第36話 臥床

田所は認知症ではあるが、何かの恐怖心は感じられる?わかるようだ。その恐怖から、田所は抵抗する事がある。認知症が、いくら病気だとわかっていても時に疲れてくる事がある。会話は成り立たないし、意思疎通が出来ない事も多々ある。同じ言葉を繰り返したり、他の認知症の利用者の中には感情爆発を起こさせる場合もある。それが認知症という病気の持つ特性なんだとはいえ、介護の仕事というのは感情労働だ。自分の精神状態が良くないと、持たない所がある。車椅子👩‍🦽のブレーキを止め、田所を前から抱える。


「止めてください!お母さん👩!」

幾ら歳を取っても「お母さん」なんだな。抱えて端坐位でベッドに移乗する。背中からそっと倒しながら、靴👞を脱がせた。

「うわああ、困ります!困りました!」

田所はそう言い残しながらベッド🛌に横になった。臥床させ、掛け布団を被せる。


「取りあえずは、今日は殺しません🔪」

新島村は、寝かせながらそう答えると、佳子が一瞬黙った。

「今日だけか?!明日は殺すんか🔪?」

一瞬、田所に言葉の意味が通じた瞬間だった。新島村の言葉の意味がわかっているから「今日だけか?」と訊ねたのだろう。

娘の育子に訊いた事がある。

「よく昔は、そんな殺す🔪んかっていう事を言われていたのですか?」


「そんな事言われた事が無いですね」

そう育子が呟いた。

「という事は、佳子さんは家族👪の方と職員の違いがわかっておられるんでしょうかね?」

田所佳子は、職員と家族👪を見分けているという事は、「殺す人🔪」と「殺さない人🙅」を彼女の中できちんと識別して話していることになる。


育子自身も、ビル🏢管理会社の社長夫人で経済的💰にも困っていない一家のようだ。こういったグループホームに入所の費用は、特別養護施設よりも割高になる。特養に母親を入所させるのは、一族としてプライドが許せないのかもしれない。


入所が難しい特養に、田所佳子が入れたりしたら、市会議員として何らかのコネを使ったんではないかと疑われる可能性もある。そういった意味では、田所佳子の恵まれた一族ならではこそ、今の環境を提供出来るのだろう。


育子は、娘として佳子の市会議員夫人として振る舞いや気苦労、政治一家としてのプライド、同性の立場でよく見て来たし、感じて来たはずだ。母親の気苦労から認知症になったのではないか?とも思っている様子だった。知っているので何とかしてやりたいという思いは人一倍あるのだろう。


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