第2章【てるてる坊主、地下闘技場に立つ】
「本当に出るの?」
「本当に出ますよ」
相棒の狙撃手は、しつこいぐらいに
リヴ・オーリオが好むような
それでも、彼の狙撃の能力は卓抜している。その腕前は百発百中を誇り、どんな相手でも確実にヘッドショットを決めるほどだ。彼に射抜けないものはない――現代に降り立った狩猟の神と言ってもいいだろう。
「まあ、リヴ君が決めたことだからいいけど。じゃあ今日は俺が運転して、地下闘技場まで送るね?」
「お願いします。大切な試合前に事故でも起こしたくないので」
相棒の狙撃手――ユーシア・レゾナントールは車の鍵を指に引っかけてくるくると回しながら、
「それにしても、殺したい相手なんて物騒だなぁ。どんな子?」
「ちょっとお教えできかねますが、まあ一言で表せば同期ですかね」
「……それって諜報官の?」
「そうです。一緒に働いていました」
いつもの
別に武器がなくても、リヴは他人を殺すことができる。この全身が武器そのものと言ってもいい。【OD】なので異能力はもちろん使えるし、他の人間に比べて多少は腕力も強化――されているかもしれない。
「ただ、消えたんですよね。ある日突然、なんの証拠も残さず」
「へえ」
「僕は
「なんで? お前さんにとって益も損もないんじゃ?」
「益はないですが、損はありますよ」
ゴキ、と手首の骨を鳴らしながら、リヴはユーシアに黒曜石の瞳を向ける。
「僕に関する情報が漏れたら、アンタの隣にいられなくなるでしょう?」
寂しそうに笑ったリヴに「それは嫌だなぁ」と笑うユーシア。
彼は、リヴの情報が漏れる危険性について理解していないようだ。むしろ理解しないでいい。情報が
確実性はないけれど、やっておいて損はない。――この復讐劇を邪魔する輩は全て殺すと、リヴは決めているのだ。
「それはそうと、シア先輩」
「なにかな、リヴ君」
「実は少しお願いしたいことがありまして」
リヴの要求とやらに、ユーシアは首を傾げた。
もちろん、根っからの悪党であるリヴが、まともに勝ちを得ようだなんて思う訳がないのである。
☆
ユーシアの運転は、比較的安全なものだった。そういえば、相棒という関係を結んでから、ユーシアが車を運転しているところを見るのは初めてかもしれない。
助手席に座るリヴは感心したように「運転できたんですね」と言うと、
「いつもは寝ちゃうからね。リヴ君のように上手な運転はできないけれど」
ユーシアは苦笑いする。これでも真っ当な大人で、きちんと免許も保有しているのだ。常識的に考えると、無免許のリヴが運転するのではなく、ユーシアが運転するべきだろう。
とはいえ、リヴは割と運転が好きなのだ。前職でも車に乗っていたし、なんなら電車や船だって乗りこなすことができる。そうなるように教育された賜物である。
「りっちゃん、なにしにいくの?」
「これから悪い人たちをやっつけに行くんです」
「わるいひとー?」
後部座席に座るネアは、美しい翡翠色の瞳をキラキラと輝かせて楽しそうにしている。見た目はもう成熟しきった少女であるが、中身は子供のままだ。その純粋無垢な反応が可愛らしくてたまらない。
その隣にお行儀よく座っている銀髪碧眼のメイド――スノウリリィは、反対に嫌そうな表情を浮かべていた。
「平然とネアさんに嘘を教え込まないでください。信じたらどうするんですか」
「階段から突き落とすような非常識さんがなにを言ってるんですか」
「あれは、その、申し訳ありませんでした……」
「一応、悪いとは思っているんですね。いい心がけです」
最近では、スノウリリィに対して殺意を抱かないようになった。それはひとえに、彼女のことを認めているという事実だった。
リヴは幼女が好みであって、スノウリリィは完全に趣味から外れている。身も心も成熟した女性など、興味の範疇外なのだ。ネアが気に入っているので殺さないでいたが、いつのまにか「別になにかをされた訳ではないし、殺すのはいっか」という考えにまで至った。不思議な心変わりである。
すると、ユーシアの運転する車が、ゆっくりと速度を落とし始めた。
時刻は夕方の五時になる一五分前――犯罪が横行するゲームルバークに夜が訪れようとする時間帯。家族連れは仲良く帰路につき、危ない職業の人間はこれから活発に動き始める為の準備を開始する。
しかし、今日に限っては状況が少しだけ違っていた。なにやら町全体が熱気に包まれていて、浮足立っているような気がする。スポーツの祭典が行われる前夜のような雰囲気が、ゲームルバークに漂っていた。
「地下闘技場って人気なんですね」
「テレビ中継もされるぐらいだしねぇ」
車を降りたリヴを出迎えたのは、廃工場跡地を魔改造したような不気味な鋼鉄の建物だった。
