第3章【少女は芳醇な甘味に酔う】

 ゲームルバークショッピングモールは、犯罪都市と名高いこのゲームルバーク内では比較的安全で大規模な複合商業施設である。

 食品や消耗品などを取り扱う店から衣類を取り扱う店が多種多様なものを取り揃え、さらにはアミューズメントパークや映画館まで擁する徹底ぶりだ。屋上庭園は季節ごとの綺麗な草花が咲き乱れ、熟年層のカップルのデートスポットにもなっている。

 広々とした駐車場に車を停めると、真っ先にネアが飛び出していく。おそらく大人しく車に乗っているのが飽きたのだろう、駐車場にネアのはしゃぐ声がこだまする。そんな彼女を追いかけて、スノウリリィも慌てて車から飛び出していく。


「女性陣は元気だねぇ」

「子供は元気があってこそでしょう」

「さすが、紳士さんは言うことが違うなぁ。尊敬するよ」


 ユーシアが笑いながら言うと、真横から鋭い突きが飛んできた。見事に脇腹に突き刺さり、ユーシアは「げふッ」と呻く。

 広い駐車場ではしゃいでいたネアはスノウリリィに捕獲され、キャッキャと楽しそうにユーシアとリヴの元へ引きずり戻される。それだけでもネアはやはり楽しそうだった。よほどお出かけが嬉しいのだろう。


「ネアちゃん、危ないからスノウリリィちゃんから離れないようにね」

「はーい」


 常識的な内容であれば、ネアは文句も言わずに指示に従う。だが、今朝のようなことはまた別問題になってくるが。

 素直に頷いたネアは、スノウリリィと手を繋ぐ。繋がれた手をぐるんぐるんと回して落ち着きのないネアに、スノウリリィはされるがままだった。ネアの心境も分かっているので、彼女も文句はないらしい。

 やれやれと肩を竦めたユーシアは車のトランクからライフルケースを引っ張り出すと、


「さて、と。じゃあ行こうか」


 そのショッピングモールで危険なことが起きるとは考えられない。

 だが、いつ如何いかなる時でも万全を期しての悪党である。

 少なくとも、この二人の少女たちに危険が及ばない限りは、ユーシアもリヴも今日だけは暴虐を尽くすことはない。


 ☆


 エスカレーターを乗り継いでいくと、ネアの目的地であるレストラン街が見えてくる。ちょうど昼間のピークも過ぎ去った頃合いでどこのレストランも空いているが、お茶をたしなむマダムや色とりどりのケーキに夢中になっている子供たちがちらほらと見える。

 そして、ネアの本命である苺のパフェを提供する『カフェ・シエスタ』だが、


「わあ、すごい並んでるねぇ」


 ユーシアは苦笑せざるを得なかった。

 カフェ・シエスタには、見事に長蛇の列ができていたのだ。今朝の報道番組の影響なのか、期間限定の苺のパフェをこぞって食べにきているようだ。

 一応最後尾に並びはするが、これは果たして何時間待ちになるのか。


「ネアちゃんは大丈夫?」

「うん!」


 パフェがよほど楽しみなのか、長蛇の列を前にしてもネアは満面の笑みである。おそらく時間経過と共に機嫌も悪くなっていくに違いない。

 退屈なのでスノウリリィと手遊びを始めたネアを横目に、あまり人目につかないところに移動するリヴへユーシアは振り返る。大量に飲めばお伽話とぎばなしにちなんだ異能力が手に入る麻薬――【DOF】によって世界中の人間が敵に見えているリヴは、この人混みすら殺害の対象と見えていることだろう。

 並んでいる一般客たちを前に襲いかからないように自制しているリヴに、ユーシアはこそこそと耳打ちした。


「大丈夫なの?」

「今すぐ全員を八つ裂きにすれば、すぐに順番が回ってきますかね」

「……今からでも遅くないから、車に戻ってる?」

「僕だけを除け者にするとか正気ですか?」


 善意で言ったつもりだったのだが、リヴは真顔で返してきた。

 確かに正論である。みんなで仲よく出かけたつもりが、一人だけ仲間外れだなんて可哀想なことこの上ない。ユーシアは「うん、悪かった。ごめん」と素直に謝った。


「まあでも、今日ぐらいなら我慢しますよ」

「本当? 無理しないでね」

「無理しなきゃダメでしょう。幼女ロリにトラウマを植え付ける紳士とか聞いたことないです」


 そもそも無理をしなかったら、リヴは確実に誰かしらを闇に葬り去ることになる。今日はネアの為にこのショッピングモールを訪れたのだから、乱暴な真似は暴走族を屠ったきりにしたい。

