第6章【殺意に満ちた三月兎】
「酷いお人ですね」
そこはゲームルバークショッピングモールの屋上庭園だった。
あまり人気がない屋上庭園を訪れた
ベンチに座っていたのは、黒い髪が特徴の細身の男だった。白いシャツと細身のジーンズから伸びる手足は長く、そして褐色肌に刺青が入っている。肌をびっしりと埋め尽くす勢いで刻み込まれた刺青が近寄り難さを発揮し、その影響で屋上庭園に人気がないのかと推測できる。
見えるところに刺青を入れた厳つい印象しかない男だが、顔立ちは整っている。切れ長の薄い青色の瞳にツンと高い鼻、引き結ばれた口元には
「ウサ公か。相変わらず胡散臭いツラしやがって」
「この顔は性分でして。申し訳ございませんが、我慢していただければ」
「ハッ、嘘吐きめ。殺したくなる」
白兎を鼻で笑い飛ばした男は、ベンチからすっくと立ち上がる。それから、慇懃な態度で胡散臭い笑みを浮かべたまま立っている白兎の胸倉を掴んだ。
「オマエのそのお綺麗なツラをぐちゃぐちゃにしてやったらよ、どれだけスカッとするかねェ。――ええ? オレの大っ嫌いな金髪だしな」
「お嫌いですか、金髪は」
「ああ、大嫌いだな。同僚を思い出して反吐が出る」
男は乱暴に
乱れてしまった襟元を正して、白兎はやれやれと肩を竦める。
「だからと言って、一般人まで殺す必要はなかったでしょうに」
「オレのやり方に文句があるなら、オマエも本性を出したらどうだ。胡散臭いツラの下じゃ、オレのことすら見下してんだろ」
屋上庭園で咲き誇る小さな花を踏みつけた褐色肌の男は、薄青の瞳で
「――ああ、その笑い方。気に食わねェ、反吐が出る、殺してやりてェ、殺してェ、殺してェなァ?」
ぶつぶつと呪詛を唱え、男はぐしゃぐしゃと庭園に咲き誇る花たちを次々と踏み潰していく。それはまるで、小さな命を踏みにじるかのように。
黒い髪を掻き上げて、男は
いや、正確に言えば、男は白兎など眼中にもない。彼はその後ろ――虚空を見据えて笑っていた。そこに誰かが立っているかのように、男は話しかける。
「なァ、そうだろ――ユーシア・レゾナントールよォ」
☆
「いっぱい買ったねぇ」
「ええ、たくさん買いましたね」
洋服屋の買い物袋を両手に持ち、ユーシアとリヴは人の出入りが激しい店の前を通り過ぎる。
この辺りの店は子供向けの商品を多く取り扱っていて、ユーシアとリヴは目的の店を探しながら歩いていた。
甲高い声を上げながら走り去っていった幼女を視線で追いかけながら、リヴがやたら楽しそうな声音で言う。
「いやー、いいですねここら辺は」
「攫おうとしないでね。うちにもう一人を養う余裕はありませんよ」
「そうなったら引っ越せばいいじゃないですか。今度はもっと広いマンションにしましょうよ」
「……リヴ君、まさか本気で誰か攫おうとしてるの? 本気なの?」
ホクホクとした顔で歩くリヴを横目に眺めて、ユーシアは「ええ……」と反応に困る。この相棒、まさか本気で紳士的によろしくない犯罪でもやらかすつもりだろうか。
その時、どこからか甲高い悲鳴が上がる。次々と子供が、大人がユーシアとリヴが進む方向と真逆を目指して走っていく。流れに逆らうようにして立ち尽くすユーシアとリヴは、何事だとばかりに首を傾げた。
「何かあったのかな」
「急ぎましょう。あっちの店にネアちゃんとメイドがいますので」
「そうだね」
リヴが先導して逃げ惑う客の流れに逆らって突き進み、ユーシアは買い物袋を抱えながらライフルケースを引きずった。
スノウリリィから送られたメールの内容を頭の中で思い出しつつ、ユーシアは並んでいる店の名前を目で追いかける。どれもこれもメルヘンな内装が特徴の女児向けの店ばかりだが、ネアとスノウリリィがいる店は――、
「あった!! リヴ君、あと三店向こうの雑貨屋!!」
「了解しました!!」
バタバタと逃げ惑う客たちに逆らいながら進むリヴだが、その足取りはいつものように軽い。さすが諜報員、人混みなど意にも介していないようだ。
メルヘンな雑貨の数々が並ぶ店までようやく辿り着くと、店から聞き覚えのある少女の甲高い声が悲鳴を奏でた。
「いやああああああああ!!」
声の主は、床にぺたりと座り込んだネアだった。
彼女の前には、銀髪の女が倒れ伏している。かすかに赤い何かも見える。
考えてはいけない。
考えたくない。
考えるな。
――――今はただ、殺せ!!