有刺鉄線が巡らされた鉄柵が建物の敷地をぐるりと取り囲み、観客らしき人物たちが受付らしい筋骨隆々とした男たちに観戦チケットを手渡している。客の入りは上々――本日の
全員殺してやろうかな、と鬱陶しい一般人に殺意を抱くリヴだが、すぐ近くから「じゃあね、リヴ君」とユーシアの声が聞こえて我に返る。乗り心地のいい車を盗まれない為に、駐車場を利用するつもりなのだろう。車の中からユーシアが顔を覗かせて、いつものように飄々と笑った。
「リヴ君は強いから大丈夫。きっと目的を達成できるよ」
「ありがとうございます。ご期待に添えるように頑張ります」
「りっちゃん、がんばってね。ねあもおうえんするね!」
「ネアちゃんの応援があれば、僕はどんな敵でも倒せますよ」
「死ぬなんて冗談はやめてくださいよ!?」
「誰に向かって言ってるんですか」
三人から応援を貰って、リヴは駐車場を目指して発進する車を見送った。その場に残ったリヴは、観客に紛れて有刺鉄線つきの鉄柵を潜り抜ける。
途中で観客の流れから外れると、すぐさまチケットを回収している男とは別の男がリヴに駆け寄ってきた。気配を完全に消したつもりでいたが、地下闘技場の警備員はよほど優秀らしい。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。なにしにきた」
「本日の地下闘技場に挑戦者として参加します」
訝しむ警備員の男へ、リヴはこれが証拠だとばかりに地下闘技場の招待状を突きつけた。まさかこんな細身の若造が地下闘技場に参加するとは思わなかったようだが、警備員は招待状を確かに受け取って「ついてこい」とだけ言う。無防備に背中を見せて歩き始めた彼を殺さなかっただけ、リヴの自制心はまだ立派に機能していた。
連れていかれた場所は、地下闘技場の正門からかなり外れた、いわゆる従業員専用の入り口だった。錆びついた扉を力任せに開けた先には、リヴと同じように招待状を受けたらしい、ゲームルバーク在住の猛者が集められていた。雨合羽姿のリヴが入ってきた途端、同じく地下闘技場の挑戦権を得た猛者たちはくすくすとリヴへ嘲笑を送った。
それもそのはず、他の挑戦者たちは全員ムキムキだったのだ。細身のリヴなど一捻りにできるぐらいに身長も高いし、よく鍛えられている。殴られただけで致命傷となりそうだ。
「おい、ガキ。名前は」
「リヴ・オーリオです」
「年齢は」
「一九になります」
「出身国は」
「極東です」
「職業は」
「暗殺者としておいてください」
「武器の類は」
「持ってないです」
警備員の淡々とした質問に、リヴは差し支えない程度で答えていく。地下闘技場の挑戦者として紹介するのに必要な情報なのだろう、この程度であれば開示してもいいか。
警備員の男は「よし」と頷くと、
「いいか、お前ら。ここに二〇人いる。だけど本戦に出場できるのは一人だけだ」
警備員の言葉に、その場の全員の間に緊張感が走る。
そして、決定的な爆弾が投下された。
「だから最後の一人になるまで殺し合え。以上だ」
警備員の男は役目を終えたとばかりに、錆びついた扉を潜って出て行った。
リヴは改めて、殺すべき相手を観察する。
誰も彼もが筋肉ダルマ――殺意を漲らせて相手の出方を待っている。人数は自分を入れて二〇人、相手にとって不足なし。
「なんだ、簡単ですね」
リヴはポツリと呟いて、雨合羽の下から薬瓶を取り出した。ユーシアに頼んで【DOF】を分けてもらったのだ。
いつもは注射器を使うのだが、地下闘技場は武器の持ち込みを禁じられている。注射器が武器としてみなされる可能性も少なくはない。
「殺すのは得意です。お任せください」
そう言って。
リヴは口の中に錠剤の【DOF】を放り込み、姿を掻き消した。
唐突に姿を消したリヴに、挑戦者の誰もが驚いた。「どこに行った」「消えた!?」などとざわめいているが、次の瞬間、リヴは手始めに近くにいた
ゴキャリ、という鈍い音が聞こえた。膝から
三秒とかからずにあっさりと他人を殺した青年に、誰もが固まった。
「武器がなくても、僕は他人を殺せますので」
【DOF】――正式名称をドラッグ・オン・フェアリーテイルと呼ばれる麻薬は、使用者に都合のいい幻覚を見せることで巷で広まっている。しかしその幻覚は次第に悪夢へと変わっていき、最終的に使用者を自殺にまで追い込む。
何故こんな薬が広まっているのかと言うと、単なる麻薬の効能ではなくその先――
リヴはその【OD】である為に、負ける要素など一つも落ちていない。黒いてるてる坊主は拳を構えて、
「かかってきてください」
――凶悪なてるてる坊主を前に、生き残った猛者など当然いなかった。
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