 ユーシアも今日は暴力沙汰から解放されたい日なのだ。悪党にもたまにはこういう日があってもいいだろう。

 そんなことをぼんやりと考えていると、


「ちょっと、店員さん!? 注文したパフェに虫が入っていたんだけれど、これはどういうこと!?」


 人で賑わう店内から、女性の甲高い声が響き渡る。

 見れば綺麗に着飾った女性と、死んだ目をした女児が店員に詰め寄っていた。話を聞く限りでは、どうやら女性の娘が注文したパフェに虫が入っていたようだった。その証拠として、女性の手には奇抜な色をした虫が載せられている。

 店員は「申し訳ございません!!」と平謝りしていたが、女性の気はそれだけでは治まらない様子だった。


「ここの料金を無料タダにしなさい。あと新しいパフェを持ってきて」

「え、あの」

「できないのかしら? この店はパフェに虫を入れて提供するのに?」


 狼狽ている店員は慌てて店内に取って返す。店長と被害者の女性について相談するのだろうが、あれでは女性の思う壺だ。

 ひそひそと一般客が「虫だって」「どうする?」などと囁き合う声を聞きながら、ユーシアもリヴに言う。


「どう思う?」

「悪質なクレーマーですね、幼女ロリの教育にもよろしくないので殺しましょう」

「そうだねぇ。死んでもらった方がいいよねぇ」


 世界の誰より悪党の彼らは、自分たちさえよければそれでいいのだ。

 あの女性が長く店内に居座られると、それだけ自分たちの並ぶ時間が増えてしまう。それだけはネアの為にも避けたいので、ここは一つ、彼女には永遠にご退出願おう。

 こんなところで対物狙撃銃を出す訳にはいかないので、ユーシアはリヴから自動拳銃を借り受ける。中身は先程取り出してあるので、空っぽだ。念の為に空砲であることを確認すると、ユーシアは苛々とした様子で店員を待つ女性に狙いを定める。


「――永遠におやすみ、眠り姫」


 ふわり、とユーシアにだけ見える幻想の少女が、女性を守るように立ち塞がる。

 ユーシアが引き金を引くと、幻想の少女の眉間に風穴が開いた。銃の中身は空っぽで、銃声すら聞こえなかったのに。


「――――――――」


 バタン、と。

 眠りの弾丸に射抜かれた女性は、椅子から転がり落ちた。店内のあちこちから悲鳴が起き、救急車を呼ぶ声すら聞こえ始める。自分の母親が眠りについたというのに、女児はやはり死んだ魚のような目で虚空をぼんやり見つめているだけだった。


「喉笛でも掻き切ってきますか?」

「あれがどこかに運ばれるかもしれないし、永遠に眠るように仕向けたから平気だよ。それでも殺したいならタイミングを見て殺してきてね」

「了解です。監視カメラにも映らない暗殺技術を見せてきましょうわっほーい行ってきまーす」

「後半が本音か、リヴ君」


 嬉々とした様子で首筋に液体の【DOF】を打ち込むと、リヴは幽霊のように姿を掻き消した。おそらく、あのクレーマーを本物の死体にしに行ったか。

 やれやれと肩を竦めたユーシアに、手遊びをしていたネアが「んー?」と問いかけてくる。


「りっちゃんは?」

「りっちゃんはお手洗いに行ったよ。ネアちゃんは平気?」

「うん」


 ニコニコと満面の笑みで言うネアは、


「まえのひとたちをぜーいん、おなかのなかみをとりだせばいいんだよね? ねあ、がんばるね」

「そこ頑張っちゃダメなところ。ネアちゃん、行列に苛立ってない?」


 可愛らしいポシェットから大振りのナイフを取り出そうとするネアを、スノウリリィと二人がかりで止めることになったユーシアはひっそりとため息を吐いた。


 ☆


 ユーシアたちの順番が回ってくるまでにリヴは三度ほど姿を消し、ネアがナイフ片手に暴走しかけるという事態に陥ったが、ようやく店内に入れたことでユーシアとスノウリリィは安堵の息を吐いた。