「リヴ君、そいつを殺せェ!!」
買い物袋を投げ捨てて、ユーシアはライフルケースから純白の対物狙撃銃を拾い上げる。
静寂を切り裂くように轟くユーシアの怒号に応じるように、黒い影がメルヘンな内装の店内を
「――ぇ、あ、なに嘘!?」
「死ねッ!!」
最期は正気に戻ったかのような様子を見せたが、そんなことはどうでもいい。正気に戻ろうが正気を失おうが、ユーシアとリヴの二人には関係がないのだ。
リヴの右腕が閃き、その手に握られていたナイフが男の喉笛を引き裂く。パッと鮮血が飛び散り、男は絶命する。
糸が切れた操り人形のようにその場に倒れ伏した男の死体を踏みつけて、リヴは倒れた銀髪の彼女を見下ろした。儚げな顔立ちに、苦虫を噛み潰したかのような表情が浮かぶ。
「シア先輩……」
「うん、分かってる」
ユーシアは対物狙撃銃を構えたまま、倒れた女に歩み寄る。
静かに血を流しながら眠る彼女は、ネアにメイドとしてあてがった元
スノウリリィ・ハイアット。
胸元から突き出たナイフが、彼女の息の根を止めた証拠だった。
「やだ、やだぁ!! りりぃちゃん、しんじゃやだぁ!!」
翡翠色の瞳から大粒の涙を流しながら、ネアはスノウリリィを揺さぶった。
しかし、すでに青白い顔のスノウリリィは一向に目覚めようとしない。少女がポカポカと殴っても、死体となってしまった彼女は反応すら返してくれない。
「おきて……おきてよぉ、りりぃちゃん。おきてよぉ!! まだ、まだねるじかんじゃないもん!!」
「そうですよ。リリィのくせにこんなところでくたばるなんてどうかしてますよ、ネアちゃんが起きろって言ってんだからさっさと起きてください」
しかし、ユーシアもリヴも理解していた。理解していないのは、ネアだけだ。
スノウリリィは、もう二度と目が覚めないのだと。
「ネアちゃん」
「やだ、やだ!! りりぃちゃんおきて、おきてってばぁ!!」
「ネア!!」
「ッ」
ユーシアに大きな声で呼ばれて、ネアはビクリと体を震わせる。それでも、彼女はスノウリリィから離れようとはしなかった。
対物狙撃銃をライフルケースに横たわらせて、ユーシアはライフルケースの代わりにスノウリリィを横抱きで持ち上げる。
「リヴ君、俺の荷物頼める?」
「了解です。しっかり運搬させてもらいます」
ライフルケースを拾い上げたリヴは、投げ捨てられた買い物袋も一緒に回収していく。
「ネアちゃん、行くよ。ここは危ないし、これ以上スノウリリィちゃんがボロボロになっても嫌だしね」
「…………うん、わかった…………」
赤くなった目を擦り、ネアはスノウリリィを抱えたユーシアの背中を追いかける。
――その様子を眺める男は、次なる殺意を爆発させようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます