた。
見るからに麻薬など売っている場所には見えないが、こんなところで本当に【DOF】は売っているのだろうか?
「【DOF】が売っているのは、ゲームルバーク大図書館の地下だよ」
「ち、地下にはやっぱり怪しい会場が……」
「スノウリリィちゃんは一体どういうイメージを持っちゃってるの?」
麻薬を買いに行くのだからやはり危ない場所、とスノウリリィの固定観念が消えないでいるので、ユーシアはため息を吐くしかない。
どこまでも疑念が消えないスノウリリィを放置して、ユーシアたちはゲームルバーク大図書館に到着するのだった。
☆
図書館内はお静かに、などと書かれたポスターの横を素通りして、ユーシアたちはゲームルバーク大図書館の内部に足を踏み入れる。
館内はそこかしこに背の高い本棚が乱立していて、本棚には様々な蔵書が詰め込まれている。絵本、小説、図鑑、料理本から新聞まで幅広い書籍や雑誌を取り扱っているようだ。
「あ、あの、ユーシアさん」
「どうしたの? そんなに青い顔をして」
後ろから砂色の外套の裾を引っ張ってきたスノウリリィへ振り返るユーシアは、彼女の顔色の悪さに首を傾げる。
これほど立派な図書館を前にして、何故そんなに顔を青褪める必要があるのだろうか。これできちんとした図書館であることは証明できたのに。
「あの、なんでライフルケースまで……? もしかして、図書館で誰かを殺すつもりじゃ……?」
「そんな毎日殺すような真似はしないよ、リヴ君じゃあるまいし」
「おや、シア先輩。さっきの意趣返しですか?」
「そうだよ。俺のことを信用できない顔だって言ったの、割と気にしてるからね」
図書館の中ではだいぶ目立つ黒い
ユーシアはしれっと持ち込んだライフルケースを掲げると、
「これがなきゃ、地下空間には入れないからね。俺の象徴みたいなものだからさ」
「そのライフルケースがですか?」
「正確には、ライフルケースの中身だけどね」
訝しむスノウリリィに、ユーシアは笑みで返す。
ライフルケースの中に横たわっているのは、ユーシアの商売道具である純白の対物狙撃銃だ。かつて、戦場にて共にした為に『
この目立つ狙撃銃を使っているおかげで、ユーシアは【DOF】の売人からめでたく顔を覚えられたのだ。世の中には色々な人が【DOF】を求めてくるので、少しでも特徴を持たないと売ってくれない。
お菓子特集が組まれている雑誌に視線が釘付けになっていたネアを引き連れ、ユーシアは図書館の階段に向かう。ゲームルバーク大図書館の端にある館内を行き来する為の階段は、地下に繋がるものは一切ない。
「どうやって行くんですか? 地下への階段はありませんが……」
「そりゃもちろん、こうするんだよ」
ユーシアは、関係者以外立ち入り禁止と書かれた札が下がる扉を顎で示す。リヴは彼の意図を汲んだようで、閉ざされた扉の前にしゃがむと鍵穴の部分に
ガチャガチャと鍵開けを実行すること、およそ一〇秒。
「開きました」
「ナイス、リヴ君」
閉ざされた扉を開けると、その向こうに伸びていたのは下へ繋がる階段だった。地下空間に繋がっているのは明らかである。
スノウリリィが背後で「ひぇッ」と悲鳴を上げるが、お構いなしにユーシアとリヴは下に伸びる階段を下りていく。ネアも下りることは怖くないようで、鼻歌を歌いながら嫌がるスノウリリィの腕を掴んでずるずると引きずりながら階段を下りてきた。
「神様、どうか神様、我らをお守りください……!!」
「傍観主義の神様に祈ってどうするんです。アイツら、なにもしてくれないじゃないですか」
平然と神を冒涜するリヴに、スノウリリィが「どうしてそんな酷いことを言うんですか!!」と憤慨する。
薄暗い階段にスノウリリィの甲高い声がキンと喧しく響くと同時に、低い嗄れ声がどこからか忍び寄ってくる。
「おお、おお、眠り姫、そして親指姫。おお、こちらはピーターパン、二人目のシンデレラもいるのぅ」
先頭を歩いていたユーシアは、ピタリと足を止める。
いつのまに立っていたのか、そしていつのまに終着点についたのか。小さな扉の前に胡坐を掻いて居座る、分厚い
袖や裾から垣間見える手足は枯れ枝のように痩せ細り、軽く小突いただけでも死んでしまいそうなほど細くて小さな老人だ。彼は肩を揺らしながら低い嗄れ声で笑うと、
「おやおや、シンデレラの方は生娘みたいな反応をするのぅ。安心せい、取って食ったりはせんわい」
ふぉふぉふぉ、と老人は笑うがスノウリリィの疑念は払拭できないようだ。もうなにをしても無駄である。
ユーシアはやれやれとため息を吐くと、
「爺さん、実は【DOF】を買いにきたんだよ」
「ええじゃろ、もうそろそろくる頃合いだと思っておったからのぅ」
よっこいせ、と老人は立ち上がると、小枝のように細い指先でドアノブを掴む。ドアノブをキュッと捻ってやると、扉は簡単に開いた。
扉の隙間から、甘い香りと共に賑やかな話し声が聞こえてくる。
「ようこそ、アンダーグラウンドへ。ふぉふぉふぉ」
扉の向こうに広がっていた景色は、図書館の地下空間と片づけるにはあまりにもかけ離れたものだった。
歪んだ笑顔を浮かべる三日月に赤や青の星々が瞬く紺碧の空、その下には書店や図書館などの書籍を扱う店や施設なんかがずらりと並ぶ。行き交う人々は誰も彼もが曇った眼差しで書店が並べる書物を眺めたりしていて、中にはちらほらと見受けられる酒屋や大衆食堂で安酒を呷っている連中までいる。
「……夢ですか?」
「いいや、残念ながら現実だよ」
小さな扉を潜りながらユーシアは、
「言ったでしょ、魔薬だって。【DOF】は
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