 店員にネアが食い気味で「おっきいいちごのぱふぇ!!」と注文したり、リヴのカーディガンのポケットから誰かの指先が転がり落ちたりしたが、まあなんとかお目当てのものは注文できたようだった。これで「品切れです」と言われようものなら、ネアは癇癪かんしゃくを起こして、世界中の幼女ロリの味方はその猛威を振るうことになるだろう。


「ぱーふぇ、ぱーふぇ!!」

「楽しみですね、ネアさん」

「うん!!」


 店員が特急で期間限定の苺のパフェを拵えている間を、ニコニコと満面の笑みで待つネア。その隣に座るスノウリリィは、落ち着きのないネアをちょっとなだめている様子だった。

 これで目的も達成したし、ネアもご機嫌になるだろう。先に運ばれてきた珈琲コーヒーをちびちびと啜りながら安心するユーシアだったが、


「おい、どういうことだ!! 限定パフェがもうないだと!?」

「申し訳ございません。先程注文を受けたお客様で本日分は終了してしまいまして」


 店の一角で騒ぎ立てる家族連れが、店員に怒鳴りつけていた。どうやら期間限定の苺のパフェが売り切れてしまったようで、その最後の一個を勝ち取ったのがネアだったようだ。

 本当に危ないところだった。もし目の前で売り切れてしまったら、ネアも同じような感じになる気がした。

 店員には申し訳ないが救う義理もないので他人事を決め込むと、別の店員が「お待たせしました」と注文の品を運んでくる。


「こちらデラックスストロベリーパルフェになります」

「わあ!!」


 ネアの翡翠色の瞳が輝いた。

 彼女の前に置かれたパフェは、その名の通り苺がふんだんに使用されたパフェだった。甘そうな生クリームの上に大粒の苺がたくさん乗せられ、さらにその下には苺のムースやカステラなどが何層にもなって詰め込まれている。

 完成度の高いパフェに感動していたネアだが、ハッとした様子で我に返ると、


「おねーさん、ありがとう!!」

「はい、どういたしまして」


 幼児退行しているからこそ、彼女は礼儀正しく純粋だ。パフェを運んできてくれた店員に大きな声でお礼を言うと、いざ実食とばかりに長いスプーンを装備した。

 すると、


「おい、そこの」

「はい?」


 ユーシアたちのすぐ近くに人影が現れたと思ったら、先程パフェがないことに対して店員を怒鳴り散らしていた男が立っていた。

 応じたのは珈琲コーヒーを飲むユーシアだけで、ネアは生クリームに乗った大粒の苺をスプーンで安全にすくうのに夢中で、スノウリリィは季節のケーキセットに舌鼓を打ち、リヴに至っては殺意の強い彼からは想像できないクリームソーダという可愛らしい注文品を慎重に食べ進めていた。


「あ、パフェを譲れってんなら諦めてください。もう食べちゃってるから」

「生意気だぞ。うちの子供の方が小さいのに!!」

「クソどうでもいい理由で喧嘩を売ってくるのやめてくれないですかね」


 空になったカップをソーサーに戻し、ユーシアは鬱陶しげに男へ視線をやる。

 彼は一般人だから、喧嘩を売った相手の情報など何一つ持っていないだろう。もしかすると、強く出れば怯えてパフェを差し出すとでも思ったのだろうか。――そうは問屋が卸さない。


「スノウリリィちゃん、お財布預けるからここの代金支払っておいてくれる?」

「え、わ、分かりましたが……あの、ユーシアさん? どちらへ?」


 ネアが嬉しそうに食するパフェから男を遠ざけつつ、ユーシアはスノウリリィにこう言った。


「ちょっとお手洗いに」


 ――手洗いにライフルケースが必要なのか、という質問は悪党には野暮というものである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る