第3章【非合法の殺し合い、開幕】
「とーぎじょーってなにするのー?」
「色んな人が戦うんだよ。ネアちゃんは見たくなかったら見なくていいからね」
無事に会場へ入ることができたユーシアたち三人は、
年齢から性別まで、様々な世代がいる。中にはポップコーンやジュース、酒などを片手に観戦するつもりの客もいるようだ。ここは映画館ではないのだが、まるで映画感覚で命の削り合いを傍観するようである。
ユーシアは足元に、無理を言って持ち込ませてもらったライフルケースを置く。スノウリリィが怪訝な表情で足元に置かれたライフルケースを指で示すと、
「それはなんの為に?」
「リヴ君に頼まれてね。――まあ、俺たちは悪党だしね」
ユーシアは微笑むと、
「真面目に勝とうとは思わないんだよ」
その時だ。
観客たちがワアアアアア、と歓声を上げ始める。地下闘技場の中心は高いフェンスで区切られていて、その内側は照明の光で満たされている。あそこが戦いの舞台であるリングなのだろう。とどのつまり、観客席は全方位から地下闘技場を観察できるように、ぐるりとリングを取り囲んでいる訳である。
マイクを片手に、リングへ男が現れる。燕尾服に
「あの人から招待状を貰いました」
「あ、そうなんだ。――この位置からなら殺せるかなぁ」
「殺さないでください!!」
「冗談だよ」
物騒なことを呟くユーシアをよそに、山高帽子の男はマイクに向かって『お待たせしましたぁ!!』と叫ぶ。ぐわーん!! というハウリングが会場全体に響き渡った。
どうやら、この山高帽子を被った男は司会のようである。その証拠に、彼が喋り始めると同時に観客は揃って口を閉ざした。
『紳士淑女の皆様、こんばんは。ご来場いただきまして、誠にありがとうございます』
山高帽子を被った男は、恭しくお辞儀をした。
『本日の
山高帽子の男のアナウンスが終わると、万雷の喝采と共に男は退場した。
ぼんやりとアナウンスを聞き流していたユーシアは、
「リヴ君の他にも挑戦者っていたんだねぇ」
「そして殺してまで挑戦権をもぎ取ったんですか……」
「多分そうするように言われたんだろうね。ほら、リヴ君は普段から殺意が強いけれど、言われた仕事は言われた以上にこなすからね」
さて、彼は一体どんな戦いを見せてくれるのだろう。
眩いばかりの白い光で照らされるリングの中に、黒いてるてる坊主がついに足を踏み入れた。
☆
(シア先輩やネアちゃんも見てるし、ちょっとは長引かせてやりましょうか)
その気になれば五秒とかからず殺すことはできるが、ここは殺し合いをエンターテイメントとして楽しむ場所である。
高いフェンスで囲まれたリングに足を踏み入れたリヴを迎えたのは、割れんばかりの喝采だった。耳を澄まして言葉を聞き取ろうとしたが、なんか幾重にも言葉が重なっているせいで聞き取ることができない。おそらくユーシアたちもリングをぐるりと取り囲むように設置された観客席のどこかにいるだろうが、彼らを見つけるのは至難の技だろう。
『本日の挑戦者はリヴ・オーリオ!! 極東出身の一九歳だ!! 確かに予選はまるでニンジャのように素早く静かに相手を殺す技術は一級品!!』
やたらと騒がしいアナウンスだ。リヴは黒い
観客どもがますます騒がしくなり、リヴは「観客ども全員殺してやりたい……」などと物騒なことを呟く。その気になればできるだろうが、さすがに体術のみでは厳しい。なにか武器があれば確実に殺せるのだが――。
「おい、坊主。いつまでボーッとしてるつもりだ?」
「……ああ、どうもすみません。対戦相手さんですか」
「そうだ。ジョニーと呼んでくれ」
いつのまにリングへ入ってきたのか、ボクサーのような格好をした男がリヴの前に立っていた。無精髭を生やし、蛇のように波打つ茶色の髪の毛はなんとなくだらしない雰囲気を感じる。
無精髭ならシア先輩の方が似合ってるな――リヴは率直に思ったが、口には出さなかった。
ボクシンググローブは手に付けておらず、剥き出しの拳にはテーピングが施してある。彼の――ジョニーの武器は拳か。武器を秘密裏に持ち込んでこないだけ、彼には地下闘技場の戦士として誇りがあるようだ。
「それにしても、随分と細いな。きちんと食べているのか?」
「もちろんですよ。悪党は体が資本ですからね、毎食欠かすことなく食べています」
細身だなんだと言われる所以は、体質にあるのだろう。リヴはあまり太りにくい体質なのだ。それ以外にも、普段から動き回っているのが幸いしているのだろう。
ユーシアの料理は美味しいし、リヴ好みの味付けなので、毎食きちんと欠かさず食べるようになった。それまでは必要最低限だけ摂取し、あとはたまにジャンクフードを食べるだけの生活を送っていた。
