小話【二人の出身地ってどこなの?】

「リヴ君、今日の晩ご飯はオムライスでいい?」

「食べられるものであれば文句はないです」


 ゲームルバークの大型スーパーの片隅で、食材を吟味するユーシアとリヴは呑気に今日の晩ご飯について相談しあっていた。というより、ユーシアが提案してリヴが採用するという形だった。

 現状、まともに料理ができるのはユーシアしかいない。スノウリリィの場合は食事を作らせると緑色のスライムのようなものが出てくるし、リヴにとっての食事と言えばブロック型の携帯食料レーションである。ネアに関しては言わずもがなだ。

 悪党だって普通に生活しているのだから、日用品を買いにスーパーを訪れるものである。だが、悪党なので格好はいつも通りだ。ユーシアは愛用の白い対物狙撃銃を収納したライフルケースをカートの下に乗せ、黒い雨合羽レインコート姿のリヴは自動拳銃やらナイフやらを雨合羽の下に仕込んでいる。双方共に抜かりはない。


「今朝も酷いものが出てきちゃったもんね」

「台所に侵入禁止を言い渡したつもりなんですが、反省が足りていないようですね。自分で作った料理を自分で処理させましょうか」

「今朝のあれはお隣さんに押し付けてきたからね」


 牛乳をカートの中に入れながら、ユーシアは今朝のことを思い出して遠い目をする。

 唯一の料理番長であるユーシアが寝坊し、スノウリリィが気を利かせて「朝食を作っておきましたよ」などと宣ったのだ。彼女が差し出した皿には、案の定、緑色のスライムのようなものが自身の存在を主張するようにグギョギョギョギョギョと泣き叫んでいたのだ。

 一体どういう調理方法を用いれば、食材がマンドラゴラよろしく泣き叫ぶのだろうかとユーシアは天井を振り仰いだ。部屋中に響く耳障りな悲鳴を目覚まし代わりにして起きてきたリヴとネアは、皿の上でグギョギョギョギョギョと叫ぶ緑色のスライムを目撃するなり、現実逃避をするようにそれぞれの部屋に引っ込んだのだ。このスライムの処理を一人に押し付けてくるとは、随分と酷な真似をしてくれる。

 結局、あの緑色のスライムは隣に引っ越してきたばかりだという詐欺師のイケメン野郎に、パイ投げよろしくスカした顔面に叩きつけてことなきを得た。


「でも、あれを食べたらリリィちゃんも死んじゃうよ。ネアちゃんが気に入ってるんだから」

「任せてください。蘇生方法ならいくらでも知ってますので」

「殺すことが大前提になっちゃってるね」

「それのなにが問題で?」


 雨合羽のフードの下にあるリヴの黒曜石の瞳は、純粋な光を宿していた。

 ユーシアは苦笑し、カートを押して会計へと向かった。家族連れや恋人、主婦など様々な客がスーパーを利用している。カートに入れた商品も千差万別であり、夕飯の材料や生活をしていく上で必要な消耗品など色々だ。

 こんな人目がたくさんあるような場所で盗みを働くほど、ユーシアとリヴは落ちぶれていない。他の客に倣って列に並ぶと、


「おらあああああああああ!! 全員死にやがれえええええええ!!」


 スーパーの中に駆け込んできた強盗が、手にした自動拳銃をぶっ放して叫んだ。

 響き渡る銃声に、客や店員たちが揃って悲鳴を上げる。客の中で悲鳴を上げなかったのは、ユーシアとリヴぐらいのものだろう。

 強盗の背丈はそこまで高くなく、かといって低くもない。中肉中背と表現してもいいだろうか。目出し帽を被っていて顔立ちは不明だが、慣れない手つきで自動拳銃の引き金を引く強盗は、どこかぎこちない。金に困った結果、強盗するしか選択肢がなかった一般人といったような雰囲気がある。

 強盗はボストンバックを放り捨てて、自動拳銃を店員や客に突きつける。銃口を向けられた相手は引き攣った悲鳴を上げて、抵抗しない意味を込めて床に伏せた。


「こ、ここここここの鞄に金を詰めろぉ!! さもなければう、う、撃つぞ!!」


 声が震えていて、お話にならない。だが拳銃を持っているので、一般人は抵抗できない。

 なんの茶番に巻き込まれているのだろう、とユーシアはうんざりした。リヴも同じ気持ちのようで、黒曜石の眼差しに剣呑な光を宿している。


「……リヴ君、あれどうにかしてきて」

「殺すのは外でやってきますね。荷物持ちは大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。よろしくね」

「分かりました」


 ぶかぶかの雨合羽の袖から注射器を取り出したリヴは、自分の首筋に針を突き刺す。シリンダーの中で揺れる液体を体内に注入すると、リヴの姿はまるで幽霊のように掻き消えた。

 そして音もなく強盗の背後に現れたリヴが、強盗が握りしめる自動拳銃を叩き落とす。驚く強盗が振り返ると、リヴの膝蹴りが彼の顔面に炸裂し、強盗は仰向けに倒れた。気絶させた強盗の首根っこを引っ掴んだ真っ黒てるてる坊主は、ずるずると乱暴に引きずって退店していった。

