第4章【野郎どもの逃亡劇】

「どうすんのよ、この女の子。このまま連れ回すと確実に警察とお話することになっちゃうんだけど」

「気絶した女の子を屋外に放置しとくとか、アンタは鬼かなにかですか?」

「リヴ君のように変態ではないと思う」


 あのあと、ネアは幻影から与えられたショックによって気絶を果たし、仕方なしにユーシアはネアを背負ってビルから出ることとなった。今度は屋上から飛び降りて移動する訳にもいかなかったようで、リヴも大人しくメルヘンな店内へと足を踏み入れることとなった。

 ユーシアの工作が功を奏したのか、店員のおねーさんたちからは怪しまれずに済んだ。それどころか「弟さんですか?」と笑顔で聞いてくる始末である。本当はこんなイカれた野郎なんざ弟でもなんでもないのだが、リヴが満面の笑みで「はい、兄さんがお世話になりました」なんて言いやがったものだから、状況が混乱してきた。

 背負ったネアは軽すぎて、まるで羽のようである。幻影にうなされるようなこともなく、ユーシアとリヴはメルヘンな女児向けの店をさっさと抜け出した。


「で、どうするんですか」

「どうするって……どうしようね?」


 ユーシアが首を傾げると、リヴは雨合羽の下から睨みつけてきた。フードの下から見えた黒曜石の瞳がなんだか洞穴のような気がして、恐ろしくてユーシアはそっと視線を逸らした。


「その子を人質にでも取って、親御さんを脅して金でもふんだくりますか?」

「お父さんの幻影に囚われて怖がってるぐらいだよ? 虐待でもされてたんじゃないかなぁ。だとすると、あんまりオススメはしないよね」

「でも、今日泊まるとこの金がないですよ。二人だけならカツアゲでもなんでもすれば手に入ると思いますけど、三人目はちょっと厳しいです」

「リヴ君リヴ君、それ俺を見捨てるとかないよね?」


 今度はリヴが視線を逸らした。この野郎、二人とはユーシアとリヴではなくて、リヴとネアのことを考えていたのか。

 しかし、彼の言葉も一理ある。

 犯罪都市までやってきたユーシアとリヴだが、これからこの都市で過ごしていかなければならないのだ。当然ながら部屋も借りなくてはならず、今日中に部屋を仲介してくれる斡旋あっせん業者なんていないだろう。

 結果的にホテルかなにかに宿泊しなければならず、その為の資金を調達する必要がある。

 ――が、考え方が常識とは遥かに逸脱したユーシアとリヴである。まともに解決しようだなんて思わなかった。思う訳がなかった。


「とりあえず、この辺りで上等なホテルを探そうか」

「いいんですか、安宿じゃなくて」

「そんなところに女の子なんて泊めたら紳士的じゃないでしょ。それに」


 ユーシアはたまたま通りがかった白い車に目をつけて、


「俺もお前さんもまともじゃないんだから、宿泊料金なんて踏み倒しちゃえばいいじゃない?」


 ☆


 さて。

 ホテルまでの移動は徒歩ではなく、まともではないユーシアとリヴはまた車を盗み出した。リヴが器用に車の鍵を開け、運転席に乗り込む。助手席にはユーシアが座り、後部座席に気絶したネアを寝かせた。

 車は滑らかに発進し、窓の向こうから「泥棒!!」と持ち主が騒ぐ。リヴが鏡を確認しながら、面倒臭そうに舌打ちをした。


「騒がれて警察呼ばれてもアレなんで、殺しません?」

「やってほしいなら拳銃を貸しなよ」


 ん、と左手を差し出せば、リヴはその手のひらに自動拳銃を乗せてくる。

 ユーシアは自動拳銃の弾倉を確認してから、車の窓を開けた。ごうごうと風が吹く窓から身を乗り出して、窓枠に腰かける。

 あのメルヘンな店の前では、小さくなりつつある車の持ち主であるおっさんが手足をジタバタしながら騒いでいた。ユーシアは彼に狙いを定めると、


「はーい、うるさい輩はおねんねしてなってね」


 騒ぐおっさんの肩に降り立ち顔を覗き込む金髪の少女の幻影を射抜くようにして、ユーシアは引き金を引いた。

 ガァン!! と銃声が響き、銃弾が射出される。自動拳銃の射程距離では遠く離れてしまった男の眉間すら撃ち抜けないが、先ほど老人を傷一つなく眠らせたが起こる。

 照準されたおっさんの両肩に乗っていた少女の幻影が掻き消えると同時に、おっさんは膝からくずおれて動かなくなった。死んだ訳ではない。ただ眠っているだけだ。


「これで大人しくなるでしょ。警察がくる前にホテル行っちゃおう、ホテルに」

「この辺りで上等なって言ったら、多分あれになると思うんですけど」

「いいんじゃない?」


 車窓からちょうど見えた綺麗なビルが、この辺りで上等なホテルなのだろう。確かに綺麗な外観はしているが、犯罪都市にあるぐらいだからきっと悪い輩がたくさん宿泊していることだろう。


「あー、ダメだ。二発撃ったら眠くなってきた……」

「ホテル着くまで寝ていてもいいですよ。おそらく働くことになるのは僕だと思いますので」

「んー、じゃあそうする……おやすみ……」


 重たくなる瞼に従って、ユーシアの意識は深淵に落ちていった。

 遠くの方で「おやすみなさい、シア先輩」とリヴが言っていたような気がした。



 助手席に座る金髪で無精髭の男は、元々すごい狙撃手だったらしい。

 というか、今でもすごい狙撃手だ。酒に酔っていても、風呂に入っていても、寝ぼけていても、その弾丸を外したことはただの一度もない。背中を預けるに足る実力だ。

 しかし、その弾丸は誰も傷つけない。いつだって相手を眠らせてしまうのだ。


「ッたく、シア先輩は本当にいい男なんですから。復讐なんて馬鹿な真似しないで、人生楽しく生きりゃいいのに」


 運転しながら、復讐に駆られた狙撃手に寄り添う暗殺者は呟く。

 まあ、そんなことを言っておきながら、結局は最後まで付き合ってしまうのだろうから怖いものだ。


「大丈夫ですよ。僕はアンタの味方ですから。――だから、アンタも僕の味方でいてくださいね」


 敵は全て殺すように教えられてきた。

 世界中の人間が敵に見える中で、ユーシア・レゾナントールという男は味方であり続けた。リヴのやることなすこと全てを肯定し、むしろ望んで常識外れの道を手助けしようとしてくる壊れた男。

 だからこそ。

 最高峰の実力を持つ暗殺者は、この狙撃手を殺さない。

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