――まあ、そんな情報など言わなくても今後の戦いに影響はない。
リヴは形のいい鼻をフンと鳴らして、
「いつまでもお喋りをしていたら、観客が飽きますよ。そろそろ始めませんか?」
「いいだろう。殴り甲斐がなさそうで困るが、悪く思わないでくれよ」
ジョニーは早くも勝った気分でいるようだが、相手はゲームルバークでも指折りの犯罪者である。簡単に勝てるとは思わないでほしい。
ついでに言うと、命の保証があるとも思ってはいけない。リヴはその辺り、本当に容赦がないのだから。
『それでは第一試合――始め!!』
カーン!! というゴングの音がリングの外から聞こえてきた。
リヴは素早く相手と距離を置き、戦い方を軽快する。別にただ殴られただけでは痛みも感じないのだが、問題はどこかしらにナイフの一本でも隠していた場合だ。
見たところそんな気配はないが、相手がどんな事情を抱えているのであれ、警戒は常に怠らない。暗殺者以前に諜報官として教育された賜物と言えよう。
「警戒心はなかなかだな。だったらどうだ? 一発殴ってみるか?」
「サービスで殴らせてくれるんです? お優しいですね」
「地下闘技場は初めてなんだろう。
「……まさかと思いますが、もう勝者の気分を味わっていますか?」
「予選は余裕で他の挑戦者を蹴散らしたと聞いたが、所詮は他の挑戦者が弱かっただけの話だ。俺は強いぜ。なんせ、ここで五年もこうして五体満足で生きているんだからな」
「……なら、一言」
リヴは、あえて相手を怒らせるような言葉を選ぶ。
「それならアンタに挑戦した奴らは全員弱かったんですかね。弱い奴を相手にして悦に浸ってるんですか、可哀想なことですね」
「なんだと?」
「ご自分の腕に随分と自信がおありな様子ですが、所詮は
「言わせておけば……!!」
ジョニーは額に青筋を浮かび上がらせ、怒りのままに殴りかかってくる。テーピングされた拳がリヴの顔面めがけて突き出されるが、リヴは体を捻っただけで拳を回避した。
頬を掠めたジョニーの腕を掴むと、彼の勢いを利用して投げ飛ばす。ポーン、と軽々と投げ飛ばされてしまったジョニーは、背中からリングに落ちた。
投げ飛ばしただけなのに、ワアアアアと歓声が上がる。だが、まだだ。まだ足りない。
「いいですか、誇り高き地下闘技場の戦士さん。僕は根っからの犯罪者です。目的の為なら手段を選びませんし、なんだったら邪魔なので殺します。僕は邪魔されることが一番嫌いですので」
「ははッ……その殺意、いいだろう!! 受けて立つ――!!」
「――とか言ってる間に、はい腕の骨は折らせていただきますね」
リヴはジョニーの左腕に体重を乗せ、踏み砕く。靴底から枝でも折るかのような感触が伝わってきた。
ジョニーの口から悲鳴が
「天狗になっていた気分はどうですか? 気持ちよかったですか?」
「あが、ああッ……」
「おやおや、おかしいですね。左腕一本を折っただけで、それほど痛かったですか? 僕は両足を拳銃で撃ち抜かれても顔色一つ変えませんでしたよ」
この場に拳銃の一丁でも持ち込んでいれば、きっとジョニー相手でも眉間を撃ち抜いて殺していただろう。ナイフがあれば喉笛を引き裂いていた。
それが叶わないなら、骨を折っていくしかない。
命の危機を察知したジョニーは、残った右腕を振り回して「降参する!!」と叫ぶ。
「これでいいだろう!? なあ!! 降参だ!! お前の勝ちでいい!!」
「…………」
まだ左腕の骨しか折っていないのだが、相手が降参したのだから仕方がない。
リヴは湧き出る殺意を押し殺して、ジョニーから退いた。降参は嘘で、もしかしたら退いた瞬間に襲いかかってくるのではないかと思ったものだが、以外にもジョニーは大人しかった。骨を折られて無事な人間は、おそらくリヴぐらいのものだろう。
「仕方ないですね」
やれやれと肩を竦めたリヴは、ジョニーの降参を受け入れた。
同時に、カーンカーンカーン!! というゴングがけたたましく鳴り響く。喧しいアナウンスも、リヴの鼓膜を容赦なく揺らした。
『おおっと、まさかの降参宣言!! 挑戦者リヴ・オーリオ、僅か三〇秒で決着だ!!』
まさか三〇秒しか経過していないとは思わなかった。
歓声を浴びながらリヴは、ちょっとだけ後悔する。エンターテイメントであれば、もう少し長引かせて観客を楽しませるべきだったか。
「まあいいか」
これは前哨戦だ。これからまだまだ戦いは続く。
その先にいる同業者に到達するまで、リヴは敵に容赦なく挑むつもりだ。――それがたとえ、如何なる強者であろうとも。
邪魔するなら、殺すだけなのだ。
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