 どこかの子供が「あれなーに?」「つよいねえ」などとはしゃいでいて、他の客はなにが起きたのか分からずポカンとしている。自分の命が助かったということは理解したようで、五分ほどしてからようやく時間が動き始めた。


「やっぱりリヴ君は、仕事が早いねぇ」


 しみじみと呟きながら、ユーシアは今日の晩ご飯の材料と消耗品をレジに通すのだった。


 ☆


 荷物を抱えた状態でスーパーを出ると、リヴが戻ってきた。あの強盗の姿は見えないが、どこかできちんと処理したのだろうか。


「持ちますよ」

「ありがとね」


 リヴがユーシアから荷物を受け取り、軽々と抱える。ユーシアはライフルケースを抱えているので、なるべく荷物は少ない方がよかった。

 遠くで聞こえる子供たちの歓声を聞きながら、ユーシアはリヴに問いかける。


「さっきの強盗はどうしたの?」

「殺して下水道に流しました」

「わあ、容赦ないね」

「逆に『容赦』ってどこに売ってるんですかね。スーパーに戻りますか?」


 会話の内容こそ物騒なものだが、はた目から見れば仲のいい友人のような印象である。いくら謎めいた麻薬を常飲しているからといって、見た目まで変わる訳ではないのだ。

 すると、スーパー付近でインタビューをしているテレビ局の集団を発見した。女性リポーターがフリップを片手に明るく話していて、通行人を捕まえてインタビューをしている。


「なにを取材してるんですかね」

「出身地だってさ。ゲームルバークは多国籍国家だしねぇ、色々な国から人がやってくるから」

「色々な国の色々な犯罪者ですか……物騒な都市ですよね」

「俺たちが一番物騒だけどね」


 二人して自虐ネタで苦笑する。

 とはいえ、リポーターがこちらに気付いている気配はない。さっさと退散させてもらおう、とテレビ局の集団から距離を取ろうと踵を返すと、


「すみませーん、少しお時間をよろしいでしょうか?」

「…………うわあ」

「…………あらぁ」


 女性リポーターの明るい声が飛んでくる。最初こそ自分たちにお声がかかった訳ではないと言い聞かせたが、女性リポーターの「雨でもないのに雨合羽を着ている、そこの人!!」と特徴を示されてしまい、完璧に足を止めるしかなくなった。

 若い女性のリポーターは輝かんばかりの笑みでカメラと共にやってきて、フリップを突き出してくる。


「こんにちは、ゲームルTVの者なのですが。少しだけお時間をちょうだいしてもよろしいでしょうか?」


 女性リポーターは礼儀正しい態度で接してくる。

 ユーシアとリヴは二人して顔を見合わせて、それからリヴがユーシアに喋るよう促した。リヴの場合は幼女ロリが相手でなければ高確率で襲いかかってしまうので、こういう時は大体がユーシアの出番になる。


「はい、どうぞ」

「実はですね、ゲームルバークにどこの国の出身者が多いのか調査していまして。お二人はどちらの国からお越しでしょうか?」


 女性リポーターがマイクを突きつけてくる。最初に餌食になったのは、リヴの方だ。

 リヴは俯き加減で「極東です」とボソボソと応じると、女性リポーターは納得するように頷いた。


「黒い髪の毛に黒い瞳ですものね。極東出身ですか、いい国ですよね!!」

「あー、ごめんなさい。この子、ちょっとばかり人見知りが激しくて。あんまり近づかれるとパニック起こしちゃうから、その辺で勘弁してね」


 グイグイとリヴに近寄っていこうとする女性リポーターから距離を取って、ユーシアは曖昧な笑みで言う。事実、危ないのはリヴではなくこの女性リポーターの方だ。襲いかかられないだけまだマシと言えよう。

 殺意を懸命に抑え込んでくれているリヴをよそに、女性リポーターによるインタビューは続く。


「それでは、お兄さんは?」

「俺は、生まれはドイツだけど育ちはイタリアだよ」

「そうなんですか!! 伊の方ってとても、こう、情熱的なイメージがありますが」

「あはは、見えないでしょ。よく言われるよ」


 ヘラヘラと笑いながら応じるユーシア。それから女性リポーターと言葉を交わしてから、インタビューは終了した。

 テンションの高いリポーターに辟易したものだが、なんとか終わったとユーシアが息を吐くと、


「意外でした」

「なにが?」

「シア先輩って、欧州出身なんですね」


 少しだけ驚いた様子のリヴが言う。

 特に出身地について話題にならなかった二人なので、当然の反応と言えようか。ユーシアは「まあね」と笑う。


「どっちもいい国だよ」

「ぜひ案内してもらいたいものですね」

「いいよ。その代わり、リヴ君の故郷も案内してね」

「僕あんまり観光地を知らないんですけど、いいですかね?」

「そんなのガイドブック片手にうろうろしてればいいでしょ」


 ケラケラと笑う二人は、今だけは悪党には見えなかった。

 ただ自分の出身地について語り合う、仲のいい友人のように世間からは見えているだろう。

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