小話【どうしてこうなった?】

「ユーシアさんとネアさんはきゃーきゃー騒ぎすぎです。朝からご近所迷惑であることに自覚を持ってください。そしてリヴさんはお経を唱えることを今すぐ止めてください。気味が悪いですよ」

「いあ、いあ、はすたあ、はすたあ」

「邪神を呼び出す気ですか!?」


 腰に手を当てて仁王立ちしているスノウリリィは、ついに邪神召喚の呪文まで唱え始めたリヴに目を剥いて驚く。

 ユーシアも驚いていた。スノウリリィ・ハイアットという銀髪のメイドは、つい昨日死んだはずなのだ。それをリヴも、ネアも確認している。

 それなのに。

 目の前で怒りを露わにし、そして自分たちを正座させて説教しているこのメイドは誰だ?


「えーと……スノウリリィちゃんでいいんだよね?」

「それ以外でなにに見えるんですか?」


 ジロリとスノウリリィに睨みつけられて、ユーシアは萎縮する。どうしよう、いつもならからかって遊んでいるスノウリリィが直視できない。

 肝心のネアは、生き返っているスノウリリィをジロジロと観察していた。「ほんもの?」とか「にせもの?」と自分のメイドの真偽を確かめているようで、スカートを引っ張ってみたり、銀髪をバサバサと手で払ってみたりと確認作業に勤しんでいた。本気でやっているものだから、スノウリリィ本人も注意ができないようだった。


「あの、スノウリリィちゃん。昨日のことって覚えてる?」

「昨日ですか? 昨日はユーシアさんとリヴさんがお買い物に行って、頭のおかしなお客さんをまた理不尽に殺したと言っていませんでしたっけ?」


 スノウリリィが不思議そうに首を傾げて答えるが、ユーシアはそこでおかしな部分を発見した。

 ユーシアの言う『昨日』は、ゲームルバークショッピングモールへ出かけたことだ。そこでスノウリリィは頭のおかしな男に殺されて、死んだはずだった。

 しかし、今スノウリリィが話した『昨日』の話は、。昨日、一昨日ときてその前の日を彼女は『昨日』と認識するのだろうか。

 リヴもさすがにスノウリリィのおかしな発言に気がついたようで、邪神召喚の呪文を唱えることを止めた。そして、雨合羽レインコートの袖から注射器を取り出すと、


「リリィ、これを使いました?」

「それってリヴさんがよくお使いになっている【DOF】ではありませんか!! 使いませんよ!!」


 スノウリリィが全力で拒否反応を見せる。

 常識人である彼女は麻薬すら毛嫌いし、ユーシアやリヴが【DOF】を服用することを快く思っていない。だが家主以前に、彼らに逆らえば自分の命が危ないとして特になにも言ってこなかったのだ。


「じゃあ、俺の【DOF】を頭痛薬と間違えて飲んだとかもないよね」

「当たり前です!! そんな麻薬をラムネ菓子みたいにポリポリ食べられる人なんていませんよ!!」

「いや世の中には色んな人がいるよ」


 ユーシアはスノウリリィの主張に対して、苦笑しながら返す。

 彼の脳裏によぎったのは、あの金髪を後頭部に撫でつけた胡散臭い笑みの闇兎――もとい白兎シロウサギである。あの男は常日頃から【DOF】をラムネ菓子よろしくボリシャリとかっ喰らっている。

 残された道はあと一つ。ユーシアはネアを示すと、


「ネアちゃんの飴玉を食べた?」

「え? あ、はい。それはいただきました。ネアさんが一緒に食べようって言って渡してきてくれましたので」


 あっけらかんと言い放つスノウリリィ。

 その回答に、ユーシアとリヴはようやく納得できた。


「あーあ」

「なるほど、そういうことですか」

「え? なにがです?」


 納得したように頷く二人に、首を傾げるスノウリリィ。

 ユーシアはスノウリリィの真偽を確かめ中のネアを呼び寄せると、少女の頭をポンポンと撫でてやりながら、


「ネアちゃん、よかったね。スノウリリィちゃんは本物だよ」

「そうなの?」

「そうだよ。だってあの子はめでたく【OD】になっちゃったからね」


 ええ!? と今度はスノウリリィが驚きを露わにする。

 そういう理由でもなければ、死んだはずのスノウリリィが生き返ることはあり得ないだろう。この世で最も人間離れした存在は、お伽話とぎばなしの麻薬【DOF】を服用しすぎて異能力を手に入れた【OD】ぐらいのものだから。


「そ、そんな、わた、私が……?」

「ネアちゃんの飴玉も立派な【DOF】だよ。残念だけど、お前さんもとうとうこちら側の仲間入りだ」


 愕然とするスノウリリィの肩を叩き、ユーシアはにっこりと満面の笑みを見せた。そのすぐ後ろではリヴがスノウリリィを観察し、


「リリィと似たような【OD】がいましたね。一二時ジャストになると体がリセットされて、元通りの状態になるという異能力が。確かシンデレラじゃありませんでした?」

「あれ、それって死んだんじゃなかったっけ?」

「あの時は焼却炉に突っ込んだので、今も焼けているんじゃないですか?」


 シンデレラの異能力は損傷した体が一二時を迎えると、元通りの状態にリセットされるというものだ。スノウリリィの記憶が欠落しているのも、それは昨日の記憶もリセットされたからだろう。

 ちなみに死体の場所まではリセットされないので、かつてシンデレラの異能力を発現させてユーシアとリヴに焼却炉に叩き込まれた【OD】は、今もなお燃やされ続けていることになっている。


「いやー、リリィが死んでも死なない【OD】になるとか驚きですよ」

「そうだねぇ。今日はリリィちゃん復活記念でお祝いだね」

「おいわい!? やったー!!」

「こ、こんなの嬉しくないです!!」


 スノウリリィが生き返ったことで喜ぶ三人をよそに、意図せず【OD】になってしまったスノウリリィの悲鳴がゲームルバークに響き渡った。

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