第2章【お出かけ珍道中】

「……リヴ君の着替えを選ぶので疲れたような気がする……」

「いやー、面目ないです。なにぶん、お洒落しゃれにはうといもので」

うといとかそういうレベルじゃないと思うんだ」


 何でもない調子で笑うリヴは、先程の漫画の世界のオタクでも見かけないような格好からだいぶ変わっていた。

 清潔感のある白いシャツに細身のジーンズ、ショートブーツという簡素な服装の上から、真っ黒なカーディガンを羽織っていた。ちなみにカーディガンにはフードがついていて、雨合羽レインコートの時と同じようにフードを被って顔を出さないようにしている。

 彼の服を選んだのはユーシアだった。リヴのセンスに任せると、何故か変な方向へ舵を切ってしまうのでその対策だ。


「リヴ君、今日ショッピングモールに行ったら服買おう」

「何でですか。いらないですよ」

「いらないじゃないんだよ。だってお前さん、まともな服をほとんど持ってないじゃない」


 ユーシアが指摘すると、リヴは「そんなことありませんよ」ときっぱり否定してくる。

 いいや、そんなことがあったのだ。キャラクターのプリントがデカデカと胸の中央に居座るTシャツの他、メイド服やアイドル用の衣装、アニメのコスプレ衣装、巫女服やバニースーツなどの女装用の服や、潜入任務で着る時の制服ぐらいしかなかった。彼が今身につけている服は、かろうじて持ち込まれていたリヴの数少ない私服である。

 深々とため息を吐いたユーシアは、今日は絶対にリヴの服を買うことを決める。ショッピングモールなのだから、男性用の服屋ぐらいはあるだろう。


「おにーちゃーん!!」

「ぐふッ」


 すると、明るい少女の声が耳朶に触れたと同時に、ユーシアの腹に強い衝撃が突き抜ける。

 見れば、綺麗に金髪を整えたネアがユーシアに抱きついていた。メルヘンな白いワンピースには汚れ一つなく、可愛らしいデザインのポシェットを提げている。化粧はしていないが、唇には薄くリップクリームが塗られているようだった。

 おめかしが完了したネアは、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねながらユーシアの両腕を左右に振り回す。パフェを食べにいくことがそれほど嬉しいようだ。


「ぱーふぇ!! ぱーふぇ!!」

「はいはい、スノウリリィちゃんが出てきたらね」

「うん!!」


 こういう時は、ネアの聞き分けは凄くいい。先程まで不貞寝ふてねをしていた少女とは真逆の態度である。

 ポンポンと丁寧にくしが通された艶やかな金髪を撫でてやると、ネアはまるで猫のように目を細めてユーシアの手のひらを享受する。「うふふふ」とどこまでも楽しそうだ。

 幼女ロリ(体だけは一八歳)が喜んでいる姿を見て、リヴも何故か嬉しそうである。たまに本気で忘れそうになるのだが、彼は本当にロリコンなのだろうか。


「お待たせしました。すみません、着替えに手間取ってしまって」

「いやいや、女の子は支度に時間がかかるってのは分かってるからね。謝らないでいいよ」


 遅れて、ようやくスノウリリィが姿を現した。

 花柄のシャツと淡い桃色のロングスカート、その上からスカートと同じ色をした肩掛けを羽織っている。かごを模した鞄を手に持ち、綺麗な銀髪を纏めたその姿は、犯罪都市と名高いゲームルバークではあまり見ない上品な格好と言えた。

 自分に注目が集中していることを疑問に思ったらしいスノウリリィが、コテンと首を傾げる。


「あの……?」

「馬子にも衣装って奴ですね」


 ポンと手を打ったリヴが言う。

 ユーシアは納得したように「ああ」と頷くと、


「そうだね。いつもメイド服だから慣れちゃってたよ」

「私だって普通にお洒落しゃれしますよ!?」


 心外な、とばかりに叫ぶスノウリリィを適当にあしらい、四人は目的地であるゲームルバークショッピングモールに向かうのだった。


 ☆


 目的地までは車の方が早い。

 なので、必然的に車で行くことになる。


「僕が運転します?」

「じゃあお願い」


 運転席に乗り込んだのはリヴで、ユーシアはいつものように助手席に座る。別にユーシアも運転できない訳ではないが、リヴの方が運転が上手いのだ。

 後部座席にはネアとスノウリリィが、仲睦まじそうに並んで座る。女子二人は「ぱーふぇ、ぱーふぇ」「そうですね、楽しみですね」などと苺のパフェを楽しみにしているようだった。

 滑るように走り出した車を運転しつつ、リヴが後部座席に座る彼女ら二人に気づかれないように小声で問いかけてくる。


「得物は持ってきたんですか?」

「当然。持ってこない訳ないよ」


 しかし、今回の目的はあくまでお出かけである。物騒なものに感づかれたくないので、愛用の対物狙撃銃はトランクに入れている。

 リヴもその考えは同じなようで、カーディガンの袖から小さなナイフと自動拳銃をチラリと見せてきた。「僕も同じです」と目線だけで告げてくる。

 やはり二人は悪党、最悪の場合は他人を殺してでもパフェを奪う気だろう。

 そんな矢先のこと、


「オラオラー」

「退け退けェ」

「邪魔だァ」


 野蛮な台詞と共にバイクのエンジン音がいくつも聞こえてきて、車の間を縫うようにしてびゅんびゅんと物凄い速度で駆け抜けていく。

 かと思えば、急に方向転換してきて逆走し始める。交通ルールなど無視した、完全な暴走族である。

 その喧しいエンジン音と罵声に驚いたネアとスノウリリィが、揃って短く悲鳴を上げる。


「きゃー」

「な、な、何ですか!?」


 ネアはともかく、スノウリリィは本気で驚いている様子だった。

 そして当然、あんな迷惑な行動を目の当たりにして、誰よりも殺人鬼なこの二人が黙っている訳がなかった。


「殺しますか」

「うん、殺しちゃおう」


 いつも通りすぎるリヴの言葉に、ユーシアは真顔で頷く。もう慣れたものである。

 とはいえ、いつもの得物は後部座席ではなくトランクに放り込んだままだ。ユーシアはリヴが差し出してきた自動拳銃を手にすると、まずは弾倉を引っこ抜いた。あんな雑魚をこの世から葬り去る程度で、銃弾など使う必要はないのだ。


「リヴ君、あいつらの横につけてくれる?」

「了解です」


 巧みなハンドルさばきによって、暴走族の横にピタリと車をつけるリヴ。さすがの運転技術である。

 ピタリと横に張り付いてきた車に警戒して、明らかに交通ルールを守っていないバイク野郎どもは「何だこいつ!!」「殺されてえのか!!」などと悪党を相手に威嚇する。

 三流の悪党であれば、その口車に乗せられて喧嘩を買っていたかもしれない。

 しかし、年若い暴走族が相手にするのは、ゲームルバーク屈指の犯罪者である。その威嚇が、逆に命取りになりかねないのだ。


「やっほー」


 車の窓を開けて、ユーシアはバイクに跨る若い暴走族どもに挨拶する。

 髪を金色に脱色したり、顔中にピアスをつけたり、色々とやんちゃをした痕跡が残されている少年たちである。悪党として名を馳せるユーシアとリヴからすれば可愛いものだが、手加減するつもりは毛頭ない。

 バイクに乗る少年たちは「何だおっさん!!」「殺すぞコラァ!!」「見てんじゃねえぞコラァ!!」と叫ぶが、ユーシアはお構いなしに弾倉を抜いた自動拳銃を少年たちに突きつける。

 暴走族の若き不良たちは、突きつけられた自動拳銃に驚いてタジタジになるが、そんなことをユーシアが構う訳がなかった。


「じゃあ、永遠に眠ってもらうね。――おやすみ」


 彼らの前へ立ち塞がるように、幻想の少女が降り立つ。

 彼女は小さな手を目一杯に広げて、無表情のままユーシアを見つめていた。彼女がいれば、彼らが傷つくことは一切ないが、それでもこの状態で永遠に眠らせれば事故を起こしてこの世からオサラバすることは確定だ。

 ユーシアは、迷わず引き金を引いた。撃鉄は空っぽの薬室を叩き、カチンと間抜けな死の音を奏でる。

 それだけだ。

 それだけで、バイクに乗った若き暴走族は深い眠りについてしまった。ガクンと車体が大きく揺れて、ふらふらと蛇行運転をしたあとに、滑って転んでしまう。二人乗りをしていたので、運転手が寝たことによって後ろに乗っていた少年は投げ出されてしまった。


「ま、あれでもう死ぬことは免れないね」


 バックミラーを覗けば、立ち上がろうとしていた少年を後続車両がね飛ばす。あれはもう完全に助からないだろう。

 ユーシアは自動拳銃をリヴに返すと、座席に背中を預けてふあぁと大きな欠伸をする。


「相変わらず見事な射撃の腕前で」

「いやあ、鈍ったら俺は死ぬべきだと思うよ」


 リヴの褒め言葉に、ユーシアは肩を竦めて返す。

 後部座席の女性陣は鮮やかなユーシアの暴虐に、片方は「すごーい」と称賛し、もう片方は「ご冥福をお祈りします」と律儀に十字を切っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る